荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第5話「救済」

理那はまふゆの過去を奏に語り聞かせる。しかし彼女は終始こういっていた。

 

「これは私から見た偏見の固まりだから、全部信じちゃダメ。

 私の価値観によって事実とは違う風に見えてるから」

 

それは一種の刷り込みレベルだった。

人が経験を話す際は主観によって語られる。それは奏本人も重々理解していた。

しかしそれ以上に、まふゆの過去という情報は魅力的に写る。

 

理那は執着とまで言える態度を示す彼女に、

自分の友に語り聞かせた時よりも慎重に言葉を選んでいた。

ただ起きた事象だけ、まふゆが納めた実績だけを淡々と告げていく。

どこか簡素でよそよそしくなるものの、言葉は黙ってそれを聞いていた。

 

「……っと、こんなところかな」

「ありがとう。よくわかった」

 

話の間は完全に食事の手を止めており、感謝の言葉を送っても再開する様子はなかった。

やがて冷めきった紅茶に口をつける言葉によって沈黙が破られた。

 

「理那、それだけでいいの?」

「ん? それだけってどういうこと?」

「さっきの内容だと、ただ理那がその人のこと知ってて無視している様に聞こえたから」

 

主観を撤廃すればそれはただの傍観者だ。

そしてその事象について事細かに説明すれば、

そこまで知っていて干渉しないのか、と疑問に思うのが人の常である。

言葉本人も、自らとはいえ自分の友人が誤解を招かれるのは好ましくなかった。

 

「いんや、いいんだよそれで。実際私はなんにも出来なかった訳だしね。

 本当にあの子──まふゆの事を思うなら、誰になに言われても無視するべきだったんだ。

 その手を引っ張って、どこまでも逃げてやればよかったんだ」

 

それが理那の胸の内に秘められた想いだった。

贖罪の原動力であり、まだ心の中でくすぶっている。

 

その捌け口として最適だったのが紛れもない言葉であり、

打ち明けてもなお受け止めてくれたことへの恩義は尽きない。

そしてまた、彼女の独白が始まった。

 

「猫カフェで見たときわかったよ。

 まふゆは貴女達が思う以上に、貴女達の事を大切に思ってる。

 それこそ今の私なんか比にならないくらいにね」

「まふゆが……わたし達を?」

「そう、だからこそ話したの。それで、私からのお願いなんだけど……」

 

次に出てくるであろう言葉は明白だった。

“私の代わりに、まふゆを救ってほしい”。

お決まりの台詞であり、それを背負う覚悟も奏にはできていた。

間をおくように水を飲んで、理那は口を開く。

 

「私が今まで話したこと、忘れてほしいんだ」

「……えっ?」

 

その言葉は完全に矛盾していた。

先程まであれだけ真剣に話聞かせていた内容を、無意味にしろという。

それは情報を知った奏よりも、伝えた理那の方が無駄骨であった。

 

「……どうして? それじゃあまふゆを救えないんじゃ」

「やっぱり、思った通りだ」

 

奏の疑問も尤もだが、また理那の反応もさも当然といったものだった。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、これはあの子を救うための布石じゃない。

 他でもない宵崎さんの疑問を張らすためのもの。

 色々気がかりじゃ、あの子本人を見られないでしょ?」

「確かにそう、だけど……それでも忘れる理由にはならない。

 私はまふゆを救いたい。他でもない、私の曲で。だから忘れる訳にはいかない」

「ああ、なるほどね。大体わかった」

 

彼女にしては珍しく参っているようで、天井をあおいでいる。

そんな奇行に対して疑問が尽きないのは、奏だけであった。

理那から最も近い言葉は、我関せずと紅茶を飲んでいる。

そして再び理那が奏を見た時、その目は冷めきっていた。

 

「あのね宵崎さん。人を救うってどういうことかわかる?」

「それは……怪我を治したり、病気を治療したりして」

「確かにそうだね。それも立派な人を救う行為だ」

 

奏が言葉を重ねる度、理那の失望の色が強くなる。

それでも理那はやめなかった。他でもない、狂わせてしまった責任を背負うために。

 

「私の話は、確かにまふゆを助ける特効薬になるかもしれない。

 でもね、人を救うってのはそんな簡単な事じゃない」

 

それは理那だからこそ言えること。

いくら凄腕の父が病気や怪我を治したとしても、救われなかった人達をごまんと見てきた。

 

「ただ怪我や病気を治すだけじゃ、人は救われないんだよ。

 本当の救いってのはね、ただ治すだけで終わりじゃない。

 その人がちゃんと自分で生きていけるように、面倒をみてあげることが大事なんだ」

 

その気迫たるや父譲りのものであり、奏を押し黙らせるには十分であった。

 

「それに何より、救われた後にまふゆはどうするのかな。

 今まで通り貴女達といるのかな。自分の人生を歩むのかな。

 果たしてその未来を、貴女は受け止められるのかな。宵崎奏?」

 

理那が問うのは、救いの後。いつか訪れる未来。

 

救われたらまふゆは、どうするのだろうか。

また皆と一緒に曲をつくって、救って、それで。

そんな保証はどこにも無いというのに──?

 

「……………」

 

その未来が、奏には見えなかった。

 

「宵崎さん」

「……鶴音さん?」

 

目の前が真っ暗になったかと思ったところで、言葉が口を開く。

まるで奏の心境を汲み取ったように。

 

「それでも、私は待っていますよ。あの時の約束を忘れないでくださいね」

「あ……」

 

同じ様にここで果たした約束。それは確かな灯りとして奏を導いている。

例え未来が見えなくても、今歩みを止める理由にはならなかった。

そんな未来がやってきても、また誰かを救うために曲を作り続けるのだろう。

今はまだ先の事はわからない。それでも、救うと決めたからには進まなくてはならない。

 

「斑鳩さん、鶴音さん。ありがとう。……救って見せるよ。絶対に」

「……そっか」

 

奏は席を立ち、お金をおいてその場を後にする。

残された2人は最後に短い言葉を交わした。

 

「やっぱり言葉は人を動かす天才だね。魔法でも使えるの?」

「理那ほどじゃないよ。それに、私の話と理那の話は別の問題でしょ?」

「まあそうだけど。……言葉って結構罪作りだよね」

 

言葉と理那は、その後もゆったりとした時間を過ごすのであった。

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