第1話「鉄の時を駆る者」
理那が本当の想いを見つけてからは、セカイを訪れる頻度は減ったかのように思われた。
「ねえルカー。目的地まだー?」
「まだよ。あの地平線が見えないの?」
助手席に座る理那がくたびれた様子でルカに話しかける。
しかしハンドルを握る彼女はただ目の前に広がる現実を突きつけるだけ。
そう、あれからというもの理那は時おりセカイを訪れていた。
といってもスタートは道の上ではなく助手席から。
その辺りは過去からの脱却という心境の変化もあるだろうが、
なによりセカイの住人であるルカが終始トラックを走らせているのだ。
置いてきぼりをくらっては元も子もない。
どこまでも広がる枯れ草とそこに出来た1本の道。
次の目的地など見えるはずなく悠久の大地を行く。
あまり整備されていない道とはいえ、
重量級のタイヤで無理矢理踏み固めながら進む様はさながら嵐のようだった。
「ここって時間止まってたりしない? ずっと景色変わんないしさ」
空は常に雲でおおわれ、色彩も失われているからか時間の概念が狂っていた。
昼と夜は明暗によって区別がつくものの、それ以外不明というのは居心地が悪く思える。
「セカイの風景に時間は関係ないわ。変化があるとすれば持ち主の心の変化に伴うものだけ。
あの時の朝日も、あなたが本当の想いを見つけたからこそ起こりえたもの。
まあ、それがセカイ全体に影響を及ぼすか、といえばそうでもないのだけれど」
なんとも思わせ振りなことを呟く彼女であったが、その真意はつかめない。
しばらくするとトラックを止め運転席を降りた。
「どうしたの? なにか見つけた?」
「別になにもないわよ。ただちょっと疲れただけ、あなたと違ってずっと走らせているわけだから」
体を伸ばし夜風……かもわからぬ風を浴びる彼女。
モノクロのセカイに桃色の髪が揺れ、どこか幻想的にも思える。
そんな彼女に見とれながらも、理那は助手席を下りて隣に立った。
「なるほどね。じゃあ今度から退屈しないようになにか持ってくるよ」
「ありがとう。じゃあインスタントコーヒーと水と新しいマキネッタでも頼もうかしら」
笑みを浮かべつつ理那の方へと手を差し出すルカ。
その姿は幻想的なものから一変、非常に現金なものであった。
「いやいやいや! いくらなんでも多すぎでしょ!
それにバーチャル・シンガーって食べ物必要なくない?」
「あら、セカイにやってきた貴女にコーヒーを振る舞ったのはどこの誰だったかしら?
それにコーヒーそのものも生きるのに絶対必要なものって訳でもないでしょう?」
「いやそりゃそうだけどさ、たまには嗜好品くらいないと人生つまんないじゃん」
「そういうことよ。ここはなにもないのだから、楽しみの1つや2つ、あってもいいわよね?」
ああ言えばこう言う。
といっても実際問題村から得られた報酬はなにもなく、
この先新しい村や街が見つかったとしても補充できるとは限らない。
さらに理那の影響もあって嗜好品は減る一方。
今まで提供してくれていたのものも含めれば相当な量だった。
セカイとはそういう場所、と考えていたがそこまで甘くはないらしい。
「ん? ちょっと待って。じゃあ元々あったコーヒーとか機材とかってどこで調達したの?」
「最初に出た街で調達したのよ。最初はDJ機材なんてなかったけれど、それは貴女の影響ね」
「じゃあやっぱりあれ私のだったじゃん!!」
「でもそのお陰で機材を1から覚える必要もなかったでしょう?」
思いっきり反論する理那だったが、ルカからすればどこ吹く風。
むしろ良く捉えられるように導いている。
「ぐぬぬ……はいはい、参りましたー! 私の負けでーす!
今度来るときは水とインスタントコーヒーとアキネッタ……ってなに?」
「調べればわかるわ。さ、一服でもしましょうか」
そういってトラックの積み荷から、いつものキャンプセットを取り出して組み立てる。
使い古された鉄製のポットを見て、それがアキネッタと気付くのはまだ少し後のこと。
コーヒーが出来るのを待つ間、理那はふと茂みの中でなにかを見つけた。
「あれ、なにか光ってる……」
注視しなければ気づけないほどの小さな光。
そんな淡い欠片に彼女は躊躇なく手を伸ばす。
「! 理那、待っ──」
制止するルカの声が届くよりも早く、その手が触れる。
その瞬間、ある景色が流れ込んできた。
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中世のような街並み。
その街並みはヨーロッパを彷彿とさせるものではあったが、
高い塔などは鐘がつるされた一つきりであり、
3~4階建てと思われる集合住宅の様な建物がのきを連ねていた。
日の光が指さない薄闇の世界に、桃髪の淑女が1人で立っていた。
『ああ、このセカイの主は去ってしまったのね。
あの子ももうここには居ないようだし……私が来るのは少し遅すぎたみたい』
たっぷりの憂いを込めたその言葉が耳に届いた時、まるで夢から覚めるように視界が元に戻るのであった。
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目の前には目覚めた理那に安堵するルカの姿があった。
「え? さっきの、なに?」
「知らない方がいいわ。それよりコーヒー、できてるわよ」
目覚めの一杯と言わんばかりにカップを差し出される、
淹れられたコーヒーはWEEKEND GARAGEで飲み慣れたものよりずっと味も香りも悪い。
それでもやはり、理那にとってルカと飲むこの一杯こそ至高の一杯であった。
「ルカはさ、寂しくないの? こんなセカイに1人ぼっちでさ」
本当の想いを見つけてから、理那は1人の辛さを誰よりもわかっているつもりだった。
だからこそルカをできる限り1人にしないために、セカイを訪れていると言っても過言ではない。
そしてなによりも、先ほど見た光景がその想いを強くした。
「別に寂しくはないわ。貴女と歌ったウタがあるし、それに──」
コップを置いてどこまでも続く道の先を見つめる。
そこには相変わらず地平線が見えるだけだった。
「──このセカイで私1人だなんて、誰が言ったのかしら?」
いつかのように含んだ言い方をする彼女。
本当の想いを見つけるために導くはずの存在が、こうも想いを掻き乱す。
どうしてかそれが理那という少女の競争心を煽り、導いてきた。
それをどこかでわかっていたからこそ、理那はこれ以上聞かない。
「へえ、じゃあ会えるといいね。他の誰かに」
静かな笑みを浮かべつつコーヒーをあおる。
二人の旅路は、まだ終わらない。