翌日の神山高校。その昼休み。
言葉は理那に昼食の誘いを断りながら、ある人物を尋ねていた。
「すみません、青柳冬弥君はいらっしゃいますか?」
訪れたのは1-B。適当な生徒に声をかけ本人を呼び出してもらう。
ほどなくして驚いた様子の冬弥が顔を出した。
「どうした。鶴音が呼ぶなんて珍しい」
「ごめんね青柳君。聞きたいことがあるんだけど、今から大丈夫かな?」
「今日か……」
ふと視線を外し廊下の奥へと目を向ける。
その前には昼食に誘おうとしたのか、遠くの方で見守る彰人の姿があった。
彼も言葉がここに訪れる前、理那に断りをいれていたのを目にしていたため、事情があるのだと承知している。
行ってこいよ、といった態度で笑みを浮かべる彼を見届けて、視線を戻す冬弥。
「ああ、問題はない。込み入った話なら場所を移すか?」
「うん。ちょっと空き教室を借りてるからそこでいいかな」
2人が教室を後にした時、その関係についてざわついたのはまた別の話。
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空き教室で昼食を広げながら言葉と冬弥が向き合っている。
「それで、聞きたいことというのは?」
「うん。雲雀さんのことでちょっと」
先日の千紗都が最後に残した言葉。自分より詳しい人間がいる、ということ。
思い返せばそのような人物は1人しかいない。
審査員として誘った際は千紗都を目的として来ていたり、
演奏を終えてから声をかけていたのも彼だった。
ライブハウス前で出迎えた時に、彼が口にした言葉が気になっている。
「青柳君、たしか親繋がりで知ってるんだよね。もし良かったら教えてくれないかな」
「その事なら本人に聞けばいいんじゃないか? 2人は仲が悪いわけでもないんだろう」
「それはそう、なんだけど」
言葉が聞いた話をそのまま伝えると、考えるそぶりを見せる冬弥。
どうやらおいそれと話せることではないらしい。
「いや、本人から許可を貰っているのなら俺が気に病むことではないんだが……しかし」
「そんなに話し辛いことなの?」
「いや、俺も父さんから聞いた話だからな。どこまで話して良いかわからない」
それはその情報の信憑性に関わるのか、それとも彼と父の信頼に関わるのかはわからない。
しかしそれで引く言葉ではなかった。
「それでも教えて欲しいの。青柳君が唯一の手がかりだから」
「……わかった、話そう」
諦めた、というわけでもなく真摯に向き合って口を開く。
心のなかで胸を撫で下ろしながら彼の告げる事実と向き合った。
「まず確認だが、鶴音は彼女についてどこまで知っている?」
「確か、ご両親が楽団に入ってて、だったかな。ただ、3年前の事故が原因で……」
「そうか。なら、雲雀という家柄については?」
「ううん、その辺りは全然」
一番伝えづらいことを既に知っていたからか、冬弥の肩の荷も降りる。
言葉自身もその事故の被害者については伏せていた。
そしてネットやマスメディアに疎い言葉だからこそ、家柄などについては全くの無知である。
あまり追求しない性格もそれを助長していた。
「なら、まずはその辺りだな。雲雀家は音楽の……特にクラシックにおける名家だ」
「そんなにすごい家柄なの?」
「ああ。皆素晴らしい奏者や作曲家として活躍している。
特に彼女の祖父、雲雀源十郎さんはその業界ではその名を知らぬ者はいない。今は業界の重鎮をされている」
「そうだったんだ」
「……本当に知らないのか?」
「私、あんまりそういうことには興味がないから」
言葉自身が追求を好まずありのままを受け止めるためか、
相手が告白しない限り事情を聞くことはなかった。
しかしその恩恵を受けている者がおり、冬弥もその1人である。
「でも、そのお爺さんと彼女になんの関係が?」
真面目な彼が前置きとはいえ態々話すほどだ。
重要な情報なのだろうと記憶しているが、彼が彼女に拘った理由としては薄い気がする言葉。
「それについてだが……彼女は、3年前の事故で亡くなったことになっている」
「えっ……」
衝撃の事実に思わず耳を疑う。
その反応を見て、やはり、といった表情を浮かべる冬弥。
「で、でも雲雀さんは現に生きてる。それに学校にだって」
「だが少なくとも俺はそう父さんから聞いている。
俺の父さんも作曲家だからな。そういう話が回ってくることもあるんだ」
同じ業界、それも有名であれば人との関係はより重要になってくる。
それはまた、息子である冬弥にとっても同じであった。
苦い顔を浮かべる彼。それは自分の父に向けられたものであったが、言葉が知るよしもない。
「でも、なんでそんなことに……?」
「それは俺にもわからない。その辺りは本人に聞くしかないだろう」
「そう、だね……ありがとう、青柳君」
「ああ。……何かあったらまた相談してほしい。少なくとも、鶴音だけが抱える問題じゃない」
「……うん。でも、これは私の問題だから」
こうして2人は昼食を摂るために別れる。
しかし疑問が解決たものの、言葉の心の靄は晴れぬままであった。
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放課後になり、特にこれといった事もなく帰路に付く言葉。
ふと校門前で注目を集める人物が立っていた。
「おお、ようやくお出ましか。待ちわびたぞ」
「雲雀さん……どうして」
黒い日傘を差した千紗都が言葉に声をかける。
こんなことが前にもあったな、などと思いつつこの前のような失態を晒さぬよう、街へと歩きだした。
「連絡を入れて頂ければ急ぎましたのに」
「多少のサプライズが無くては面白味もないだろう」
「確かに意外性は面白さに繋がりますが……今日は何用でいらっしゃったんですか?」
「何、審判者のことだ。我のことについて聞き及んでいると思ったまでよ」
その発言を受け思わず立ち止まる。
入院していた時といい、彼女には敵わないと思ったのだろう。
「では、私にどうしてほしいと?」
「どうもしないさ。むしろ、時が来たというべきか。今こそ話そう。我が身に飛来した事の顛末をな」
振り返り不敵に笑う千紗都。
そんな彼女を追うように言葉もまた歩を進めるのであった。