「文、話があるの」
セカイから戻った私は夕日を背に浴びながら妹の部屋の前にいた。
しかしノックをしても扉を開けてはくれない。
部屋の中からは物音がするから居ることは間違いなかった。
難しいことだとは最初から解っている。それでも進まなきゃいけない。
これが自分でもたらしたのなら自分でしか解決できない。
これ以上嫌われてしまうかもしれない。以前のように仲良くなれないかもしれない。
たとえそんな未来が待っていたとしても私は今を後悔したくなかった。
ただのエゴだと解っていても、それは間違いじゃないと胸を張って言えるから。
「わがままだって解ってる。でも、大切な話だから聞いてほしいの」
「……やだ」
扉越しに聞こえた文の呟き。それを皮切りに彼女はつらつらと言葉を並べた。
「お姉ちゃんはいつだってそう。私のことしか考えてない。
二人が死んじゃった時も、中学に入ってからも、高校になっても」
それに対して曲げようのない事実なために私は何も言わない。
それでもこれからは違う、などとは言わずに次の言葉を待つ。
「自分のやりたいこととか何にも言ってくれないし、
叔父さんと叔母さんも大丈夫って言っても聞かないし。そんなの、お姉ちゃんじゃない!
そんなお姉ちゃんなんていらない! 死んでるのと同じだよ!」
心無い言葉が私の心を貫く。この子には私がそんなにも色あせて見えたのかと。
ここ三年間随分と寂しい思いをさせていたらしい。
素直に受け止め理解する。様々な時に浮かべていた寂しげな表情の意味を。
確かに両親が死んだあの日、これからどう生きればいいか分からなかった。
それは必ずしも金銭面の話ではない。何を生きがいにしていくかという人生目標の話だ。
『両親に私の演奏を聞かせたい』というのは決して嘘ではない。
しかしそれは既に失われたものであり、
それに縋るからこそ今やりたいことが見つけられなかった。
私の心は自分が思うよりもずっと過去に囚われていたんだ。
「あっ……」
文はその言葉を最後に何も言わなくなってしまう。
自分でも酷いことを言ったことに気付いたか、それとも自分自身も傷つけてしまったか。
それは私の想像する事でしかなかったが、再び沈黙がその場を支配する。
「文、ありがとう。思っていること全部話してくれて」
「あ、えっと、これは……違うの……」
扉が開かれて絶望した表情を浮かべる文がふらふらと歩み寄る。
何かに怯えるように震える体を抱き寄せ、自分の温もりを伝える。
「お姉ちゃん……?」
「ごめんね文。今まで無理させて」
「う、ああ……!!」
これは私一人の物ではないけれど、だからこそ一人を温めるには充分な熱。
そしてたった一言だけ。
この言葉がどんな意味を含んでいるかこの子には分からないかもしれない。
それでも一人の心を溶かすには熱すぎたようで。しばらく家中に文の泣き声が木霊していた。
・
・
彼女が泣き止んだ後、私は部屋へと案内されていた。
壁一面には様々な初音ミクのポスターが張り出されている。
しかも全て何かしらのライブによるものらしくロゴが刻まれていた。
棚にはぎっしりとミクのCDが詰まっている。
「これ、全部自分で買ったの?」
「うん。ちゃんと正規品だけど、流石に知る前のはイベントの再販品が多いかな」
まさかこれほどまでとは、と圧倒されてつつも出されたクッションの上に座る。
急に気まずくなってくるがここで逃げ出しては全てが振り出しに戻ってしまう。
「流石に知ってるかなって思ったけど、その様子だと何も知らなかったみたい?」
「うん……あれから何も言わなかったから、飽きちゃったのかと思って」
彼女が初音ミクを教えてくれたのは中学の時きりだったため、
そのまま終わっていったのかと思ったけれどその認識は甘かったらしい。
自分の妹のこととはいえこんなことになっているとは思わなかった。
「飽きるなんてとんでもないよ! ミクちゃんは人の夢の形なんだよ!?」
そこから始まったのは妹による熱い初音ミクに関する解説。
初音ミクという存在がいかに偉大なのかという話が延々と続く。
私もミクが世界で一番有名なバーチャルシンガーということだけしか知らなかったために、
その解説を理解が及ばずとも聞いていた。
「どう!? これで今日からお姉ちゃんもミクちゃんに足向けて寝られないよ!」
小一時間続いた解説を締めくくった彼女は非常に満足げだった。
圧倒的な熱量の違いとその表情で思わず笑いがこぼれる。
それに対して真剣に聞いてと頬を膨らませる態度が可愛かった為に、
声を出して笑ってしまった。
「文が部屋に入れてくれたのは、私にミクを知ってもらうためなの?」
そうして、誰かがやったように悪戯な質問を飛ばす。
完全に主導権は握られてしまっているから本来の目的を思い出す為にこちらから話題を振った。
「半分はそうだよ。今の私を知ってほしかったから。でも本命はこっち」
そう言って彼女が取り出したのは一つのケース。中にはぎっしりとDVDが詰まっている。
タイトルは全て日付で分けられており、全てが三年以上前の物だった。
そのうちのどれかを選び取ってテレビへと差し込む。映っていたのは幼い頃の私の姿だった。
丁寧にお辞儀をした後、手にあるフルートを演奏し始める。
それは少したどたどしいものだったが、演奏を終えた後には拍手が送られていた。
「お姉ちゃんが音楽やめちゃったから、ずっと聞いてるの。
だからあの時吹こうとしてやめちゃったの、本当に残念だったんだ」
私が演奏しなくなってからは彼女の中の音楽に空白ができ、
新しいものを求めてさ迷った果てに見つけたのが初音ミクだったらしい。
「そっか……ならなおさら、お礼をしなくちゃね」
私の傍にいてくれたのは誰なのか。それを改めて知った私は決意を新たにするのだった。