ランチタイムを過ぎてお客さんも落ち着いたWEEKEND GARAGE。
テーブル席に座った2人の少女が雑談を交わしている。
「なーんかビビッと来ないんだよねー。
有名なのは大体集まってきたんだけど、自分らしさが欲しいっていうかー。
あ、すみませーんコーヒーおかわり下さーい」
「モグモグ……恩人さんも大変そうですね。
あ、わたしもサンドイッチおかわり下さーい」
「はいよ」
杏からCDを借りたり、音ネタを求めてネットの海を彷徨していた理那。
自分の感性を満たしてくれる音に出会えず、行き詰まっていた。
そんな時の為の杏であり、本来なら言葉が付き添うはずだったが……
「今日は言葉の代わりに来てくれてありがとね文ちゃん。
私の奢りだからいっぱい食べてもいいよー」
「いえいえそんな! お姉ちゃん急にバイトが入っちゃって、こっちこそごめんなさい」
「いいよー気にしないで。じゃあお互い様ってことで」
「はい! ありがとうございます!」
もとより明るい性格の2人が打ち解けるには、そんなに時間はかからなかった。
といった理由により代わりに文が遣わされ、
今は親睦を深めるためにお互いの経緯を話している。
「はい、サンドイッチとコーヒーお待ちどう。
でも2人が知り合いって珍しいよね。鶴音さん繋がり?」
「はい! 理那さんはお姉ちゃんの命の恩人なので!」
「文ちゃんは言葉と違って素直だねー。でも恩人さんっていうのはやっぱり言い過ぎかな?」
杏が注文された品を差し出しつつ、珍しい組み合わせに口を挟む。
ある意味似た者同士の3人ではあるが、こうして揃うことはいままでなかった。
「それで今日来たのはやっぱりDJの件?」
「そうそう。生の声ネタとか欲しくてさ、ちょっと録音させてもらえないかなって」
「別に私はいいけど、お店の手伝いが終わってからかなー。ごめんね」
「ううん、その間ゆっくりさせてもらうし、おじ様が良かったらライブスペース使わせてもらうし」
「今日は特に予約も入ってないから、好きに使ってくれてて構わないさ。
むしろDJ志望なら人に聞いてもらってこそだからな」
「だってさ文ちゃん。なにか1曲いっとく?」
「あ、じゃあこの前お姉ちゃんと歌った曲でいいのがありますよ!」
そういって文が聞かせたのはかつて姉がライブで披露した曲。
しかし今は篠笛などあるはずもなかった。
「あ、和楽器……」
「大丈夫、その辺りはスクラッチとかで頑張るからさ」
「じゃ、じゃあ早速やりましょう! ステージお借りしますね!」
「あはは、文ちゃんってばはしゃいじゃって可愛いなぁ。
あ、おじ様今から音出しとかするんでちょっとうるさいかもですー」
了解、といった様子で手を振る姿を確認してから機材のセッティングを始める。
スピーカーから聞こえてくる音に、自ずと客の興味も移っていった。
「しかし理那って言ったか。あの子はなかなか度胸があるな」
「まあ普段からなに考えてるかわかんないけどね。
面白そうって思ったことにはなんでも突っ込んでくからさ」
「それでも最初の一歩は勇気がいるもんだ。後必要は自分の本心、くらいか」
そんな様子をカウンターから眺めつつ、謙はおもむろに呟く。
その先には機材の調整を行う理那と、興味津々でそれを傍から見つめる文の姿があった。
・
・
「「ありがとうございました!」」
1曲終えると拍手喝采──とはいかず、少ないながらも労いの拍手が上がる。
言葉の時のようにリクエストの声がかかることもなかった。
「うーん、やっぱり最初はこんなもんかー。現実は厳しいね」
「でもでもすっごく楽しかったです! またやりましょう!」
「オッケー。文ちゃんは先に席戻ってて」
「? はーい」
理那は文を先に席へ戻し、まるで外部と自分を遮断するようにヘッドホンを深く被った。
「(お客さんの反応は正直よくなかった。つまりお客さんが求めてるのはこれじゃないってこと。
杏が聞かせてくれた感じがガツンと来る系じゃないと反応は悪い、と。
でもまあ音ネタもないし技量も全然足んないから……選曲くらいか)」
自分の手持ちの楽曲からあるものを選出し、音源の差し替え、打ち込み直し。
到底常人ができない速度でそれを仕上げていく。
もちろんスピーカーの音は切ってあった。
「理那ってばどうしたんだろ、あんなに真剣なの見たことない」
「恐らくさっきので火が着いたんだろう。占領されるのは良くないが……
客も少ないことだし、今はそっとしてやれ」
「はーい。文ちゃんはどうする? もうちょっとゆっくりしていく?」
「じゃあ、サンドイッチまたおかわりで!」
「はは、お前さんうちのパンを全部食うつもりだな?」
「えへへ、だっておいしいんですもん!」
そんな微笑ましい会話には一切交わらず、理那はひたすらに手を動かしていた。
そこに1人の来客が現れる。
「こんにちわ」
「いらっしゃー──ってこはね! 今日も歌いに来たの?」
「うん。個人練習の日だったし、せっかくならって」
「あー、でも今ちょうど使ってる人がいてさ」
やって来たのはこはねであった。
杏と軽い会話を挟みつつ店奥のライブスペースに目をやれば、
見知らぬ金髪の少女がすごい形相でヘッドホンを被っている。
「あ、こはねちゃんだやっほー」
「あっ文ちゃん!」
思わず視線を反らせばそこに見知った人物を見つける。
向かいには飲みかけのコーヒーがあったため、文のとなりに座るこはね。
「ごめんね、あの人お姉ちゃんの恩人さんなの」
「恩人さん……?」
聞きなれぬ単語を耳にして首をかしげる。
「おーい理那ー、使いたいお客さんが来たよー」
「………」
杏が声をかけるも一切聞こえていないのか、作業の手を止めない。
その真剣さは、まるで命を懸けているかのようであった。
「杏ちゃん気にしないで。わたしも文ちゃんとお話したかったから」
「まあ、こはねがそういうならいいけど……」
ライブスペースが空くまで、そこから始まる他愛ない談笑を楽しむ3人であった。