セカイを訪れた文は、いつものようにミクの馬車を待つ。
最初は退屈だったこの時間も、今となっては楽しみでしかない。
変わらぬ憧れとまた出会えるという保障は、セカイに訪れる度に強化されていった。
しかし暇なのは変わり無いためその辺りをうろつく。
もしかすれば花が咲いていたりするかもしれない。
そんな想いの中文が見つけたのは、小さな光。
「なんだろあれ、宝石かな!?」
ミクへの贈り物としてはぴったりだとその光に手を伸ばし、触れる。
するとどうしたことか、文は別の場所に居た。
雑貨屋を思わせる店内で、窓際のカフェスペースに腰を掛けている。
机の上にはとびきり豪華な意匠が施されたカップが2つ。
中には紅茶が注がれており、湯気を立てていた。
『どうしたの?』
「(あっ、ごめんね──)」
『ああ、すまない』
聞きなれた声と見慣れた姿の緑髪の少女が隣に座っている。
謝ろうとして、頭で考えたものとは別の言葉が口から出た。
声も自分のものではない。
『へんな『───』。それよりもっと聞かせて欲しいな。貴女の世界にあるぼくの歌を』
いいよ、と答えるよりも前に意識が遠退く。その少女の顔は、間違いなく笑顔だった。
・
・
「──♪ ───♪ ──♪」
鈍色の空の下、どこまでも続く道のりを馬車に揺られながら2人の少女が果てしない道をいく。
馬を駆るミクの隣では文がミクの歌を歌っていた。
「文ちゃん、その曲はなんの曲なの?」
「ん? これはね、この前のミクちゃんのライブのテーマソングだよー」
大好きだと伝えた後も、それを別れの言葉とせず文はセカイを訪れている。
今はふたりぼっちな彼女達ではあるが、
その歌詞が今の状況とマッチし、なんとも言えない絶妙な雰囲気を作り上げていた。
「文ちゃんにしては珍しいね。その……明るいだけの曲じゃないっていうのは」
「前までは明るくて元気な曲ばっかり聞いてたよ。
でもやっぱりミクちゃんは16才の女の子だし、辛いこともあると思うし。
そう思ったらこういう感じの曲もとっても素敵だなって思えて」
こうしてこのセカイでミクと出会い、理想と違うと知った後でも自分なりに受け止め前に進んでいる。
そして何よりも、先ほどみた景色がその想いを強くさせた。
その結果導いた文の答えがこれだった。
「そっか、文ちゃんは今のぼくがそんな風に見えるんだね」
「あっ、そういう意味で言ったわけじゃなくて……」
「ううん大丈夫。あんまり間違ってないから。やっぱり文ちゃんは鋭いな」
ふと笑うミクだったが感傷的には見えない。むしろ感心しているようだ。
「……あ、そうだ。ねえミクちゃん、わたしがこっちに来てない時は何してるの?」
「えっ? そうだね……文ちゃんがいないときは馬車に乗ってたり、休憩したり、歌を歌ったり……
あとは、日記をつけたり、かな」
「日記?」
「うん。今日はこんなことがあったよーって」
そういってミクは積み荷の中から色褪せた本を取り出す。
結構な厚さを誇っており、その劣化具合から随分と使い込まれているようだった。
「わぁ……読ませてもらっていい?」
「ふふ……ダメ」
「えー、なんでー?」
「文ちゃんだってひとつくらい、誰にも知られたくない秘密ってあるでしょ?
それとおんなじ。これはぼくだけの秘密」
「……なら、なんで教えてくれたの? 気になるでしょー?」
「それは文ちゃんが勝手に読まないようにするためだからかな」
表紙にタイトルはなく、一見してはなんの本なのかわからない。
そうなれば読むしか判別する方法がなく、その気がなくても内容に触れてしまうだろう。
一度としてこの馬車の傍を離れたことのないミクだが、なにかしら手違いがあるかもしれない。
その予防線でしかなかった。
「で、でも知っちゃったからには気になるし……ね、最初のページだけでも!」
「うーん、文ちゃんとはいえそれはちょっと……」
「じゃ、じゃあ代わりになんでもお願い聞いてあげるから!!」
「……なんでも?」
「あっ、でもお金がかかるのはあんまり……この前友達にシブヤのクレープ奢ったから……」
なんでも、という言葉の意味を噛み締めて尻すぼみになっていく。
あの時は本当の想いを見つけたまではよかったものの、
学年末テストでは目も当てられない結果になってしまい、友達との勝負に負けた。
そのため現在の文の手持ちは絶望的。そしてお願いを叶えるには大体資金が付き物だ。
「なら、これからもこのセカイで、ぼくの歌を聴かせてほしいかな」
「……え? そんなことでいいの?」
「うん。ダメかな?」
「全然! むしろもっと聴かせてあげたいもん!」
その程度文にとってはお安いご用だった。むしろいつもやっていることなので苦にもならない。
そして何よりミク自身の希望となれば聞かないわけにはいかなかった。
そんな中で、文の脳裏にある言葉がよぎる。
『へんな『───』。それよりもっと聞かせて欲しいな。貴女の世界にあるぼくの歌を』
夢のように思えたあの景色と重なる。今も少女は笑顔だった。
まじまじと隣にいるミクを見つめていると、キョトンとした後に優しい笑みをこぼして本を差し出した。
「じゃあ、これはさっき聞かせてくれたお礼ってことで」
はやく読みたい、と思われたのだろう。
そんな好意を無下にするわけにいかず、文は慌てながら受け取った。
そして約束通り、見開きだけに目を通す。そこには、こう記されていた。
『ぼくの大切な人へ。
君がここに来なくなって随分経った。
セカイは色褪せてしまったけれど、まだ形は残っている。
君が見つけられなかった本当の想いの欠片がこのセカイのどこかにあるはず。
この道の先にあるかはわからないけれど、このままなにもしないよりずっといい。
だから、旅に出てみようと思う。
この想いを忘れないように、そしていつか戻ってきた時の為に。
今日から日記もつけよう。
君の幸せを願っています。また会う日まで』
それは誰かに宛てた手紙のようで、自分の背中を押す応援のようで。
しかし拭い去れない悲しみが伝わってくる。これが彼女の旅の目的だった。
「……ミクちゃん、わたし、頑張ってお手伝いするね!
だってミクちゃんの事も大好きだから!」
「うん。文ちゃんならそういってくれるって思ってた。ありがとう」
色褪せたセカイで、2人の少女が再び小指をまじわらせた。
終わりの見えない道筋の約束は、こうして交わされる。
笑いあい再び道の先を見据えるのであった。