翌日。Amiaこと暁山瑞希は久々に登校していた。
といっても時間は放課後に入ってすぐ。目的は授業の補講である。
元々勉強ができる瑞希にとってそれはなんら苦ではない。
「補講、終ーわーりっ! 帰りどこか寄っていこっかなー♪」
「なあ、今日、あの1年来てたぞ。見たか?」
「あ、例の? 俺まだ見たことないから見てみたいな」
肩の荷も降りて気楽になったところで、噂をする上級生の声が耳に入る。
「……はぁ。ボクは、見世物じゃないんだけどな」
せっかく上機嫌だったところに、いつもの印象の話がふりかかる。
せっかくの気分も台無し、というところに1人の生徒が通りかかった。
赤黒いポニーテールに、紫の瞳。スクエア型の赤いフレームのメガネ。
凛とした見た目に反してフラフラと今にも倒れそうな様子の少女は、ついに。
──ゴンッ!
鈍い音をたてて階段前の柱にぶつかり、そのままズルズルと崩れ落ちた。
「うわっ、痛そー……」
「ていうかあれって1年の眠り姫じゃね? 厄介事になる前に帰ろうぜ」
瑞希のことを遠目にみていた上級生も、厄介事の気配を察知しその場から退散する。
「あっ、ちょっ、キミ大丈夫!? って!?」
「あ……はい……大丈夫です。ちょっと眠かったので……」
その場に取り残された瑞希は思わず駆け寄るも、見覚えのある顔に仰天する。
彼女こそ、以前セカイで顔を見せたword本人だったのだから。
「wordって神高だったの!? ってそれどころじゃない、保健室!」
「……あれ? その声……Amiaさん……?」
眠気が限界なのかぼんやりとした表情を浮かべる彼女を、
ひとまず保健室に運び入れることにした瑞希であった。
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保健室では一通り診察を終えたwordがベッドで眠っている。
「うん、目立った怪我も無さそうだし、大丈夫でしょ」
「ちょ、先生! そんな雑でいいの!?」
保健室の先生いわく休み時間や放課後になるとどこかで倒れている事が多く、
1年C組の誰かが保健室に運び込むのは良くあることらしい。
「でも災難だったわね。久々の登校だったんでしょう?」
「あー……でもお蔭様で助かったっていうか」
彼女が不幸に見舞われたとはいえ、面倒な先輩を追い払えたのはよかった。
現にこうして彼女と居れば面倒な生徒は全員下校していくだろう。
精神が不安定な今は、隠れ蓑として利用するのもやぶさかではない。
「ひとまず暁山さんはしばらく様子見ててくれる?
もしなにかあったら職員室まで呼びに来てくれたらいいし」
「あ、はーい」
こうして2人だけ残される保健室。
特にすることもない瑞希はただ言葉の顔を眺めていた。
メガネもとれており、無防備な寝顔を晒す彼女はどこか幼げにも見える。
「あーあ、なにもしてないのにカワイイなんてずるいよねー」
先日のボイチャの仕返しにと、無防備な頬をつっつく。
すると予想以上の弾力で返してきたため、面白くなって続ける。
止め時を失った瑞希はどんどん触れる部分を増やしていった。
人指し指から手のひら。果てには手のひらから両手。
むにむにと顔の形を変えつつその弾力を堪能していた。
しかしそんなことをしていれば嫌でも起きるというもの。
「Amia
「あ、起きた。いやーごめんごめん。言葉のほっぺがあんまりにも柔らかかったからさー」
どうやら完全に眠気が覚めているらしく、ジト目でこちらを見つめてくる。
そんな彼女の言葉に、夜のような圧は感じられない。
「あ、そうそう確認なんだけど、キミがwordであってるよね?」
「はい。ニーゴのミックス担当、word。そして本名が鶴音言葉です」
「あはは、そこまで言わなくていいって。
ボクは暁山瑞希。あ、でもボイチャ中はAmiaのままでよろしく~」
いつもの軽いノリで自己紹介を終え、沈黙が降りる。
なにせ昨日の今日なのだから。
『自分に植え付けられた印象はそう簡単には変えられません。
だからもう事実を言うしかなかった。相手の印象次第、だと』
とても目の前にいる少女が、あんな事を言うようには思えない。
瑞希は思いきって自分のことについて聞いてみた。
「あー、言葉ってさ、ボクの事どう思う?」
「どう、とは?」
「見た目の印象! ほら、この前植え付けられた印象が~って言ってたでしょ」
「……ああ、言いましたね。あくまで一般論ですが……」
「だから言葉自身、ボクの事どう思ってるのかなーって」
あくまで正論しか述べない彼女だからこそ、彼女本人の意見が聴きたかった。
もちろんどんな答えでも受け止められる訳ではない。
藁にもすがりたい気持ちで、救いを求めるように。
「……みなと違う生き方を貫ける人、ですかね」
「えっ?」
「暁山さんの噂はよく聴きますが、それでもそう在り続けるのは難しいことです。
誰にだって出来ることじゃない。それは素晴らしい事だと思います」
まるで正反対の言葉を聞いて、思わず目を丸くする。
求めていた答えをくれたような、そんな気がした。
「なーんだ、そうならそうと早く言ってくれたらいいじゃん!
ボク勘違いしちゃったよ。やっぱりボイチャだけじゃわかんないよね~」
「それは同感です。実際に相手の顔を見て伝える以上に、誤解を解く方法はありませんから」
「じゃあえななんにも実際に会って言ったら……雪にもさ」
「それはまあ、難しいでしょうね」
ベッドから起き上がり、何事もなかったかのように歩き出す言葉。
その様子は氷のように冷たく、そして儚げだった。
「では暁山さん、また──『25時、ナイトコードで。』」
「あ、うん……」
締め切られた扉。取り残された1人。
瑞希にとって言葉は、雪以上にその本質がわからないのであった。