いつの日か訪れた和食の店へと訪れた2人は個室に入り、注文を済ませて向き合う。
出された茶をすするも、千紗都の閉じられた眼が開かれる事はない。
「さて、我についてはどこまで聞き及んでいる?」
「雲雀家が音楽の名家であることと、貴女のお祖父さんについて。そして……」
そこまでいって躊躇う。
3年前の事故と冬弥は言っていたが、一般的にはそう処理されているだけで、
千紗都が語ったことが真実であると理解していた。
己が無知なことが今更恨まれる、そんなやるせなさに言葉は戸惑っている。
「どうした、貴様の口から語らねば始まるまい。それとも、我の口から言わせるつもりか?」
「! それは……」
余りにも酷なことだと理解している。
彼女のためを思うなら自分で事実を告げるのが最も適切。
相手の覚悟に付け入る形になるものの、言葉は進むことを選んだ。
「貴女が、既に死んでいる、と」
「……………」
その言葉を聞き届け、笑顔をこぼす千紗都。
まるでそれを待っていたと言わんばかりの態度で、湯飲みを置いた。
「審判者よ、よくぞ逃げず我へと踏み入った。その勇気を称え、我の真実を今説こうではないか」
「ありがとうございます」
以前の言葉ではここまで誰かに踏み入ることはなかった。
これもある意味で恩返しという動機に過ぎないが、随分変わったように思える。
「雲雀家の歴史は常に音楽と共にある。
あるものは演奏家として、あるものは作曲家として代々名を残してきた。
そしてその中でも最も秀でていたのが我が祖父、源十郎というだけだ」
彼女は自分の祖父がどれだけ音楽に関わって来たのかを語る。
作曲者や指揮者として数々の名誉を欲しいままにし、今は協会の重鎮……といってもほぼトップに君臨していた。
自分の血を引く千紗都の父も有名な楽団に属し、その名に恥じぬ活躍を見せる。
そして後に生まれた千紗都もクラシックにおいて秀でた才を持ち、
祖父からの英才教育を施されていた。
一度は投げ出そうかとも考えたものの、ある時見たショーを境に自らもそれを望むようになる。
その矢先に起こったのが、あの事故。
高名な家柄故、世間体からのバッシングは想像を絶するものであった。
言葉の下した判断も、裏で金が動いていたり、権力で押し黙らせたのでは、と憶測が飛び交う。
その結果両親の自殺、という結末に至るのだが──それを事故による一家の全滅という形で処理された。
それは紛れもなく、祖父の圧力によるもの。
自らの名と栄光にこれ以上泥を塗らないため、自殺による現実逃避という目を欺くため、
事故の被害者として、世間体からの風当たりを弱める。
発生当初は罰が下されたと騒ぐ者もいるが、『死』という終着点にいつまでも執着するものはいない。
「全く、祖父の身勝手さにもほとほと呆れさせる。
雲雀の名に恥じぬ人物であれと育てられながら、今度は名を広めることすら許さぬと来た」
現実離れした事実ほど、信憑性が薄れるのが人の性。
名前を変えずとも、古くからの友人でない限りその存在に気付くことはない。
そういった判断の元に千紗都はこの地にやって来たのだという。
「……………」
言葉は何も口にすることはなかった。
ここであらゆる言葉を漏らしても、彼女を励ますことはできないのだと。
同情など彼女は望んではいない。そういう人間だと理解していたからだ。
「さて、ここまでで何か質問はないか?」
「あ、では……何故それなら私の裁きを喜んだんですか?
その物言いだと音楽は忌避するもののように聞こえますが」
「ああ、その事か。それは──」
そこまで話したところで、店員が注文した品を持ってきた。
会話は一時中断され食事へと移る2人。
しかし言葉は答えを待っている為か上手く喉を通らなかった。
千紗都が半分ほど食べ終えたところで手を止める。
「どうした、口に合わなかったか?」
「ああいえ、大丈夫です。ただ箸が進まないといいますか」
「ふむ……審判者相手に引き伸ばすのも酷であったか」
露骨な変化に彼女も思わず手を止め、再び語る姿勢を整える。
「それが『両親のような演奏家になりたい』という、我の本当の想い──否、夢に繋がっていたからに他ならん」
彼女が告げたのは、彼女自身が抱く想い。
これまでかわされ続けていた為に、理解することが叶わなかった真意。
それに差異はあるものの、どこか言葉の抱いた願いと似ている。
しかし、彼女はこうとも口にしていた。
『ああ、知っていたとも。だがそれはもう叶わない。
どれだけ懇願しようとも、その想いに手が届くことはない』
と。
「それならおかしいです。雲雀さんはその想いが叶わぬとも仰っていました。
それでは私の裁きは貴女にとって辛いものなのでは」
「当然だ。断罪とは罰とはそういうものだろう?
我は言ったはずだぞ。幾多の罰の中で
「ですが、ですがそれはあまりにも……」
「おっと、勘違いしてくれるなよ? 我は死者であり罪人だ。
そんな者は夢を見る資格すらないのだからな」
それから2人の間に会話が交わされることなく。
言葉はあの時のように完全に手が止まってしまうのであった。