前後編あります。
それはありふれた出来事のように思えた。
言葉は自らのセカイで楽器の練習をしようと、いつものようにウタを再生する。
光に包まれた時、耳元に声が聞こえた気がした。
『今日はちょっと特別。わたしの見てる景色を、貴女にも見せてあげるね』
『電子の歌姫』がそういった後、ある音色が聞こえて来る。
それは鮮やかな赤の音色。熱く燃えるような情熱と今を駆け抜ける者達の鼓動。
そしてセカイに降り立ち、目を開いた先に広がる景色は──
都会の路地裏のようなセカイ。
壁には様々な落書きがされており、イベントのフライヤーが時々張られている。
そして何より、空から照りつける太陽が眩しかった。
「どうして? ここは一体……」
戸惑いながら周囲を見渡すも、ここが己のセカイではないと認識するのに時間はかからなかった。
ならば一刻も早く戻るべきだと、Untitledの再生を止める。
しかし、その体が再び光に包まれることはなかった。
「MEIKO、KAITO、聞こえる?」
スマホに呼び掛けてみるも、返事はない。
恐らく、セカイを訪れる前に聞こえた声が何か起因している。
しかし言葉はその声の形を思い出すことが出来なかった。
何せ一瞬の出来事。その後広がる光景に意識のすべてを奪われていたのだから。
「……流石に暑いな」
春の始めのように暑くもなく寒くもない。
ほどよい気温であるものの、あいにく言葉のセカイはそうではない。
防寒着が必須となる、冬の寒さが身に染みるセカイ。
今日も装備はバッチリだったため、逆に暑く感じてしまう。
コートを脱ぎ捨てキャリーカートに積み込み、宛もなくさ迷う。
戻れないとなればまずは安全な場所や落ち着ける場所を探す。
安住の地を求めるも、どこか心が落ち着かない。
いつの時か忘れていた、胸の高鳴りを無理矢理起こされているような、そんな気がして。
それが言葉にとって苦しくて、自然と急ぎ足になる。
『──♪ ───♪ ──♪』
焦る言葉の心に、しっとりとした音色と歌声が優しい雨のように降り注いだ。
まるで今この街をさ迷う自分を歌うような、そんな歌。
本質こそ違っていたが、その歌声に聞き覚えのある声を見つける。
「──KAITO」
歌が終わり、3人の青年達がクールダウンするところに現れた言葉。
青と黒の長袖ジャケットを身に纏った青髪の青年。
鮮明な色彩に染まる彼の姿に感動を覚えるも、
特徴的なマフラーの面影が消えており少し肩を落とす。
「ん? 君は──」
「委員長……!? おま、どうしてここに……!」
「……もしかして、鶴音も同じ想いを……?」
そんなKAITOの声を遮ったのは彰人。
自分達のセカイに部外者が足を踏み入れるなど、受け入れられる方がおかしい。
となりの冬弥も驚きはするが、即座に考察に入る。
「彰人君に青柳君も。……ああ、ならここは2人のセカイなんだね」
「セカイって……いや、お前も知ってんのかよ」
「うん。だって私、自分のセカイに行こうとしたからね」
そういってスマホに写る『Untitledだったウタ』を見せる。
音色は聞こえてこないものの、
それがUntitledだったものだと気付くのに2人はそれほど時間を要しなかった。
「ならそれを止めれば、鶴音は元のセカイに帰ることができるんじゃないか?」
「そのはず、なんだけどそれが戻れないみたいで」
冬弥の尤もな指摘を受けつつ2人に見せるも、言葉が光に包まれることもない。
彰人達も試そうとして──やめる。せっかく先程まで練習をしていたのだ。
不安は残るものの、想いの持ち主自身が帰れないなどあり得ない、と思ったのだろう。
「なあカイトさん、あんたならわかるだろ。バーチャル・シンガーなんだから」
「うーん、といってもボクも詳しいことはわからないんだ。
でもそこまでピリピリすることでもないと思うよ。待ってればきっと直るさ」
「そんな呑気な……」
「だが、鶴音がここにいるというのは紛れもない事実だ。なるようになる、と思う」
「冬弥まで……ほんとにそれでいいのかよ……」
確かに彰人のように、同じ想いを持つはずのない人物がここにいる、というのは違和感を覚える。
しかしそれ以前に起こってしまった事はどうしようもないのも事実であった。
「それより、あの子は2人の知り合いなのかな?」
「ああ。ウチのクラスの委員長だよ。フルートとかの楽器やってる」
「へぇ、君達とも、音楽とも全くの無関係ってわけでも無さそうだね。それじゃあ──」
2人の間を抜けて歩み寄る青髪の青年は、言葉に対し手を差し出す。
「初めまして、ボクはカイト。君の名前を教えてくれるかな?」
「──鶴音言葉。……初めまして、だね。KAITO」
やはり自分の知るKAITOではない、と痛感しつつもその手を取る。
それでも言葉は笑っていた。
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4人は揃ってある場所へと歩を進める。そんな中で交わされた短い会話の内容はこうだ。
『言葉もセカイを持っている』
その事実からセカイそのものの説明は省かれ、状況を飲み込むのは早かった。
しかし言葉自身は、自分のセカイに関する情報を頑なに話そうとはしない。
「なあ委員長、どうして話さないんだよ」
「なんとなく、だよ。こっちが知っちゃったのは不可抗力だし……それに」
「……オレが怒るから、だろ」
「そうだね。やっぱりわかってたんだ」
「当たり前だ。でもな、自分だけ悠々としてるやつの方が気にくわない」
学校において彰人が言葉の世話になることは多い。
しかし日常においてはまったくの別問題であり、むしろ嫌っているという方が近い。
よくも悪くも絵名と彰人はそんなところでも似かよっていた。
「まあまあ。確かに気になるのはわかるけどこんなこと僕も始めてだし、
今気にすることじゃないんじゃないかな?」
どこかピリピリと張り積める空気の中、KAITOがそれを読むのか読まないのか口を挟んだ。
彼にとってはセカイがなんたるか、という説明が省けただけでも嬉しい誤算。
あとは来客として歓迎するだけのことだった。
「ほら着いたよ。ここが僕らの憩いの場、『crase cafe』さ」
「……はぁ」
たどり着いたのはオープンテラスと赤い軒先テントが特徴的なカフェ。
それをまるで自分の店のように紹介するKAITOと、
またも憩いの場が知られ頭を悩ませる彰人であった。