ところ変わってストリートのセカイ。
彰人は個人練習を終えて一服しようとcrase cafeを訪れていた。
「あらいっしゃい」
「メイコさん、こんにちわ」
「あ、彰人だ! こっちの席空いてるよ!」
「うんうん、一緒にお茶しようよー!」
店の奥から元気な声が響いてくる。
今日は珍しくリンとレンがテーブル席でこはねを囲み、仲睦まじく話をしていた。
「(杏と冬弥はいないのか……何話してるか気になるし、別にいいか)」
本来なら相棒の元へと向かうところだが見当たらない。
一方でリンとレンがいつもよりテンションが高いのも気になる。
彰人はマスターであるメイコにブレンドを頼みつつ、残った席に座った。
「それで? 随分盛り上がってるが何話てたんだ?」
「あ、東雲くん。実は文ちゃんの叔母さんが料理教室してて、
その生徒さんを募集してるらしいんだ」
「文……ってことは委員長も同じか」
彰人にとって全然似ていない妹のことは記憶に新しい。
そしていつかステージや公園で見せた卓越した躍りにも目を見張るものがあった。
「うん。それで気になって調べてみたんだけど……」
そう言ってテーブルに置かれたスマホを見せるこはね。
そこに写し出されていたのは様々な料理の数々であった。
写真写りそのものは普通ではあるものの、
きれいに盛り付けられておりいかにもプロが作ったように見える。
「……凄えな。これ全部その叔母さんが作ったってことか?」
「そうみたい。それで今度の休みに誘われたんだけど……杏ちゃん、お店の手伝いが入ってて」
「なら1人でいけばいいじゃねえか。それに委員長の妹だって参加するんだろ?」
「それが……文ちゃん別の用事が入ってていけないみたいなの。
お姉さんは参加するみたいなんだけど、その、私あんまり面識ないから……
確か東雲くんとそのお姉さんって、同じクラスなんだよね?」
「まあそうだけどよ……確か斑鳩が参加するから、その辺り心配ないと思うけどな」
次に彼女が何を言おうとしているかはわかる。
しかし彰人にとってこはねと同行するより、理那と会う方がよっぽど問題だった。
「もー、彰人ってばカッコ悪いんだー。こんなにこはねがお願いしてるのにー」
「オレだったらすぐにいいよっていうのに」
「うるさい。こっちにだって事情があんだよ」
それを知ってか知らぬかリンとレンがブーイングを飛ばす。
彰人は何を言われても曲げる気はなかった。
「事情……もしかして彰人、料理できないの?」
「は? なに言って……」
「あ、そっか。料理できないってばれるのが恥ずかしいから行かないんだ!」
しかし、レンの突拍子の無い発言で場の空気が変わる。
どうやら事情、という言葉を間違って受け止めたらしい。
それに乗っかり囃し立てるリンの影響もあり、あることないことが盛られていく。
「なに言ってんだ。オレだって普通にやれば料理くらい……」
「じゃあ実際に作ってみてよ。メイコの厨房借りてさ」
「そうそう。メニューはー……よく食べてるパンケーキで!」
「だからどうしてそういう話になるんだよ」
「じゃあ、作れないの?」
安い挑発。本来なら乗る必要もないが、相手はセカイのリンとレンである。
彼らの力をもってすれば、ミクや最近やって来たカイトだけでなく、
冬弥や杏にもすぐ広められることだろう。
セカイの住人である面々や相棒である冬弥なら問題ない。
証明しなくても信用してくれるが、杏となれば話は別。
飽きるまでしつこく聞いて回られるのは確実だ。
それに今黙って聞いているこはねも、もしかして、という視線を向けている。
これ以上言い合っても埒が明かない。覚悟を決めるしかなかった。
「……わかったよ、作ればいいんだろ作れば」
「やった! じゃあオレ達は見学してていい?」
「ただし、やるならその教室でだ。ここじゃあ絶対にやらねえ」
「えー! どうして?」
「見られながら作るなんて出来るわけないだろ」
見られて大きな失敗をすることはないだろうが、ケチをつけてくる可能性は十分にある。
それにここでは一度冬弥が綿あめ作りを披露したことから、
2人の求めるクオリティが高くなっているのも事実。
そんな中で集中しろとはてんで無理な話であり、
それならばちゃんとした指導が受けられる場所で作った方がいい。
背に腹は代えられなかった。
「えっと……ごめんね、東雲くん。なんだか強引に誘っちゃったみたいで」
「別に。それよりはやく連絡しとけよ。参加人数で食材の量とか変わってくるだろ」
「そ、そうだね……! あっ、東雲くんの好きな物ってなにかな?」
「どうしたんだよ急にそんなこと聞いて」
「えっと、作るメニューも募集してて、皆の好きな物を教えてくれないかって」
「あー……ならチーズケーキ。大勢ならその方が一気に作りやすいだろ」
「そっか。じゃあ私は……やっぱり桃まんにしよっと」
心なしか期待に胸を膨らませるこはねをよそに、不満そうにしているリンとレンを眺める。
話の終わり。それはある意味、彰人の番でもあった。
「そういうリンとレンはどうなんだよ。料理」
「えっ!? そ、それは……」
「わ、わたしはメイコにコーヒーと紅茶の淹れ方教わってるもん!」
「飲み物と料理は別だろ? それで、どうなんだ?」
「むー、彰人の意地悪!」
悪い笑みを浮かべつつ、マウントを取り返す彼。
そんな騒がしい店内に耳を傾けつつ、メイコがコーヒーを差し出した。
「なにも無理して出来るようにならなくてもいいわよ。
はい、ブレンドコーヒーお待ちどう」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ。メイコはどうして料理するようになったの?
あんなに美味しいコーヒー淹れられるのに」
恐らくこの中では一番の熟練であるメイコの登場により、リンが話題を振る。
Vivid BAD SQUADの4人だけでなく、
セカイの住人たるミク・リン・レン・カイトの4人ももてなす彼女は、
メニューを増やすことで応えていた。
「それは、もう一度頑張ろうって気持ちにしたいから、かしら」
「? それってどういうこと?」
「ほら、お腹が空いてたらどうしても落ち込んじゃうことってあるじゃない?
それにお腹一杯にして、気持ちを切り替えようって時もあるから」
「あ、そっか。だからみんなにアンケート取ってたんですね」
「せっかくお腹一杯になるのなら、皆が好きなものとか、食べたいものとかの方がいいじゃない?」
「……確かに」
「その料理教室を開いてる人もきっと、そういう風に思ってると思うわ」
その発言から、時折メイコが皆の希望を聞いて回っていたことを思い出す。
彰人も自分の好みを聞かれ、それがメニューに反映されたことは記憶に新しい。
何気なしに聞かれたことも提供される料理も、そんな意図があったとは知らず、
これからはもう少し味わって食べよう、と思う4人であった。