荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第1話「いつもの日常」

制服に着替えて学校へと向かう。

 

乗り込んだ車両は人がまばらで中には大きなあくびをしている人もいる。

始発、というわけでもないが学生にしては相当早い時間。

理由としてはあんまり満員電車が好きではないからだ。

 

座席を確保しスマホを開く。

曲のリストを眺めているとまだそこには『Untitled』と書かれた曲が残っていた。

再生は……しない。それより下の曲を流して、ただ窓の外の景色へと目をやる。

変わらずKAITOが静かに、時に熱く、人の悲しさを歌い上げていた。

 

目的の駅について何事もなく校門をくぐる。教室に入っても誰もいない。

この時間にいるのは委員会の仕事で早く登校しているか、部活の朝練かのどちらかだ。

因みに私はそのどちらでもない。

 

黒板を綺麗にして黒板消しもちゃんと汚れを落としておく。

固く絞った綺麗な雑巾で教卓と全員分の机を拭いて、ついでに本棚も整理しておく。

 

誰かにやってくれと頼まれたわけでもない。最初は早く登校するだけの生徒だった。

でも朝の時間が暇だったのと、汚い教室は自分の望むところではない。

いつしかそれが日課となっていた。

このくらいなら誰にも迷惑をかけることはないし、一人で出来る範疇は超えない。

落としどころとしてはちょうどよかった。

 

「さて、と」

 

それが済んだら誰もいない静かな教室を堪能する。これがいわゆる役得という奴だろう。

本棚から適当な本を取りイヤホンをして音楽に浸る。

小説もなかなか面白いもので、あっという間に時間が過ぎていく。

気付けば教室にはクラスメイトが増え始め、ざわつきが大きくなっていた。

 

「おはよー委員長」

「あ、おはよう」

 

よく話すクラスメイトも登校してきたところでイヤホンを外し、他愛ない世間話をする。

昨日のテレビとか、最近流行のものとか、バイトにいた面倒なお客さんとか。

 

「あ、そうそう言葉ってバーチャルシンガーの曲好きだったよね」

「うん、好きだけどそれがどうかしたの?」

「二週間くらい前、だったかな。すっごい伸びてる曲があって」

「えっ、誰の曲」

「これこれ。この人」

 

動画投稿サイトを開いて中身を見せてくれる。名前は『OWN』。

初めて投稿されたのは2週間前。

投稿された曲は10曲にも満たないけれど、全てが20万再生を誇っていた。

 

聞いてみる? とイヤホンを差し出されたところで本鈴のチャイムが鳴る。

 

「あ、ほらもうすぐ先生がくるから」

「おっけー。委員長様の言うことは絶対だからね」

「そんなこと言って全然そんなこと思ってないでしょ」

「あ、バレた?」

 

ため息一つついて、席に戻るクラスメイトを見送る。

ちょうどそのタイミングで担任の先生が入ってきたので号令をかける。

 

「起立、礼」

 

今日もまた、いつもの日々が始まる。

 

 

 

あっという間にお昼休み。

お弁当を片手に教えてもらった曲を聞いてみる。1曲だけ再生を終えて再生するのをやめた。

 

「冷たい曲」

 

綺麗な音色。人を引き込むセンスの塊のようなメロディとリズム。しかし問題はその歌詞だ。

オブラートなんてものを知らない、尖ったナイフのように心を抉ってくる。

あまりにそれがまっすぐすぎて、聞いているのが辛くなった。

 

確かに私は暗い感じの曲が好きだけれど、求めているものはこれじゃない。

救いがどこにもない曲じゃない。打ち消すように別の曲で自分をリセットする。

関連動画に上がっていたのはニーゴの曲。聞くならばまだこっちの方がいい。

蜘蛛の糸のような光がある曲の方が。

 

「あ、委員長。OWNの曲聞いてみた?」

「うん。聞いてみたけど、私には合わないかなって」

「あー、あれエグイからね。ごめんそれ言い忘れてた」

 

屋上で食事をとっていたクラスメイトが足早に戻ってきた。

イヤホンをしてたからか、それを察知して話題を振ってきた。

私は申し訳なさそうに苦い表情を浮かべるが、彼女はそれを気にすることはなかった。

 

「いいのいいの。昔だってこういう曲はいっぱいあったから」

「また始まった言葉の昔話。お昼食べたばっかりでお腹いっぱいなのに聞いたら破裂しちゃう」

「まだなにも言ってないのに」

「でもこれからはじまるんでしょー」

 

おちゃらけた雰囲気でのらりくらりとかわす相手に話すことでもない。

食べ終えたお弁当を包んでいるところでスマホを覗き込まれた。

 

「お、ニーゴの曲。こっちもいいよねー。謎の天才集団って感じ」

「そうだね」

「でもニーゴもOWNも、どうしたらこんな曲が作れるのかな」

 

確かに、と。何かの作品をモチーフにしているわけでもない。

全部がオリジナルだ。MVも曲も全部。それでなお、

こんなにも辛いような、必死にもがいている曲ばかり作れるなんて。

 

──どれだけ光のない場所にいるのだろうか。

 

 

 

午後の授業を終えて放課後へ。

仲の良いあの子は他の友達と共に街へと駆り出していった。

小説に集中していたら、他のクラスメイトも部活やら用事やらで居なくなっていた。

 

「今日はバイトもないし、帰って勉強でも」

 

呟きながら開いたスマホのミュージックアプリ。トップに現れる最新のDL楽曲、Untitled。

ふと蘇るのは自我を持ったMEIKOとKAITOの言葉。

 

『言葉。もしまた何かあれば僕達に相談しにきてくれるといい』

『私達はずっとここで待ってるわ。貴女の力になるためにもね』

 

これを再生すればあのセカイという場所に行けるのだろうか。

 

廊下まで出て誰もいないことを確認。時間にはまだ余裕がある。

私は意を決してもう一度、Untitledを再生した。

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