ところ変わって理那と彰人は、調理室から離れたある場所で口論していた。
「いや、流石にバレたくないからってあんな必死になること無いでしょ」
「こちとらお前と違って能天気じゃないんだよ。むしろ巻き込むな」
「はいはい。そこまで言われたら仕方ないね」
理那と彰人が調理室に戻ってきた頃には、
チーズケーキの甘い香りに加え、食欲をそそるソースの香りが漂っている。
その隣ではセイロが白い湯気を立てており、
さらにその隣では鉄鍋に満たされた油に、様々な食材が投入されていた。
「何あれ。知らないうちに和洋中のフルコースになってるんだけど」
「あ、理那ちゃん、東雲くんお帰りなさい」
「それが、私達も気付いたらあんなことになってて……」
まるで料理番組のように手際よく出来上がっていく料理の数々。
さすがに料理を生業にするだけのことはあった。
「もうすぐケーキが焼き上がるから、皆配置に戻ってね。ありがとう言葉ちゃん、助かったわ」
「ううん、このくらい気にしないで。叔母さんにはいつもお世話になってるし」
「ふふ、なら今度もお願いしちゃおうかしら。でも今は自分の料理を優先してね」
微笑む言葉にいつもの面影を感じつつ、やんわりと理那の元へと導く。
言葉が自分のテーブルに戻ったとほぼ同時に、焼き上がりを知らせる音が鳴った。
「おっし出来た出来た! さーって出来映えはーっと……」
各自がオーブンの扉を開けば、チーズケーキ特有の甘酸っぱい香りが立ち込める。
そしてその焼き上がりも文句なしであった。
「わー! 見てみていっちゃん! こんなにきれいなチーズケーキ、お店でしか見たこと無いよ!」
「ほんと、私もびっくりした。こんなにきれいにできるんだ」
「これなら杏ちゃんも喜んでくれるかな?」
「ま、これなら問題ないだろ。……オレも絵名の土産にしてやるか」
ここに参加した6人とも、奇しくもレシピや教えに従順だったため、
誰一人として失敗するものはいなかった。
焼き上がったものをお皿に移し、あとは冷ますだけ。
「今日は来てくれて本当にありがとう。これはほんの気持ちよ」
「あ、これ……!」
それぞれがその出来映えをカメラに収めていると、
茜が作っていた料理の数々をテーブルに配膳する。
それは参加者各位の好物そのもの。
ただあくまでチーズケーキがメインであるため、サイズはかなり小さめだった。
「焼きそばパンにポテトチップス、カツサンドに……餃子か?」
「ち、違うよ東雲くん! これは桃まん!」
「ああ悪い。やたらピンクだと思ったらそういう事か」
「でも嬉しいなぁ……あんまり他じゃ見ないから」
間違いを指摘され謝罪する彰人であったが、
あまり見ることの無い自分の好物にテンションが上がっているこはね。
「手作りのスナック菓子なんてはじめて!」
「あの、叔母さん、ありがとうございます。とっても嬉しいです」
「ふふ、いいのよ。さあ、冷めないうちに召し上がれ」
一歌と咲希も、売り物としては馴染みの深いものであったが、手作りとなれば話は別である。
それぞれが好物を頬張り、満面の笑みを浮かべていた。
「今日はレシピ通りに作ってもらったけれど、お料理はある程度アレンジを加えても楽しいものよ。
そうやって、自分なりに料理を楽しんでいってくれると嬉しいわ」
こうして、その言葉を料理教室は無事幕を閉じるのであった。
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『ということで、料理教室は無事終わりました。今度よろしければお伺いしますね』
『……いや、百歩譲っても夏向けの料理ではないだろう。
しかも5種類中3種類がもはや菓子の類いではないか』
料理教室を終えた言葉は、その日のうちに千紗都とナイトコードでボイスチャットをしていた。
思い返せばこの料理教室の発端は千紗都のためであったが、
自分達だけの話題で完結している。
当時の目標は果たせていなかった。
『まあ、今回は試験的なものだったのだろう。いつか我の要望も取り入れて開催してもらいたいものだ』
『その辺りは善処します』
いくら教師であっても、身内の疑問を晴らす事を優先するであろう。
それに保護下にあるのであれば、その技量や知識量の恩恵は受けやすい。
日頃の料理も参考にしてみようと思考を巡らせる言葉であった。
『しかし解せぬな。参加者6人に対してそれぞれの好物が振る舞われたのだろう?
5種類では数が合わんではないか』
『ああ、その点はお気遣いなく。今日の献立で最後の1つは作ってくれるそうなので』
『……?』
「言葉ちゃーん。ごはんよー」
千紗都の理解が及ばぬままに一階から声がかかる。それは叔母である茜のものだった。
軽く断りを入れて部屋を後にする言葉。
食卓のテーブルには、ひとつの料理が一段と輝いて見えた。
「今日は言葉ちゃんの好きな水菜のお浸しよ」
「わー、久しぶりだねお姉ちゃん! お母さんの得意料理だし!」
「……うん。楽しみにしてた。ありがとう叔母さん」
「ふふ、たくさん手伝ってくれたお礼よ。おかわりも沢山あるから、いっぱい食べてね」
言葉にとっての好物であり、思い出の味。素朴な出汁の香りが食欲をそそる。
4人が席につき、手を合わせる。
「「「「いただきます」!」」」
今日の食卓も、笑顔に溢れたものだった。