その日、朝比奈まふゆはある人物に呼び出されていた。
メッセージには【話がある】と記され、待ち合わせ場所と思わしきURLも添えられている。
見知らぬ裏通りを抜けて、1つのライブ&カフェバーへと足を踏み入れた。
指定された時間より15分ほど早いが、問題ないだろう。
「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」
カウンターでは1人の男性がマグカップを磨いている。
ここの店主だろう、と予測し目的の人物を探せば──居た。
カウンター席でただ待ちぼうけている少女。
彼女以外に客はおらず、そのせいか長い金色の髪が余計目立って見えた。
「お待たせ。理那にしては随分早いんだね」
「うん。だってこの後部活なんでしょ。早い方がまふゆも助かるだろうし」
いつもの『いい子』を振る舞いながら、となりの席へ座る。
水の入ったグラスを店主の男性が差し出した。
まふゆはこの後予定が入っている。その証として筒状の長い布袋を背負っていた。
「ご注文は?」
「ブレンド2つで」
「ちょっと理那、私はまだなにも「いいから」」
勝手に注文を通す理那に反論するも一蹴される。
そんな有無も言わせぬ態度に対し、店主が離れるのを確認してから口を開いた。
「それで、言いたいことってなにかな?」
「まあまあ、注文が来てからでもいいでしょ」
顔を合わせぬまま、愛想笑いの裏で彼女の真意を図る。
会うことはない、と告げられてもなお呼び出したその真意を。
しかし話題は引き伸ばされ、のらりくらりとかわされる。
結果、注文のコーヒーが届き店主が厨房に消えるまで理那はなにも語らなかった。
「とりあえず、乾杯」
「いいよそんなの」
差し出されたカップを無視しして一口。
そこに味は感じられず、ただ熱いという情報が頭に流れるだけだった。
「やっぱり、わからない」
「そっか」
お互いにカップを置き、一息つく。それを見計らって理那が口を開いた。
「私はね、まふゆを救ってあげたかったんだ」
「でも、なんの意味もなかったでしょ」
そこにいい子のまふゆは存在せず、ただ事実を淡々と述べる姿があった。
理那の理想にまふゆの現実を突きつけられる。それが事実であり、今の2人の関係だ。
「そうだね。でも本当はそうじゃない。
勝手に自分のせいだって思い込んで、それで救ってあげられたら自分が許されるんだと思ってた」
「……そうだね」
理那の救済はつまるところ己の救済に帰結する。他人に依存するものだった。
だからこそ奏に対してあそこまで辛辣になったとも言える。
「それで、その事に気付いてどうするの? まだ私を救いたいと思う?」
「救いたいと思ってるよ。昔馴染みの友達としてね」
しかし、その一言とは裏腹に理那の雰囲気が変わった。
「でもそれ以上に、まふゆに囚われてるんだってわかった」
「……………」
「そんなのはもう友達じゃない。私のエゴで縛ってるだけだ」
告げられた言葉に奏の告白を思い出す。
全く逆の言葉であったが、同じくらい理那の想いが込められていた。
「だから、今まで付き合わせてごめんね」
そこで理那の話は終わる。
しかし、まふゆにとってはそこで終わらせていいはずがなかった。
なんの話かと思って出てきてみれば、一方的に終わりを告げられる。
そんな身勝手な告白を許せるわけがなかった。
「……理那はいつもそうだね。勝手に初めて、勝手に終わらせてさ。
振り回されるこっちの身にもなってよ」
「そんなこと、もうわかりきってたことでしょ?」
呆れて嫌みを口にするも当然のように返される。それは2人の過去が証明していた。
それでもなお、まふゆはいつものようにこう答える。
「今はわからないよ。私の気持ちも、理那の気持ちも」
「──でもその方が、面白いじゃん」
わからないからこそ、面白い。それは理那が得たひとつの答え。
本来は『楽しい』というものだったが、自分なりの言葉で伝えるにはこれが一番だった。
「無理にわからなくていいんだよ。今はただ、自分のやりたいことをやってればいいんだ」
「やりたいことがわからないときはどうするの?」
「そんな時のために、あの3人がいるんでしょ」
「……………」
そう告げられ、まふゆの脳裏に浮かんだのはニーゴの面々──
奏・絵名・瑞希。
仲間とは言えない歪な関係ではあるが、共にいることは変わらなかった。
「それに、全部が全部わからなくたって、感じることはできるからさ」
そう言ってカップを手に取る理那。しかし飲みはせずただ香りを楽しんでいるようだった。
真似してみろ、とばかりに見せつけてくるため見よう見まねでやってみるまふゆ。
なんとも言えない香ばしい香りが広がり、体を満たしていく。
その状態で一口。
「──苦い」
そこから頭が導き出すのは、苦味。
一瞬のことながら激辛料理の刺激とは全く違う感覚であった。
しかも喉元を通りすぎてもなお、鼻を通り抜けていく香りが後を引いている。
その一言に、理那は微笑んでいた。
「どう、おいしいでしょ?」
「……そこまではわからない」
それを美味と感じるかまでは至らず、まふゆはコーヒーを飲み干す。
もうすぐ部活が始まる時間だ。
「そろそろ行かないと。お代は……」
「いいよ、私が呼んだんだから私の奢りで」
「そう? じゃあ、甘えちゃおうかな。あの、コーヒーご馳走さまでした!」
「まふゆ」
席を立ち、再び『いい子』へと戻るまふゆを理那が制した。
奥の厨房へと感謝を告げ急ぎ足で店をあとにしようとしたところで、不意に声をかけられる。
「辛くなったらまた来なよ。私はいつでもここにいるからさ」
「──そう」
自分を置いて先行く少女の残した言葉。それに対しまふゆは超然と返すだけだった。
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・
まふゆがいなくなった店内。1人取り残された理那はコーヒーを飲み干した。
「いきなりやって来たと思えば、店を貸してくれだなんてよく言う。
杏を誤魔化すこっちの身にもなってくれ」
「いやーすみませんおじ様。お詫びにいっぱい注文しますから。
杏にも私から言っておきますんで、とりあえずコーヒーのおかわり」
「はいよ」
カップを置く音が合図になったのか、厨房へ下がっていた店主、白石謙が姿を表す。
どうやら会話の邪魔をしないように下がっていたらしい。
そう、ここはWEEKEND GARAGE。
本来杏もここにいるはずだったが、
事前に謙が足りないものを買い出しに行かせていたため不在だった。
「でもなんで店貸してくれたんです? 割と無茶なお願いだったと思うんですけど」
「お前の親父さんには苦労をかけたからな。ま、ガキが首を突っ込む話じゃない。
しかし、その顔を見るに──うまくいったようだな」
「あ、わかりますー? さすがおじ様」
「顔を見ればわかる。だがなんだ、そのおじ様ってのはなんだ」
「私が呼びたいからそう呼んでるだけでーす」
いつの日か屋上で聞いた杏の夢。
その目標が謙のイベントを越えることであるため、尊敬の念を込めてそう呼んでいた。
無論意味合いとしてはいつかの役職呼びと変わらない。
コーヒーを淹れながら言葉を交わす謙。そこで再び入店を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃい」
「こんにちわ。あっ、理那ちゃん」
「げっ、斑鳩……」
「斑鳩か、珍しいな」
そこに現れたのはいつもの3人。揃っているところを見るに、これから練習だろう。
「お、こはねに彰人君に青柳君じゃん! なに、今日も練習?」
「あ、うん。ちょっとみんなで……杏ちゃんは?」
「すまないな。今買い出しに行かせている。少ししたら戻る筈だ」
「なら少し待ってるか……謙さん、いつもので」
「はいよ、2人もいつものでいいか?」
「私もお願いします」「はい。お願いします」
彰人が2人を先導し、態々理那から遠い席を選んで座る。
それにとやかく言わず先に注文を受け取っていた。
「いやー、みんな輝いてるね。夢に向かって走るってのはいいもんだ」
「なに年寄り見たいなことを言っている。だが、あまり拘りすぎるのもよくないがな」
遠くから3人を眺める理那がこぼした言葉に、謙が顔をしかめた。
彼にしては珍しい表情だったが、対する理那は思った事を口にする。
「ま、確かにそれはそうかも知れないけど、大事なのはそこじゃないと思うけどな。私は」
「と、いうと?」
「どれだけ憧れが嘘にまみれてても、それに向かって走った道のりは嘘じゃない。
その過程があったから今の自分があるんだってね」
「……そう思えるほど、あいつらも大人じゃないだろうさ」
答えの先に更なる答えを見つけた理那は、ただ夢を叶えるために走る彼女達を見つめる。
その先にぶつかり合う未来を見据えながら、再びコーヒーを飲むのであった。
ご無沙汰しております、kasyopaです。
日頃からのご愛読及びお気に入り登録、誠にありがとうございます。
改めてUA20000を無事達成することが出来ました。
この場をお借りして感謝申し上げます。
記念話ですが、以前のような更新スタイルが出来ないと判断し、
次回から始まる外伝に毎日更新として組み込ませていただきます。
流石に半年近く更新してた反動か、今はクールダウン中です。
ですので、外伝が終わり次第暫く「お休み」を頂くかもしれません。
少なくとも1週間、多くても10日は見積もっております。
何卒ご理解とご容赦のほど、宜しくお願いします。
さて、ちらほらと見えていましたが次は「第2部外伝」となります。
アンケートのお話やこういうのもアリだな、と思って筆を取ったもの。
次の部への伏線専用話などなど。
それでは、次回外伝にてお会いしましょう!