約束をしたはいいものの、ミクの望む答えがすぐに見つかる訳でもない。
どこまでも続く道のりを馬車という乗り物で踏破するのには、いささか無理があった。
「うーん、もう少し速くならないかなー」
「ふふ、焦っちゃダメだよ。ゆっくりいかなきゃ」
セカイの大先輩であるミクが言うことも最もだが、街どころか村すら見当たらないのは満足に欠ける。
セカイというものが分からない上に、落ち着きに欠ける文にとって、こんな状態が続けばげんなりしてしまう。
「ねえミクちゃん、ちょっとだけでいいから運転変わってー」
「ダーメ。ちゃんとしないと危ないんだから」
そういってより一層手綱を握りしめるミク。
恐らく運転を代わり速度を出そうと思ったのだろう。
しかしそんなミクに対しちょっとした妙案があった。
「うーん、あ、キラキラ光ってるものがある!」
「えっ!? どこ!?」
「隙ありー!」
自分がこのセカイに訪れてた時に見つけた何か。
それが何かは分からないものの、バーチャル・シンガーである彼女がその存在を知らないわけがない。
思った以上に効果覿面で文の視線の先を必死になって探すミク。
その隙に手綱を奪い去り、アニメや漫画で見たように思いっきり叩きつけた。
しかしそんな事をすれば馬の機嫌を損ねてしまうわけで。
「わ、わわわ!!」
暴れ馬を止める術など持つわけもなく、慌てた様子で手綱を手放す。
ミクが気付いた頃には時既に遅し。
日記が色褪せるほどの時間を屋外で過ごした為か、元々ガタが来ていたのか分からない。
何かが折れる音と共に解放された馬は、我先にと道から外れ地平の向こうへと駆け抜けていった。
「あー……」
「……………」
間抜けな声を上げながらもその光景をただ見送るだけの文と、
どこか諦めた目でその先を見つめるミクがいた。
「えっと……ごめんね?」
「気にしなくていいよ。あの子にもずいぶん無理させちゃってたから」
馬車から降りるミクは積み荷からキャンプセットを取り出す。
ほどなくして道から外れた所で火を起こし、焚き火が出来上がった。
「文ちゃんは紅茶好き?」
「うん、好きだよ! でもそんなのこんなところにあるの?」
「大丈夫、予備はいっぱいあるから……あっ」
そう言って銀の容器を覗きこむ。しかしそこにはあと数杯分ほどの茶葉しか残されていなかった。
明らかに表情に出ていたものの、ミクは誤魔化すように水を沸かす。
「えへへー、ミクちゃんお手製の紅茶~♪」
気付かれたかもしれないと文の方へ視線を向けるも、
どうやらミクが淹れてくれるお茶という事もあって気づいた様子はない。
水が沸くまでの間は、これまた残り1つとなったチョコレートを差し出した。
「よかったらどうぞ?」
「え、いいの? ありがとう!」
これも普通のチョコレートに過ぎないが、
やはり大好きな相手からもらったということもあり、勢いよく頬張る文。
やがて紅茶も出来上がり、意匠の施されたカップに注がれる。
2人ぼっちのお茶会はひどく簡素なものであったが、
いつかの過去を思い出しながら歌姫は紅茶をあおぐのであった。
・
・
それからどれほどの時が経ったかはわからない。
楽しそうに現実の話をする文と、それを止めることなくただ聞き手に回るミク。
煮出して薄くなってしまった紅茶も幾度とお代わりをして続いたお茶会で、いろんな言葉を交わしていた。
しかし、話していても問題が先送りになるだけなのは変わらない。
やがて観念したように文が馬車の方へと目を向けた。
「えっと……それで、どうしよっか?」
「そうだね。積み荷もあるからこのまま2人で……っていうのは難しいかな」
流石に積み荷を置いて先に進むという選択肢は無いようで、
名残惜しそうなミクの視線が文の心に刺さる。
なんとかしなければ、と辺りを見渡すも手がかりになりそうなものは何もない。
そんな中、馬車の後方から目映い光が視界に入る。
「もしかしたらさっきのかも!」
このセカイを訪れた時に触れた想いの欠片かと想い、文はそちらの方へと駆けていく。
しかしその光は大きな駆動音と共にこちらへ近づいてきていた。
『それ』は文を認識したのか急停止。その灯りが消えた時、全貌が明らかになる。
「大きい……トラック?」
それは大型のトレーラー・トラック。
どこか外国の映画で見るような古臭いものであったが、どうしてかこのセカイにはお似合いのデザインであった。
やがて運転席から1人の淑女が降り立つ。
「急に飛び出して来たら危ないでしょう? 止まれなかったらどうするつもりだったの」
「あっ、えっと、ごめんな……あー!」
とりあえず謝ろうとするも、その姿には見覚えがある。
ピンクのベストワンピースにむき出しのネクタイ、ベストを留める太いベルト。
個性的な衣装であったが、それよりも特徴的なピンクのストレート髪。
「ルカさんだー! 他のバーチャル・シンガーさんがいたんだね! 私、鶴音文っていいます!」
「え、ええ。よろしく文」
申し訳ない雰囲気から一変。文は感嘆の声をあげながらその手を握る。
一方のルカは慣れぬハイテンションな少女に戸惑いながらも、されるがままにされていた。
「お、聞いたことのある声がするって思ったら文ちゃんじゃん」
「えっ……あっ、恩人さん!?」
助手席から勢いよく飛び降りた少女。
はためく金色の髪が印象的だが、文はこの少女を知っていた。
「あら理那、知り合い?」
「そうだよー。私の親友の妹ちゃん。めちゃくちゃいい子だから、ルカもよろしくしてあげてよね」
「そういう貴女の方がこの子を振り回したりしてないかしら?」
「そんなことないです! 色々お世話になりました!」
「ははは、お世話になったのはこっちだよー……っと。ほらルカ、お客さんだよ」
理那がふと文の後ろに立つ少女に気付き、ルカへと話題を振る。
ルカは繋いだ手を解いて一歩前へ。
「ここまで来たんだね、ルカ」
「ええ。ようやく追い付いたわよ、ミク」
こうして2人のバーチャル・シンガーは、合流を果たしたのであった。