熱気も冷めぬまま終わりを告げたルカのステージ。
村の人々は自分の家に戻っていき、生活の灯を点していた。
取り残された理那は、機材の片付けをするルカをそっと見守っている。
「そんなところで見てるくらいなら、少しは手伝ったらどう?」
先ほどステージの上で見せた顔とはまるで別人のように、
淡々とした口調でこちらに告げるルカに目を丸くする。
「ご、ごめん」
しかし彼女の言うことはごもっともであり、
何より吹きすさぶ風をしのぐにはちょうどよかった。
謝りつつ引き抜かれたケーブルを巻き取っていく。
そんな中で、ルカが使っていたDJ機材に目がいった。
「あれ? これ私が買ったやつじゃん」
そこにあった全ての機材が最近楽器店で買い揃えたものだった。
違いがあるとすれば年期の入り具合で、所々使い込まれていた跡が残っている。
触れてみても感触は新品とはほど遠いものの、なぜか手に馴染んだ。
「勝手に触っていいって言った覚えはないけれど」
「わわっ、ごめんルカ! でも私の持ってるやつと同じだったからさ」
「そう。よかったわね」
いつの間にか戻ってきていたルカが不機嫌そうな顔を浮かべていた。
思わず弁解するも、その言葉だけ残し別の作業に移る。
「(もしかして怒ってる? いやそれよりなんでルカと普通に喋れてるの?)」
バーチャルシンガーによるライブはあくまで立体映像や3DCGによるもの。
それが終われば消えてしまう。彼女達の発する言葉も事前に用意されたものに過ぎない。
しかし、今いるルカは言葉の意味を解していた。
そして今も機材の固定やらケーブルの片付けに勤しんでいる。
理那が触れていたものと変わらないため、実体を持っていることも理解できた。
「それより、貴女はここに何をしに来たの?」
「は? え? いや、何しに来たって私が聞きたいっていうか……」
謎が解けぬままとりあえず作業を続けていたところで、不意に声をかけられる。
手伝ったら? と提案したのは彼女であるため、もっと根本的な問題だろうと予想するも、
むしろこの場所すらわからない理那は、素直に質問で返す他なかった。
「……ああ、貴女まだ自分の想いに気付けてないのね」
「自分の想い? 何それ?」
「片付けが終わったら教えてあげる。ほら、そこのケーブルを取って」
「………」
大人の魅力を引き出したクールビューティーの雰囲気はどこにもなく、ただ冷たく接する彼女。
イメージとのギャップに戸惑いながらも、ただ言われるまま片付けを続けるのであった。
・
・
折り畳み式の机と椅子を広げ、バーナーからは青い火が上がっていた。
マキネッタを使って淹れられたコーヒーを差し出される。
「あいにく砂糖とミルクは切らせてるの。良かったら飲む?」
「あ、うん。ブラック派だし別にいいよ」
「そう。ならよかった」
口調は多少和らいでいるがその表情は崩れない。
受け取ろうとしてその指に触れ、引っ込めてしまった。
「……無理に飲めとは言わないけど」
「あ、そうじゃなくて、その……ルカって実在したんだなって」
間一髪溢さずに済んだが機嫌を損ねたらしく、再び厳しい表情に戻ってしまう。
再び弁解するもすっかり気落ちしてしまった理那は段々と尻すぼみになった。
「なるほど。まずはそこから説明が必要ね」
となりに座り、空を見つめながらコーヒーを飲むルカ。
面倒なのかとその顔を伺うも、気にしている様子はない。
その口から告げられたのは、Untitledとセカイ、バーチャルシンガーの関係。
そして本当の想いとそこから生まれるウタについて。
「つまり私にも本当の想いっていうのがあって、そのためにルカが居てくれるって訳?」
「そういうことよ。まあ、そんなに簡単な問題じゃないけれど」
何かを知っている素振りを見せるも、自分達よりずっと大人な彼女の心は読み取れない。
ただ、どことなく悲しげなのは見てとれた。
理那は気を取り直して周囲を見渡すも、めぼしいものは何もない。
あるとすれば家から漏れる暖かい生活の光くらいか。
「そういえばルカって今日はどこかに泊まるの?」
「泊まれる場所なんてないわ。ずっとあそこよ」
自分はUntitledを止めれば家に帰ることが出来るが、ルカはそうはいかない。
それに気付いた理那は思わず問いかけていた。
そう言って指差す先にあったのは大型トラックの運転席。
てっきり宿でも借りるのかと思いきや、いたって現実的な回答であった。
「お金がないとか?」
「まあ、そんなところね」
「ふーん……クシュッ!」
野宿よりかはマシと思ったからか、追求はしなかった。
そんな中で撫でるように吹いた一陣の風にくしゃみをひとつ。
そろそろ寒さも限界だった。
「ごめんねルカ、今日は帰るよ。またUntitled再生したら会えるよね」
「ええ。そっちが想いを変えない限りはね」
思わせ振りな台詞を残しルカは立ち上がる。
その意味を理解できないまま、理那は光に包まれた。
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光が消えた後、ルカはコーヒーを飲み干し後片付けも程々に運転席へ潜り込む。
その中は生活感が溢れており、毛布やティッシュ、本が完備してあった。
「あの子は、想いを変えないままでいられるのかしら」
そんな弱音をこぼしつつに毛布にくるまり目を閉じる。
彼女の呟きに、返事をするものは誰もいなかった。