久しぶりの再会を果たした理那は、自宅に戻るや否やUntitledを再生した。
相変わらず色の失われたセカイでは、彩色豊かな閃光と歌声が響き渡っている。
それに当てられた人々は1人残らず活気付き、歓声をあげていた。
『まだまだ盛り上げていくわよ! しっかり付いてきなさい!』
巡音ルカはまさしくこのセカイにおける天才であり、伝説であり、太陽である。
並び立つ者は1人もいない。上がる事が出来ても同じ景色が見えるわけではない。
それは理那も例外ではなく、いつもステージという頂きを見上げていた。
しかし、それと同時に知っていることも多かった。
裏付けられた努力を知っている。浮かべた憂いの顔を知っている。
だからこそ上辺だけの観客など眼中にはなかった。
何を思い彼女はステージに立つのか。その一心でただルカを見つめる理那であった。
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いつかのようにステージの片付けを手伝う理那。
その報酬としてコーヒーが振る舞われる。
それがこのセカイにおけるルカと理那の関係であった。
「最近こっちに来てなかったみたいだけど、何かあった?」
となりに腰かけるルカが話しかけてくる。
普段は理那が話題を振るため、珍しいことではあった。
「なに? もしかして寂しくなった?」
「それはないわ。ただの興味本位よ」
いたずらに言葉を投げ掛けるも呆れたように返される。
毅然とした態度は崩れない。
可愛げがない、と思いつつも理那は近況と導いた答えを報告する。
「わからないから楽しい、ね。なかなか面白い言葉じゃない」
「そうそう。そのセンパイも結構面白くってさ。
もしよかったらルカも一緒に見ない? センパイ達のショー」
「遠慮しておくわ。私はこの村を盛り上げるだけで精一杯だもの」
「そう、ならいいけど。私もまだしっかりとは見られてないからねー」
「貴女、自分で見てないものを人に勧めるの? 変わってるわね」
「でも直感で面白そうって思ったら大体そうだよ」
感覚主義であるからこそ、この考えは理解されない。
理由も努力も根拠もない信憑性皆無の答え。
小学生相手ならまだしも高校生になってその答えではあまりに脆すぎる。
しかし今の理那にとってそれだけで十分だった。
「音楽もそういうものじゃない? 特にDJやってるならさ」
「そうね。でも暗くなる曲か明るくなる曲の違いくらいはわかるでしょう?
音は並びによって様々な顔を見せる。だからこそ特性を理解しなきゃいけない。
それがわからないと、会場を盛り上げるなんて出来ないわ」
それでもあくまで理論を語るルカ。
彼女がいままで何を経験したかなどはかりし得ない。
あくまでもバーチャル・シンガーであり、発売から今までの歴史を知っている可能性すらある。
歴史という重みが、その言葉の中に凝縮されていた。
「じゃあ別にこの村以外でも盛り上げられるよね。
他にも待ってる人がいるかもしれないし」
経験を語るなら、とばかりに理那は言い返した。
この先にも道は続いており、機材もすべてトラックにつまれている。
その気になればいつでも新たな村や街を目指す事ができた。
「……それは出来ないわ。ここの人達はまだ私を必要としているもの」
しかしルカは首を横に振る。
その顔が理那にはどこか悲しそうに見えた。
『太陽は確かに光をくれるけれど、直に見ればその目は瞑れ、そばに寄ればその身は焼かれる。
言い得て妙、とはまさにこのことね』
演者と客。天才と凡人。
その壁を理解していながらも、あえてこの村にとどまることを選ぶ彼女。
その真意を知ることはできなかった。
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理那がセカイから戻った時、玄関を閉める音が響く。どうやら父が帰ってきたようだ。
無視するのも気が引けるので出迎えることにする。
「あ、父さんおかえりー。今日のご飯なんにする?」
「作れもしないのによく言う。……なんだその格好は。そんなに寒さが堪えたか?」
「あー、暖房代もったいないしさ」
セカイは寒い。だからこそのコートだがそんなことを話すわけにはいかない。
なんとか誤魔化すも屋内で着る代物ではなかった。
しかしそれを見て譲太郎は靴を履き直す。
「ならちょうどいい、今日は外にするぞ」
「お、太っ腹ー。ごちになりまーす」
上機嫌な理那がつれられた先は……
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「いらっしゃい。おお、あんたか」
「こんばんわ。いつもの席空いてるかい」
「ああ、もうすぐバー営業ってところだが。っと、連れなんて珍しい……」
店内はそこそこ賑わっており、奥のライブスペースではミュージシャンが歌っていた。
それを尻目に譲太郎は店主である男性と言葉を交わしている。
やがて後ろにいた理那の存在に気付くと目を丸くした。
「杏のおじ様こんばんわー。お邪魔しまーす」
「なんだあんたか。杏、お客さんだ」
「はーいすぐお冷や出しますねー……って理那! こんな時間に珍しいね」
何を隠そうここはWEEKEND GARAGE。
面倒事を察知しつつ準備のために手を動かす謙と、意外な客に驚く杏。
しかし注目するはその隣に立っていた男性。
彼は案内を受けず、ライブスペースから一番遠いカウンター席へと腰かけた。
「あの人誰? 知り合い?」
「ん? 父さんだけど」
「えっ!? 始めて見た……」
「とりあえずブレンド2つとサンドイッチお願いしていい?」
「あ、うん」
理那も会話と注文を済ませて水を受け取り父親の隣へ座る。
杏は不思議そうに譲太郎の顔を見ながら注文内容を伝えていた。
「父さん知り合いだったんだね」
「ああ、ここのコーヒーはここらじゃ一番だからな」
店主との会話を聞くに彼もまた常連ではあるようで。
世界は思ったよりも狭いのだということを実感する理那。
「おまちどう、ブレンド2つだ。サンドイッチはもう少し待っててくれ」
独特の芳ばしい香りが漂い心が踊る。まず一口。
苦味と共に鼻の奥からも香りと風味が通り抜けていく。
「はぁ……おいし。なんで苦いのにコーヒーってこんなにおいしいんだろうね」
余韻を噛み締めながら誰に問いかけるわけでもなく呟く理那。
生物において苦味は毒性の表れであり、本来なら避けるべきものである。
子供が料理や食材で嫌うのも苦味を伴うものが多い。
「それはコーヒーがただ苦いだけの飲み物じゃないからさ」
そんな素朴な疑問に答えたのは譲太郎であった。
「人は舌だけじゃなく香りや風味、視覚的情報からも味というものを認識する。
そんなこともわからずに飲んでるんじゃ、お前もまだまだ子供だな」
「言ったなー! 私だってここのブレンドとインスタントコーヒーの違いくらいわかるよ!」
「はは、そりゃ素人でもわかるだろう?」
博識な父と愚鈍な娘。そんな2人の姿は誰からもどこか微笑ましく写るのであった。