1人の少女が枯れた桜の木の下で、ひっそりと笛を吹いている。
その音色はセカイに変化をもたらしたものではあったが、彼女にとってそれはさほど問題ではなかった。
「ふぅ……」
演奏というものは存外疲れるもので、ため息ひとつついてから襟元をパタパタとはためかせる。
現実ではもう夏だというのに、このセカイはいつまでも冷たいままだった。
それでも、1人の少女──言葉にとって心地がよかった。
冷えは体に悪いとわかっていながらも、このセカイに甘えてしまう。
色褪せているとはいえ、誰もいない幻想的な景色をずっと見ていられるのはこのセカイの強み。
騒がしい周囲に振り回されている日常にありながら、
我を見失わずにいられるのはこのセカイの存在が大きかった。
なにより屋外とはいえ、自分ではまだ拙いと思っている演奏を思う存分響かせることができる。
研鑽、という意味でもこの場所は言葉に向いていた。
「本当にセカイって不思議なところ。人の想いだけで、こんな場所ができるなんて」
「正確には人の想いだからこそ、こんな場所も出来る、かな」
「あ、KAITO」
色褪せてしまった髪とマフラーを風に揺らせながら現れた青年、KAITO。
言葉の本当の想いを導いたうちの1人である。
「やあ言葉。来てたんだね」
「うん。MEIKOは?」
「MEIKOなら街の方を散策中だよ。僕は戻ってきたところだけれど」
そういえば、と言葉は思い返す。
なにかとここを訪れることはあるが、出迎えてもらえたことはほとんどない。
それこそここをはじめて訪れた時くらいだろうか。
とはいえ、彼女をもてなすために様々な手を尽くしている2人を追求する気にもならなかった。
「じゃあ、今日は練習も終わったし私も街の方にいこうかな」
「わかった。それじゃあ向かおうか」
まるで主の指示に尽くす従者のごとくKAITOは言葉の後についていく。
丘を下った先にある街は相変わらず静かで人の気配すらない。
いまではすっかり見慣れた街並みではあるものの、やはり違和感を感じてしまう。
セカイとは想いから出来た存在。記憶にもないことは、存在しないも同じ。
例え空想の産物であっても、知ることによって想いを馳せることが出来る。
「ねえKAITO、さっきも教えてくれたよね。人の想いだからこそこんな場所も出来るって」
「そうだね。それがどうかしたのかい?」
「始めて来た時もそうだったけど、本当にこの街は私の想いから出来たのかなって」
幻想的とはいえ人工的な光景よりも自然的な風景を好む言葉にとって、
この街の存在はある意味調和を乱しているとも思えた。
「教えてKAITO。セカイが出来る想いの強さはどのくらいなの?
ほんの気の迷いくらい? それとも一生かけてでもってくらい強くないとだめ?」
「……確かに想いからセカイは生まれる。でもそれは決して簡単なことじゃない。
『こう在りたい』と願って、積み重ねて、それでセカイはできるんだ」
「なら、この街は──」
そう言いかけて口を閉ざす。これ以上は考えてはいけない。
叱るわけでもなく、気付いたわけでもなく、優しく微笑む彼がこちらを見つめていた。
目の前に立ちすくむ少女を守るように、笑っていた。
「ごめんKAITO。でも、これだけは聞かせて」
「うん。答えられる範囲なら」
「同じ想いを持っていたら、セカイはどうなるの?」
言葉が掲げる心情。自分と同じ人間が存在しないという考え。
しかし時として人は同じ目標に向けて駆け抜ける事も多い。
そんな少年少女達をこれまで何度も見てきた。
そして何より今まで聞いてきたMEIKOとKAITOの説明から、セカイそのものに対する知識は深い。
「その時は、お互いに惹かれ合う。それぞれの想いの形がセカイに現れるんだ。
あの時ウタを歌って石碑が現れたみたいにね」
「そっか、ありがとうKAITO。色々教えてくれて」
「どういたしまして」
その会話を最後に言葉は雑貨屋に向けて歩き出す。
焦る気持ちを圧し殺し、MEIKOが待つであろう場所へ。
扉を開くと1人でのんびりと茶を淹れるMEIKOの姿があった。
「どうしたの言葉。そんなに焦って」
「えっ?」
思わぬ指摘を受け声を漏らしてしまうも、その後に続いたのは上がった吐息。
外気を受けて白く染まっていた。
「あ……えっと、MEIKOの淹れる紅茶が恋しくて」
「……ふふ、わかったわ。すぐ準備するから待っててね」
目を泳がせながらも彼女が手にしていたポットに注目し、なんとか誤魔化す言葉。
店奥から追加のカップを持ってくる彼女を目で追いながら、違和感。
カップの数が4つ。3つは素朴なデザインのものだが、1つはこの店に元々あった意匠が施された逸品である。
「MEIKO? カップが1つ多いみたいだけど」
「ふふ、そうね。でも大丈夫」
そっと窓際のカフェスペースに目配せをするMEIKOに釣られ、言葉も同じ方向を見る。
そこには来客である白銀の少女が、紅茶の出来を待ちわびていた。
その少女を、言葉はよく知っている。
「おお、審判者ではないか。奇遇……とは違うな」
「千紗都さんが、どうして……?」
雲雀千紗都。自分に道を示してくれた少女であり、自分達が導いた少女でもある。
そんな彼女がこの『セカイ』にいる。
戸惑いを隠せない言葉だが、それを支えるように追い付いたKAITOが側に寄り添った。
「あ、KAITO」
「大丈夫かい、言葉」
「ごめん、ちょっと厳しいかも」
このセカイに自分しかいない。
心の拠り所でもあったそんな常識を崩され、相当参るように片手を額に当てていた。
「ふむ、さしづめこのセカイが己だけの物と思っていたのだろう。
しかし貴様もどこかで違和感を感じていたのではないか? ここは何か違うのだと」
「それは……」
言葉も心当たりがないわけではない。
この街をはじめて訪れた時も、こんな街並みを知らなかった。
そして何より先のKAITOとの会話。それが自分の不安を駆られる原因となったのは事実。
「まあまあ、とりあえず冷めないうちにどうかしら?」
そんな空気を変えるように紅茶を提供するMEIKO。
謎は深まるばかりだがまだ時間には余裕がある。
ひとまず仕切り直しにと言葉は席につくのであった。