ゆったりと紅茶が湯気を立てるなか、真っ先に手を出したのは千紗都であった。
良く冷ましてから一口飲むと、満足げな笑みを浮かべる。
「ふむ、貴女の淹れる茶は始めて飲むが……相当な腕だな」
「お砂糖はいらなかったかしら?」
「ああ。我はストレート派なのでな。審判者はどうだ?」
「砂糖だけ入れますよ。さすがにストレートは渋いので……」
そう言いつつ角砂糖を1つカップの中に落とす言葉。
揺らぐ水面は今の心境を表しているようだった。
「あの、それで千紗都さんは何故このセカイに?」
「ん、それはここが我のセカイだからだ」
当然といった表情で再び紅茶をあおる彼女。かなり深刻そうな顔の言葉とは対照的であった。
そんな不安そうに視線を送ればKAITOが口を開く。
「確かにこのセカイは言葉が訪れる前から存在していた。
だからこそ僕達はこの街を探索してたわけだけど、僕たちがやってきたことは今までなかった。
その理由を教えてくれるかい?」
その台詞で、言葉はあることを思い出す。
言葉がセカイを訪れた時、最初以外2人が街の方へ出向いていたことを思い出す。
その時は雑貨屋で物を調達しているのだろう、と軽く流していたが、
2人の真意は別の想いから生まれたこの街の調査にあったらしい。
「それは我がこのセカイを見捨てたからに他ならない」
「それは……どうして……?」
「その理由はだな……ああいや、我が説明するより都合のいいものがあるではないか」
千紗都が指し示す先、そこには淡い光を纏った欠片の様なものが転がっていた。
それを見たのは言葉にとって2回目である。
「あれってもしかして、想いの欠片?」
「そのようだね。でも、ここにあるってことは」
「ご明察の通り、我の想いの片割れだ。
さあ審判者よ、このセカイの終わりをその目で見届けるといい」
「いや、ですが……」
一度は否定しようとする言葉だが、それは彼女の想いを否定することになる。
深呼吸のあと、意を決して想いの欠片に触れた。
・
・
目の前に広がるのは色の失われたセカイ。
自分が見慣れた中世の街並みを2人の少女が歩いている。
ただ、1人が片方を追いかける形となっていた。
「本当に、行っちゃうんだね」
「ああ、このセカイで得られる物はもうなにもない。長い間、世話になったな」
白銀の少女は目を伏したまま、後に続く緑髪の少女に言い放つ。
それは紛れもなく選別の言葉であった。
「本当に、こんな終わりでいいの? 千紗都はこれで満足なの?」
「満足するかは関係ない。我は現実というセカイを生きている。
こんなところで現を抜かしている訳にはいかんのだ」
どこまでも冷たい態度。しかしそれを言い放つ千紗都の心は見えない。
どこか悲しそうであるものの、必死に圧し殺したような顔で振り替える。
「ありがとう、ミク。そして──さよならだ」
「っ! 待っ──」
ミクと呼ばれた少女の伸ばした手は空を切る。
ひとりぼっちの歌姫はただ呆然と立ち尽くすだけであった。
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そこで映像が途切れ、セカイへ引き戻される。
触れていたはずの想いの欠片は途方の彼方へ消え去り、もうなにも残っていない。
「さて審判者よ。何が見えた?」
「……千紗都さんと、ミク」
「「……!」」
言葉の発言に千紗都は微笑み、MEIKOとKAITOが目を丸くする。
しかし決して声をあげることはない。落ち着いた2人だからできる芸当といったところだ。
「どうした? バーチャル・シンガー同士、その存在は認知しているものと思ったが」
「確かにセカイは不思議な所ではあるけれど、そんなエスパーみたいな事は出来ないよ」
「そうね。最初からこのセカイにいたならわかるかもしれないけれど」
「ふむ、それもそうか。あわよくばミクの居場所を突き止められればと思ったのだが」
少し残念そうに肩を落とす千紗都だが、そんな彼女にひとつ疑問が思い浮かぶ。
「ですが千紗都さん、なにもセカイを見捨てる事はないのでは?
本当の想いが叶わなくとも、いい相談相手にだって」
「馬鹿を言うな。セカイは想いが形となった場所。そして本当の想いを見つけるためにある。
だが本当の想いを抱けなくなればそれはどうだ?
届かぬ理想、叶わぬ夢で彩られたセカイなど、地獄以外の何物でもない」
現実に押し潰された少女は、本当の想いというものに苦しめられていた。
セカイという理想と現実の狭間でただもがき苦しみ続けることなど、
千紗都という少女であっても耐えがたかったのだろう。
「故にこのセカイは色彩と賑わいを失った。街も朽ち荒野へと変わり果てていく。
現にこの街もやがてあの荒野に侵食されてしまう……はずだったのだが」
「そこに私がやってきた、と」
「ああ、貴様の抱いた想いがセカイを繋ぎ止めたのだ」
なんとも信じがたい話ではあるものの、このセカイを産み出した本人の言うことだ。
彼女だけ色が残っているのもそういう理由からだろう。
しかしそうなると新たな疑問が浮上する。
彼女の本当の想いは『両親のような演奏家になりたい』というもの。
今言葉が抱いている『自分の音を奏で続けていきたい』というものとは違っていた。
「でも、私と貴女の想いは違うはず。それなのになぜ」
「はっはっは、確かにその通りだな。だがその辺りは自ずと理解できよう。
それまで、最後の茶会を楽しもうではないか」
カップを掲げ不敵に微笑む千紗都。今は語るべき時ではない、と言わんばかりに。
おとなしく席につく言葉の目に千紗都のスマホが写る。
再生されているのは『名前のついたUntitled』。
過去の栄光を守るために殺された可能性の芽。
掴めぬ想いを理解して、ただ身勝手に突き放される。
淡々と冷たく現実的な終わりを歌っていた。
終点/cosMo@暴走P