ファミレスの一件から数日後、理那は1人でシブヤの街を散策していた。
特に目的があるわけではない。強いていうなら気分転換である。
あれからセカイを訪れ、何度かチャレンジしたものの観客を沸かせることが出来なかった。
楽しいこととはなんなのか、という解を得たところで劇的に変わるものでもなく、
がむしゃらに努力し続ける日々。観客の罵声を打ち消す為に街の喧騒に耳を傾けていた。
「やっぱ癒しの1つや2つは必要だよねー」
近くの店で買ったクレープを頬張りながら、行き交う人々を観察する。
休日ということもあり数も多く、それぞれが目的地を目指して歩いていた。
そんな中でふと歌が聞こえてくる。
個性的で可愛らしく、澄んだ歌声に彩られたバーチャルシンガーの曲。
どこか聞き覚えのある曲に興味をそそられた理那は、自然とその方へ歩き出していた。
「──♪ ────♪」
ビビッドストリートではクリーム色の短いお下げをした少女──小豆沢こはねが、人前で堂々と歌っている。
通りかかる人も時おり足を止めては、その歌声に耳を傾けていた。
「あの子歌うまいな。どこの子だろ」
「ああ、Vivid BAD SQUADの子だろ? ライブハウスとかで1人で歌ってるんだってさ」
「へー、小さいのに根性あるな」
「──♪……」
誰しもが彼女を知るわけではない。
しかし観客も次第に増えていき、彼女の歌を聞き惚れている。
曲を終えたとき、小さいながらも拍手が巻き起こった。
「えっと、聴いてくれてありがとうございました! あっ……!」
頭を下げる彼女はそんなギャラリーの中で理那を見つける。
一見すればギャルとも思える容姿は、良くも悪くも目立っていた。
「いい歌だったよー杏の相棒さん。名前は……あー、えっと」
「小豆沢こはねです。えっと確か、理那さん、でしたよね?」
「そうそうこはねちゃんだ。私は斑鳩理那。よろしくね」
「えっと、はい。よろしくお願いします……?」
今の今までお互いの名前を知らないことに気づいたこはねは、
軽い自己紹介の後休憩がてら会話を楽しむことにした。
自販機で買ってきたスポーツドリンクを片手に、言葉を交わす。
「その、斑鳩さんは杏ちゃんと同級生、なんですよね?」
「そうだよー、クラスは違うけどね。そういう小豆沢さんだって宮女の1年なんでしょ?
敬語とか堅苦しいの苦手だしタメ口でいいよ。私もこはねって呼ばせてもらうしさ」
「(なんていうか、杏ちゃんみたいな人だなぁ……)じゃ、じゃあ理那ちゃんで……」
「……わーお、なんか新鮮。それで、杏がどうしたって?」
「大したことじゃないんだけど……学校だと普段なにしてるのかなって」
Vivid BAD SQUADとしても、歌い手としても相棒である彼女だが、学校での姿をあまり知らない。
彰人も冬弥も、特別なにかを教えてくれるわけでもない。
なにより他の人から見た相棒の姿を知りたかった。
そして理那も友人の姿を語る事はやぶさかではない。
休み時間でのこと、部活でのこと、風紀委員でのこと。
話題に合わせてコロコロと表情を変えるこはねに、
機嫌を良くし普段よりも饒舌に語り聞かせた。
そして最後にこう絞める。
「杏がぞっこんなのは知ってたけどさ、こはねも相当惚れ込んでるよね」
「ええっ!? だ、だって杏ちゃんカッコいいし、それにいつも堂々としてて……」
顔を赤く染めながら相棒を語る様子は、端から見ればもはや惚気話である。
しかしいつものように囃し立てることなく、理那はただただその言葉に耳を傾けていた。
「それで、杏ちゃんが言ってくれたの。誰より一番、私に信じてもらえるようになるって。
それでもやっぱり、私の方がついていけなかったから……でも、私が追い付けばいいんだって思えて。
追い付いて、みんなと並んで一緒に夢を叶えたいって思ったの」
『誰より一番、こはねに信じてもらえるようになる!
こはねのことを信じて歌うから! だから──
こんな私だけど、これからも、こはねの相棒でいさせてくれないかな?』
いつか屋上で聞いた杏の声が重なる。ただ惚れ込んでいるだけはない。
彼女達には夢があった。
そしてなにより共に夢を追いかけるという、本当の相棒がいた。
「それで、こんな風に路上でも歌ったりしてるの」
「へぇ、そういう理由だったんだ。頑張ってるんだね」
そこでこはねの話は終わり、話題も音楽に切り替わる。
理那もノって来るかと思いきや、話が途切れてしまった。
「えっと、理那ちゃんはDJやってるんだよね?
よかったら、その、うまくなるコツとか教えてほしいな」
曲のジャンルも似かよっていて、なにより杏も自分も直感でわかるほどの卓越したセンス。
それ相応の場数と経験を積んでいるのだろうと予測し、ひとつでも多く吸収しようと問いかけた。
しかし。
「コツって言われても、私だってここ最近始めたばっかりだし、経験なんてないよ?
強いて言うならWEEKEND GARAGEでやったのが初めてかな」
「ええっ!?」
こはねとほとんど変わらぬ駆け出しだと、理那は告げる。
嘘、と言いたくなるもあれだけの技量を持っていればあの通りで噂になるはず。
裏付けは後で相棒から取るとして、そうなると気になるのはその動機である。
「えっと、じゃあどうしてDJに……?」
「ああ、それは言葉……友達が頑張ってるし、なにか初めてみようかなって思って」
「言葉さんってたしか文ちゃんのお姉さん、だよね」
こはねの脳裏に映るのは、下手から見た2人のステージ。
同じ曲を文とも歌っていたが、正直あのステージには敵わないと思った。
「まあ、それでこの先どうなるか、なんてわかんないけどね」
「……? 鶴音さんと一緒にステージに立ったりは……?」
「ま、そうできたらいいなーって思うけど、技量が段違いだよ。
毎日聞いてるからわかるもん」
空白期間と不慮の事故があったとはいえ、
過去のブランクを取り戻すために彼女は努力を続けている。
その曲のジャンルは決して明るいものはないものの、
目を見張る速度で成長しているのは理那が誰よりも知っていた。
理那の隣にいるものはいつだって天才だ。しかも、努力の天才である。
多少の才はあっただろう。しかしそれ以上に研鑽することを諦めなかった。
だからこその地位を獲得している。──それは例え、自らが望んだものでなくとも。
理那は今だ、過去に引きずられている。