翌日、学校を終えた理那は早々に家へと戻りセカイに訪れていた。
前回の失敗も踏まえて外靴と冬用のコートも完備している。
セカイに降り立ち最初に目にしたのは、ステージの準備をするルカの姿であった。
「こんばんわルカ。忙しそうだね、手伝うよ」
「ありがとう。そこに配線図があるからケーブルを頼むわ」
感謝こそ口にするも、そこに心はなくただ発しているだけ。
それでも雑用に関して言葉との付き合いで慣れていた。
手探りで作業をするも、ルカに比べればずっと遅い。
「私が下で聞いてるから、理那は適当に音を出してちょうだい」
「はーい」
ようやく終えたかと思えば今度は音出しなどの作業。
広場の真ん中に立つルカの指示を受けながら、
スピーカーの向きや細かい音量の調整を行う。
それが終われば今度はフライヤーの配布。
ルカは別の作業があるとのことでステージに残っていた。
村の家を残らず回りひとつずつ丁寧に渡していく。
「おう昨日のアンタじゃないか。ルカさんの手伝いかい?」
「まあそんなところですね」
「そうか、まあ頑張りな」
「ありがとうございまーす!」
皆快く受け取ってくれる上に、時折労いの言葉を送ってくれる。
そんな理那の心も少しは軽くなった。
「ルカさーん、フライヤーの配布終わった──」
「ここはもっと鋭く……もっと盛り上げるためにこっちの音も入れて……」
次の仕事を貰おうとルカの元へ駆け寄るも、
額には汗が浮かび真剣な表情で、セトリを見つめDJ機材を操っている。
その様子を観察しながら、横からハンカチで拭き取る理那。
「……なに?」
「ん? ほら、手術でもいるでしょ、汗拭く人」
「………」
理解できない、といった表情を浮かべるルカだったが、
作業を妨害しているわけでもなくむしろ作業に集中出来る。
その後は何も言わずに続けるのであった。
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村全体に夜の帳が落ちる。
雲のせいでよくわからないが、明るさ的に夜だというのはわかった。
周囲に配置した松明に火をつけて、ルカに合図を飛ばす。
スピーカーから音楽が流れ始めるや否や、
我先にと家から飛び出した観客達が広場を埋めていく。
『さあ皆、今日も盛り上がって行くわよ! しっかり付いてきなさい!』
「「「おおおー!!」」」
「やっぱりルカさんは天才だな! アンタもそう思うだろ!」
「ええ、アタシなんかルカさん無しじゃ生きられないわ!」
「ルカさんは私達の太陽よ!」
歓声と称賛を受けながら、ルカはそれに応えるようにステージを盛り上げていく。
そこに悲しい曲は一切なく、EDMなどの曲で満たされていた。
そんな中、やはり理那は遠目に彼女を見つめている。
しかし以前ほど悪い気分ではなかった。
「バーチャル・シンガーも、苦労してるんだなあ」
このステージを成功させるためにやって来た努力。
そして何より葛藤するルカの姿が見れただけでも、このステージには価値があった。
天才と称される彼女はその実、それに勝るほどの努力を重ねている。
それは毎日どこかで練習している言葉も同じであり、
かつて同じ医学の道を目指した友人もそうであった。
ふと、ステージの上に立つルカが理那の方を見た。
盛り上がっていないことに違和感を覚えたのかと思いきや、
笑顔でウィンクを飛ばしてくる。いわゆるファンサというものだった。
「(そこまでされたら、返さないわけにはいかないよね!)
ルカさんかっこいいー!!」
空気に徹していた理那は、誰にも負けないくらいの歓声をあげる。
それは村全体が一体になった証であった。
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「お疲れさま。はいコーヒー」
「ありがとルカ。ステージ最高だったよ」
「それはどうも」
ステージが終わり、いつもの調子のルカが戻ってくる。
まるで流れ作業のように片付けを終えれば、2人は再びテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいた。
「もう釣れないなー。ステージじゃファンサしてくれた癖に~」
「さあ、そんなことしたかしら」
「したした。私が男だったら恋しちゃうくらい」
「興味ないわ」
言葉や杏と変わらない態度を取る理那。
ルカの態度は崩れないものの、それもひとつの愛嬌として捉えられるほど心を許していた。
「ごめんねルカ、この前はなんかよそよそしくしちゃって」
「別にこれからもそれでいいわよ。その方が私も気楽になれるし」
「ええー、そんなこと言わないでよー」
バーチャル・シンガー、巡音ルカ。
最後に開発された彼女のスペックは当初の人々を驚かせるには十分だった。
なにより注目を受けたのはその流暢な英語と声の低さにあり、
バイリンガルとして活躍を期待される。
今でもその印象は根強く残っているが、大人の女性として幅広い楽曲を歌い上げていた。
「(おかしいよね。人間がバーチャル・シンガーに嫉妬するなんて)」
どうしてか理那の周りには『天才』と呼ばれる人間が多かった。
そんな人に置いていかれる自分が悔しくて、努力して、それでも届かずやがて諦めていた。
──誰よりも傍で見ていたはずなのに。
それを、今回のルカのステージで改めて思い知らされた。
そういう人ほど苦労しているのだと。
「ねえルカ、お願いがあるんだけどいいかな」
「ステージを手伝ってくれたお礼位なら」
「じゃあじゃあ、DJについて教えてください!」
頭を下げて教えを乞う。しかしルカは何も言わない。
「………」
「……あれ? ルカさーん? もしもーし」
流石に違和感を覚えて顔をあげると、
ひたすらにだんまりを続けつつマグカップを傾ける彼女。
顔すら合わせてくれなかった。
「ルカ聞いてるー? もしかしてフリーズしたとか?」
視界を遮るように手を上下させるも、態度を崩すことはない。
コーヒーを飲み終わると、ため息をひとつ吐いてから口を開く。
「貴女はなんの為に教えを乞うの?」
「そりゃ、やるなら徹底的にやりたいじゃん。
それにバーチャル・シンガーは本当の想いを見つける手伝いをしてくれるんでしょ?」
腕捲りしつつ楽しそうに笑顔を浮かべる理那に対し、やれやれといった表情を浮かべるルカ。
「じゃあこの村の人を沸かせられたら考えてあげる」
その提案は生半可なものではなかった。
この村で太陽とまで言われる存在が居る中で、同じことをして見せろという。
──それでも。
「なるほどね。面白そうじゃん」
まるで大きな壁ほど越える甲斐があるとばかりに、笑みを浮かべる。
それもそのはず。彼女のそばにいる者はいつだって天才だったのだから。