ひとしきり泣いた後私は残っていたホットチョコレートを飲み干し涙を拭う。
「落ち着いた?」
「はい。ありがとうございます」
「ならよかった」
そこでようやくMEIKOが口を開き、おかわりを入れてくれた。
すぐには飲まずまだ冷えている指先や頬に当てて温める。
「そういえばこんなものまであったんですね」
壁に立てかけられている大きいシャベルはわかるが、
このマグカップもランプもホットチョコレートの材料もKAITOが見つけてきてくれたのだろうか。
「うん。街の中に雑貨屋さんがあってね。そこで調達したんだ」
「お金払ったの!?」
「そこは気にしなくていいよ。ここはセカイだから君と僕達以外は誰もいないし、
なんならここにはお金の概念もないようだ」
そんな言葉に安堵しながらも一口。
随分とチョコレートが強めだけれどそれがちょうどよかった。
しかし落ち着いてきたからこそ、一つの疑念が再び湧いてくる。
「MEIKOもKAITOも、どうして私の為にそこまでしてくれるの?」
二人はただひたすらに私の本当の想いを見つけてもらうため、としか言わなかった。
実際は言わせる暇も問いかけることもしなかったと言うべきだろうが。
「それは言葉が本当の想いを見つけられたら、歌が生まれるからなのよ」
「歌が生まれる?」
「スマホに入っているUntitled。それが本当の想いを見つけることで歌になるんだ」
「そして私達はその歌を歌うことができるの」
にわかに信じがたい話だが、自分の心の在り方で形を変えるセカイのことや、
彼女達がバーチャルシンガーということから自然と納得する。
「でもそれなら最初からそういえば私も頑張って本当の想いを探したのに」
「それではダメなんだ。こころもとない時に焦っても空回りしてしまう。
特に君はこのセカイでは一人だから、なおのこと慎重にならないといけない」
「現に今焦ってるでしょう? そうなったら見つかるものも見つからないわ」
「あっ、ごめんなさい……」
「謝ることはないわ。現に今なら受け止めてしっかり立ち止まることができているんだから」
二人の言う通り直後に答えを探すため思考を巡らせていた。
そのことすら見越していたあたり、やっぱり大人なんだなと心を落ち着かせる。
確かにいままで私は焦りすぎていたのかもしれない。
よく考えたつもりが現実に突き動かされ目先の安直な答えを選んでいる。
その結果心に余裕を無くし他の人のいうことに耳を貸さなかった。
じっと小学生時代の思い出を考える。それも、両親のことではなく妹──文のことだ。
あの子は小さい頃から私の演奏を聴いていた。
自宅で練習することの方が多い為猶更だったけれど一切文句を言わなかった。
コンクールにも必ず見に来たし何度もその時の録画を見直すほどだった。
そして私が音楽をやめるといったあの日のことも。
『そっか……お姉ちゃんのフルートとか、好きだったんだけどな』
『それは、ごめんね』
好きと言ってくれることは嬉しかったけれど、それから彼女に応えてあげられなかった。
それでもあの子はずっと私の音楽を絶やさないために、色々尽くしてくれた。
バーチャルシンガーを教えてくれたのも、
あの日フルートの手入れをしていたのを見たことにより昔の話題を食卓にあげたのも、
今の私の演奏を聞いて繋ぎ止めようとミクで歌を作ったのも。
両親だけじゃない。気付いていないだけであの子はずっと私の音楽の傍にいた。
そしてその熱は未だに失われていない。
辺りを照らすランプの火が、少しだけ強くなった気がした。
そんな些細なきっかけと共に、私はホットチョコレートを再び飲み干して立ち上がる。
「MEIKO、KAITO。ありがとう。私行くね」
「……そっか。ならこれを渡さないと」
KAITOは懐から私のスマホを取りだす。画面ではUntitledが再生されていた。
恐らく落としたものをあらかじめ拾っていてくれたんだろう。
お辞儀して受け取り指先を走らせた。
//////////////////
言葉が光に包まれMEIKOとKAITOは安堵の表情を浮かべる。
「一時はどうなることかと思ったけれど、これなら大丈夫そうだ」
「ええ。荒療治の甲斐もあったかしら」
「例のストリートパフォーマンスかな?」
MEIKOの提案によるソレが功を奏したかどうかは分からない。
それでも彼女の中にはある確証があった。
「あの子の本当の想いは、どちらにせよ音楽が中心だからきっかけが必要だと思ったのよ」
「そうだね。そこに妹さんが現れたのもMEIKOの差し金かい?」
「まさか! 私は何もしてないわ。Untitledすら送っていなんだから」
確かにそうだ、と首を縦に振るKAITO。
「でもそうね。あの子のことだからいつかこのセカイに招くかもしれないわ」
「ならもっと大きなかまくらを用意しないとね」
「さて、それはどうかしら」
MEIKOがかまくらの外へと目をやると吹雪が止んでいるのが見えた。
これも言葉の心境の変化によるものだろう。
未だ鈍色の空に太陽は見えないものの、これ以上悪化することはなくなったようだ。
「これでまたUntitledが歌に近付いたね」
「ええ。案外すぐかもね? あの子のことだから」
二人はお互いのマグカップを軽く当て合い、
笑みと共に最後の一杯となったホットチョコレートを口にした。