シークレットディスタンス前になります。
第1話「迷える子羊Ⅰ」
言葉のギプスも取れいつもの演奏会を再開し始めた頃、
そのそばではなんとも不思議な光景が広がっていた。
「理那、あれからどう?」
「んー?
空き教室でスティックパンを齧りながら、言葉の演奏に耳を傾けていた理那。
しかしその視線は机上に広げられた参考書とノートパソコンに向けられている。
それら全てがDJに関するものであるのはいうまでもない。
今のご時世アプリを使えばスマホやタブレットで操作することも出来るが、
「やれることが多いのはいいことだ」という事でノートPCを持参している。
無論家には最近購入したDJ用機材があるものの、そんなものを学校に持ってくれば没収は必至だ。
「……まあ、理那が楽しそうならいいかな」
「めちゃくちゃ楽しいよーこれ。
まあ言葉の演奏はすっごい綺麗だから弄ったりしないけど」
実際言葉の楽器の分野はクラシック・和風・民族のどれかであるため、
電子音などをはじめとしたDJスタイルとは圧倒的に相性が悪い。
それをお互い理解しながらも演奏を終えた言葉は、
理那の右隣に移動しお弁当を広げた。
それを確認するのと同時に、ヘッドホンを耳に当てる理那。
「やっほー言葉、今からお昼?」
その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、扉を開けて入ってきたのは瑞希だった。
「暁山さん、またお昼登校?」
「ま、そんなとこかなー。
でも普段のボクからすれば登校頻度も上がったよ?
言葉のお弁当がボクを待ってるからさ~」
「そんなこと言ってもダメです。今日はサンドイッチなので」
言葉は少食であるためその数も4つほどしかなかった。
あとは多少のおかずも詰められているものの、
メインを取られては今後の授業に響くかもしれない。
瑞希から隠すように左へと移動させれば、
第3の手がサンドイッチをつまみあげた。
「うんまーい!? なにこれバカ旨いじゃん!」
「「あっ」」
隣に座っていた理那が感動のあまり声をあげる。
「ちょ、理那なんで勝手に食べてるの!?」
「いやーごめんごめん、目の前に出てきたから食べていいのかなーって」
「ずるーい! ボクにも分けてよー!」
駆け込んできた瑞希も颯爽とかっさらい頬張った。
「んー! やっぱりこれも最高だね!」
「斑鳩理那さん、暁山瑞希さん。私言いましたよね? ダメだと」
「あ、あれ? 言葉怒ってる?」
「あ、これいつものアレなんじゃ……」
「少しお話、しましょうか」
「「ヒィッ!?」」
それからしばらくの間、空き教室では言葉のお説教が続いたという。
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お説教もほどほどにお昼を再開させる中、
お互いに初見の人物が居たため自己紹介が始まった。
「私は斑鳩理那。1年C組で言葉の友達。それであなたが……」
「1年A組の暁山瑞希だよー、よろしくね~」
「あ、やっぱり。言葉と杏から色々聞いてたから気になってたんだよね。よろしくー」
軽い挨拶と握手を交わしているのを横から眺める言葉。
フレンドリー同士、すぐ仲良くなれるだろうなと思いつつ、
水筒を傾けていた。
「ところでそれなんの本? コーデとかじゃない……ね。うん」
女子高生が昼間に広げている本など雑誌辺りが定番だが、
その中身を覗くや否や飛び込んできたマシンの数々に肩を落とす瑞希。
「これ? DJになるための教科書とか参考になりそうな雑誌。
あとはオリコンチャートとか流行の音楽とかの雑誌かなー」
「へー、理那ってDJやってるんだ。イベントとか出たりするの?」
「私は始めたばっかりだから勉強中。何事も基本が大事だからねー」
「その熱意をちょっとでも勉強の方に向けてくれたらいいんだけど」
「今だって『勉強』してるでしょー?」
「まあそうだけど……」
言葉はコップを傾けながら日頃の行いについて半ば皮肉染みた台詞を呟くも、
気の利いた答えでなにも言えなくなってしまう。
「ところで言葉はなに飲んでるの?」
「コンソメスープ」
「え? 水筒にコンソメ? お茶とかじゃなくて?」
「うん。お茶は別の水筒で持ってきてるから」
言葉の水筒からはほんのりと湯気が上がっており、中からは独特の香ばしい香りが漂っていた。
それに対して思わず苦笑する理那と瑞希。
「言葉ってばたまに突拍子のないことするよねー。理那も友達やってて疲れることない?」
「ぜーんぜん? 瑞希だってこういうところが面白いから付き合ってる癖に~」
「(……へえ、結構鋭いじゃん。そういうところは似た者同士ってところかな)」
「お、その表情もしかして図星?」
「まあそれも1つあるけどね」
「じゃあ私の108の得意技、
読心術でもう1つも当ててしんぜ「理那、それくらいにして」あたっ」
空になったコップで理那の額をコツンと叩く言葉。
対して痛くもないが彼女らしからぬ行動に驚き反射的に発言が止まる。
「暁山さんも理那には気をつけた方がいいよ。たまに心読めてるんじゃないかってくらい鋭いから」
「……あはは、そうだね。気を付けておくよ」
「むう失敬な。私だってちゃんと相手選んでやってますー」
そんなところで予鈴が鳴り響く。まもなくお昼休みも終わりのようだ。
慌てた様子で本やパソコンをまとめる理那と、弁当を畳む言葉。
そんな中で瑞希がふと尋ねた。
「理那のそれってさ、自分がわからない人とかでもなに考えてるかわかったりする?」
「度合いによるけど……さっきも言ったけど、ホイホイ誰にでもやる訳じゃないし。
それにテレパシーとかじゃなくて、私の直感だから外れることも多いよ」
「じゃあさじゃあさ、会ってほしい人がいるんだけど──」
「あ、それは無理」
その言葉をバッサリと切り捨てつつ立ち上がる理那。
心なしかその表情は救いたいと願った少女のそれと似ている。
「私の腕を買って言ってるだろうけど、それはお門違いだよ。
人ってのはそう簡単なものじゃないからね。言葉、行くよ」
「あ、うん……」
そのまま2人は教室を去っていく。
「ま、そんなに簡単にはいかないよね。ボクが言えたことじゃないけどさ」
1人取り残された瑞希は本鈴が鳴るまで、ただ呆然と天井を仰ぐのであった。