そしてやって来た料理教室当日。会場前では一歌が咲希の到着を待っていた。
「(咲希遅いな……なにかあったのかな……?)」
表情には出ていないものの、スマホの画面では連絡アプリを終始開いたり閉じたりを繰り返していた。
約束の時間まで5分を切っている。
まだ教室が始まる時間まではまだまだ余裕があるものの、
いつもの咲希なら約束の時間より10分ほど早く到着していることから、
いっこうに姿が見えないのは流石に心配だった。
「あれ? 一歌ちゃん?」
「えっ? あ、こはね。珍しいね、こんな所で会うなんて」
不意に声をかけられ顔をあげると、そこには不思議そうな表情を浮かべるこはねの姿があった。
桜舞う季節、一歌は彼女から様々なことを教わりお互い名前で呼び合う仲になった。
今でも時おりお互いのCDを貸し借りしたりと、親密な関係を築いている。
「うん。実はここの会場でお料理教室をするからどうかなって、友達に誘われて」
「あれ、こはねもだったんだ。私と同じだね」
「えっ、一歌ちゃんも?」
「うん。それで今は友達を待ってるところなの。こはねは1人?」
「ううん、一緒にユニットを組んでる人と参加するんだ。それで待ち合わせしてて」
どうやらお互い待ち人は来ず、といった形の様子。
成り行きで一緒に待つことになった2人は、それからも何気ない会話を続けていた。
「そういえば、誘ってくれた友達って今日来てるの?」
「あ……今日は予定があるから参加できないんだって。
代わりにお姉さんとその友達の人が来てくれてるみたいで」
「お姉さん……もしかして、鶴音さんのこと?」
「あ、うん、そうだけど……どうしてわかったの?」
「実は私、2人の連絡先を持ってて、今日誘ってくれたのも妹の文ちゃんなんだ」
「そうだったんだ……すごいなぁ文ちゃん。
みのりちゃんにフェニランのショーキャストさんとも知り合いで、それに一歌ちゃんともなんて」
「確かに……言われてみればそうだよね」
学校も学年も違うのに、自分の知り得る相手全ての人と関わっていることに脱帽するこはね。
一歌自身もこはねとも知り合いだったと知ったの今の会話から。
実を言えばユニットの勧誘を受けるまでに親睦を深めている面々がいるのだが、
それを知るのはもっと先のことになるだろう。
「ごめんいっちゃ~ん! 遅れちゃった……ってあれ、こはねちゃん!」
「あっ、咲希。もう、心配したんだからね」
「あはは、ごめんごめん。髪のセットがなかなかうまく決まらなくって……
こはねちゃんはどうしたの?」
「えっと、今日の料理教室、私も参加するんだ」
「そうなんだ! うわーすっごい偶然!」
遅れてやって来た咲希も以前こはねとは知り合っており、見慣れた顔に喜びを隠せない。
「ねえねえ、2人はさっきまでなんの話をしてたの?」
「あ、うん。今日も文ちゃんが誘ってくれたんだけど、私達より随分顔が広いなって」
「あはは、ホントだね。バレンタインの時も誘ってくれたの、文ちゃんだし」
そこではじめてこはねと知り合った事を思い出しながらも、
ふと1人で待ちぼうける彼女に問いかける。
「こはねちゃんは今日1人?」
「ううん。一緒に歌ってる友達と待ち合わせしてて」
「あ、そっか。確か大きいイベントをやる為にみんなと歌ってるんだよね。
今日来る人はどんな人なの?」
その手の話は一歌や志歩から聞き及んでいるが、その歌声を耳にしたことはない。
ましてや誰1人としてそのメンバーが誰なのかも知らなかった。
「男の人だけで、ちょっと口は悪いかも……だけど、すごくいい人だよ。
神高の生徒さんで、年も同じなんだよ」
「男の人と一緒に歌ってるんだ! 緊張したりしない?」
「うん。それにみんなで最高のイベントをするって決めたから」
「……やっぱりこはねはすごいな。私なんかより堂々としてて」
かつての面影を思い出しながら一歌もそんな姿に憧れる。
プロになると決めた手前、こういった肝の座ったなにかも必要なのだとは、薄々感じていた。
今でこそストリートライブができているものの、まだ足りないものが多い。
そんな話をしていると、遠くの方からこちらをうかがう青年が1人。
明らかに用がありそうな雰囲気だが、気がかりなことがあるのか向かってくることはない。
「ねえこはね、もしかしてあの人じゃない?」
「えっ、あ! 東雲くん、こっちだよ!」
こはねに名字を呼ばれ、観念したように歩いてくるオレンジ髪の青年。
少し気まずそうにしてから一変、一歌と咲希に向けて非常に爽やかな態度で口を開いた。
「初めまして。東雲彰人と言います。今日は2人も料理教室に?」
「あ、はい! 星乃一歌と言います。よろしくお願いします」
「天馬咲希です。よろしくお願いしまーす!」
「(天馬? そういや司センパイ、妹がいるとかなんとか言ってたな)」
その容姿からどこか司に似た特徴を探る彰人。
しかし兄妹とはいえ異性だからかそれを見つけ出すことはできなかった。
「とりあえず皆揃ったし……行ってみる?」
「あ、待ってよいっちゃーん!」
どうも異性慣れしていない一歌は気まずくなったのか、誰よりも先に会場へと向かう。
その後を追う咲希も会場へと消えていった。
「……なんつーか、こはねの知り合いにしてはめずらしいな。ああいうタイプ」
「すごくいい子だよ。今はちょっと緊張しちゃってるみたいだけど……」
「ふーん……とりあえず、オレ達もいくか」
第一印象で誤解を受けやすいのは今も昔も変わらない、そんな一歌であった。