荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

165 / 233
第12話「どこにもいない少女」

雪こと、朝比奈まふゆの失踪も無事解決し、ニーゴは活動を再開させた。

そんな何気ない日々を送っていたある日の夕方。

ふと演奏帰りの言葉は、通りがかった店の張り紙を目にした。

 

「母の日、か」

 

日頃の感謝を伝える日として存在している日。

しかしあまり日本では祝日でもなく、もはや形骸化していると言ってもいい。

商業としても花屋くらいしか広告を打たない程度である。

 

それでもそんな広告によって少女は1人、ある場所へと足を向ける。

 

そこは宮益坂で見かけた一軒の花屋。

知ったのも散歩の途中に見かけた程度であったが、この時ばかりはその知識が役に立った。

 

色とりどりの花が目移りしそうになるが、店先で主張していたのはカーネーション。

赤や白、ピンクと種類も豊富であった。

 

「うーん、どれにしようかな……」

 

そこにはすでに1人の少女が迷っていた。

邪魔をしないようにと思ったところで、その少女が見知った人物であることを知る。

 

「あれ、まふゆさん?」

「え? あ、言葉。こんなところで珍しいね。今日はお出掛け?」

「はい。少し花を買おうと思って」

「……わかった。母の日だから?」

「ご名答です」

 

2人は軽く会話をしたあと、またカーネーションへと視線を移す。

冷やかしではないのだが、お互いに買うものを決められないでいた。

 

「あら、お客さん? なにかお悩みかしら」

「そうなんです。カーネーションを買いに来たんですけど、種類がいっぱいで迷っちゃって」

 

そんな様子を見て1人の女性が置くから出てくる。

本来悩むことのないまふゆも相手に贈る分気を使っていた。

 

「それなら、花言葉で選んでみるのはどうかしら」

「花言葉ですか? たしかカーネーションだと無垢で深い愛……だった気が」

「ええ。よく知ってるのね。でもカーネーションは色によっても花言葉が違うのよ」

 

そう言って店員が教えてくれたのは色ごとの違い。

赤は『母への愛』、白は『純粋な愛』、ピンクは『女性の愛』なのだと。

 

「そんなに違いがあるんですね。それじゃあ私は赤色にしようかな」

「でしたら私はピンクを」

「ふふ、ありがとう。すぐに用意するわね」

 

こうして無事に買い物を終え花屋を後にする2人であった。

 

 

 

「あの店員さんのお蔭でよい買い物ができました。喜んでくれるといいのですが」

「……そうだね」

 

夕日で赤く染まった道を話しながら歩く2人。

笑顔で語る言葉に対し、1輪の花を眺めながらまふゆはそう呟く。

 

彼女は自分がわからない。

こうやって母の日に贈り物をするのも、それが普通とされるからに過ぎない。

親に対して、世間に対して従順な彼女に他の選択肢は与えられていなかった。

 

「言葉は、どうして花を買ったの?」

 

この形骸化した文化に沿う彼女のことが気になった。

なによりも自分に嫌悪感を与えた、彼女の行動理由。

 

「日頃の感謝を込めてですよ。思えば、なにも出来ていませんでしたし」

「それなら、赤でもよかったんじゃない?」

 

なにせ今日は母の日である。赤を選ばない他ないだろう。

そこまで考えているのに、あえて別の色にした理由が見当たらない。

 

「だって、母親でもない人に『母への愛』だなんて、おかしいじゃないですか」

 

そう答える彼女の顔は相変わらず笑っている。しかしその発言は明らかにおかしなものだった。

たとえ事実だとしても、建前や世間体というもので誤魔化すのが普通。

いつかのような正論は、またまふゆの心を掻き乱す。

 

「……ほんと、気持ち悪いね。言葉は」

 

その顔も声もとうに感情が失せていた。

ふと立ち止まり、ただ先をいく言葉を見つめている。

思い出すのはセカイでの出来事。まふゆの質問に答えなかった少女は、また目の前にいた。

 

「ねえ、今度こそ教えてよ。この気持ち悪さはなに?」

 

今はとなりに誰もいない。しかしまふゆの中には少なからずニーゴの面々とミクがいる。

あの時のように取り乱すことはないだろう。

 

「別にわからなくてもいいじゃないですか。これからゆっくり見つけていけば──」

「──誤魔化さないで」

 

静かな怒りと共に彼女の言葉を断じる。

それは時おり他のメンバーに見せる姿であった。

その気を感じたからか、ようやく言葉も足を止め振り返る。

 

「どうせ()()()()()んでしょ? さあ、答えて」

 

答えを迫るまふゆ。そんな彼女に対して、ようやく言葉が口を開いた。

 

「──わからないからこそ、気持ち悪いんじゃないですか」

「……どういうこと?」

「正体不明、曖昧模糊、未知なるもの。理解の及ばぬ全てに対し、人は嫌悪し恐怖する。

 それは人として当たり前の感情です。まふゆさんのそれも、その類いによるものでしょう」

 

ただ超然と語る彼女は日を背負い影に覆われている。

表情からその想いを探ろうとしても、日の明るさと影の暗さの対比でわからない。

 

「あなたは、誰? あなたは、どこにいるの?」

「私はどこにもいませんよ」

 

目の前にいる筈なのに、何1つとしてわからない。

掴み所のない少女──掴めない少女は1人、沈む夕日を味方につけていた。

 

 

 

帰宅した言葉はニーゴの共有フォルダを眺めている。

 

「本当の想いを見つけたら、想いから歌が生まれる、ですか。

 それはとっても素敵な事ですね」

 

Untitledのこと、セカイのこと、ミクのこと。まだまだ謎は深まるばかり。

しかし少女達はこうしてようやくスタート地点に立つことが出来た。

他の誰でもない自分達の手によって。

 

 

彼女の瞳の中。そこに写し出された音楽ファイル。

 

その名前は────“Untitled”のままだった。




ご無沙汰しております、kasyopaです。
100件記念とはいえ計12話、少し長めのお話となりました。
本編にはなんの関係もありませんが、
オリ主自身の設定改変等は行っていないので悪しからず……

さて、次回からですがまたも焦点が変わります。
次章「SΛMPLING ΣUSIC」。お楽しみに。

各種リンク

ネタ提供場
作者Twitter
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。