咲希が注文した紅茶が届いた頃には言葉の紅茶がなくなっており、お替りを注文する。
「言葉ちゃんって1年生?」
「そうだよ。ということは天馬さんも?」
「うん! よかったー同い年で!
なんていうかすごく大人って感じだから年上なのかと思ってた」
「ふふ、それはよかった。天馬さんは確か宮女に通ってるんだよね?」
「そうそう! あ、じゃあ神高の人なんだ。ちょっと残念」
咲希の通っている学校はシンセサイザーを買いに来た時に制服で確認している。
そんな彼女は少ししょんぼりしつつ紅茶に口を付ける。
「なら私からも一つ質問いいかな」
「どうぞどうぞ」
「あれからバンド、続いてる?」
両肘を置いて両指を合わせつつ疑問を飛ばした言葉。
ほんのりテンションの高い彼女を抑制するための悪戯な質問であったが、
それが彼女の最も触れてほしい話題だということには気付けなかった。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。なんとアタシ達、無事4人でバンドを始めたのです!」
態々ティーカップを置いてから腰に手を当て自慢げに話し始める咲希。
「4人? あの常連の子以外にもやる子がいたってこと?」
「そうなの! 皆大切な幼馴染なんだ~」
そこからの話題は自分の幼馴染のことや宮女での充実した生活、
そしてこれからやりたいことを嬉しそうに語って見せた。
そんな彼女をまるで母親のようにそのことを聞く言葉に対してはっとする。
自分が夢中になって話していた上に自分しか知らない幼馴染の話であり、
実際に知り合ってもいない相手のことを話してもあまり意味はない。
「ごめんね! 自分のことばっかり話しちゃって……」
「ううん、それだけ天馬さんが今を楽しめてるんだなって。
あんまり力になれなかったかもだけど」
「そんなことないよ! あのキーボード色んな音が出るし、
それに軽くて持ち運びも便利だからすっごく助かってます!」
「それならよかった。もし何かあったら保証期間中だし、
メーカーさんに問い合わせたら無償で修理してくれると思うから」
「ありがとう! ところで気になったんだけど、それって楽器だよね」
咲希の視線の先。
接客していた時にも気になっていた楽器ケースが括られたキャリーカートがある。
「これは……簡単に言うなら民族音楽に使う笛だね」
「笛って、それ全部!? すごーい!」
「すごくないよ、再開したのも最近だから」
言葉もお返しにと少しかいつまんで自分の過去について話すが、当然セカイのことには触れない。
話したところで問題はないのだがそれを知る由もなかった。
「ならアタシ達、似た者同士かもね」
「そうかも。もし良かったら天馬さん達の演奏、聞かせてほしいな」
「うん! 私も言葉ちゃんの演奏、聞いてみたいな~」
「それなら、明日もビビッドストリートで演奏するから、良かったら聞きに来る?」
「え!? いいの! ほんとに!」
思わず席を立ちあがり、店中の視線を集めてしまう。唐突な出来事に言葉も周りに頭を下げた。
「えへへ、ごめんね。じゃあ良かったら連絡先交換しない?」
「そうだね。そっちの方が場所も教えられるし」
「ありがとー! これでまた一つ、夢が叶っちゃった!」
「それはどんな夢?」
「別の学校の人と友達になるって夢!」
そんな何気ないながらも彼女にとっては大切な夢に、言葉も思わす微笑むのだった。
その後の話は咲希が都合のいい時間を決め、それに合わせて言葉が予定を立てる。
思いのほか話し込んでしまっていた二人は明日に備えて解散することとした。
「言葉ちゃん、また明日ー!」
「天馬さんも気を付けて。また」
・
・
その翌日。
予定の時間よりも早くビビッドストリートに姿を現していた言葉は早速演奏を始めていた。
抜け駆けではなく、純粋に腕を温めておきたかったからというのと、
場所が解らなくても音で場所を知ってくれると思ったからである。
一日で急に有名になることはなく、通りがかる人々は変化する為観客の好みも変わる。
そこから近い店の店員も、今日も来ている程度の認識であるため今回は気にする様子もなかった。
それでも珍しい楽器の音色から歩みを止める者も多く、自然と群衆が生成されていく。
また有名な曲であればすぐに無償で応えてくれるというのも案外好感触だったらしく、
音楽好きな人々が集まる町へ知らずのうちに溶け込んでいった。
「あはは、もう演奏始めちゃってたね」
「天馬さん。良かった、合流出来て」
何曲か演奏を終えて小休憩を挟んでいるときに咲希が最前列へと躍り出た。
無事合流できたことと見慣れた顔に言葉も安心感を得ていると、
引き連れられてきたであろう少女達も姿を見せる。
「あっ、あの時の店員さん……やっぱり楽器やってたんだ」
「もしかして、約束の時間に遅れちゃってたとか?」
「いや、咲希の言ってた時間よりまだ早いから、多分そういうことだろうね」
そのうちの二人には面識があった。
一人は咲希の付き添いで訪れており、もう一人はベース関係の用品をよく購入する常連さん。
「言葉ちゃん紹介するね! 私の幼馴染の──」
「星乃一歌です。あの時はありがとうございました」
「いえいえ。あれもお仕事ですから、お気になさらないでください」
「日野森志歩。店員さん、楽器演奏出来たんだね。ちょっと意外だったかも」
「再開したのは最近ですからまださっぱりです。またのご来店をお待ちしております」
「えっと、わたしは初めまして、ですね。望月穂波です」
「初めまして。私は鶴音言葉と言います」
穂波だけに向かってではなく、三人に向かって挨拶をし頭を下げる。
かなり丁寧な返しだった為に驚きや焦った様子で頭を下げるのを見て咲希が吹き出していた。
「もしよろしければ、一曲リクエストでも」
「えっ! いいの? うーん、何にしよっかな~。いっちゃん何かいい曲ある?」
「うーん、なんでもいいんですか?」
「はい。有名な曲ならあらかた仕入れてますから」
「えっと、ならミクの曲なんですけど……」
折角の機会だからとリクエストを受け付けるも、
とっさに思い浮かばなかったからか選択権を一歌へと渡す。
かくいう一歌も考えてはいなかったものの、有名な曲と言われてあるミクの曲を提案する。
「確かにこれも有名ですよね。では」
その楽曲はあるCMのタイアップで作られたもの。
ある意味初音ミクという存在を全世界に改めて知らしめた曲ともいえる。
それを態々咲希に聞かせるために持ってきたフルートで見事に奏で上げる。
「凄い凄い! 聞きなれた曲なのに全然雰囲気違って聞こえる!」
「フルートだからね。当然でしょ」
「でも本当に新鮮かも。フルートなんて全然聞かないから」
「あの、ありがとうございました。でも急なリクエストで、ミクの曲なんておかしいですよね」
「全然そんなことないですよ。妹がミクの大ファンなので私も少し聞くんです」
「あ、妹さんが……」
「いっちゃん、ミクちゃんのこと大好きだもんね~」
同志を見つけたと思いかけて本人ではないことに少しばかり残念がる。
咲希の発言に、うんうんと首を縦に振る穂波と志歩。
そんな光景を見て何か思い付いた言葉はおもむろに演奏を再開する。
「あっ、この曲」
「私も知ってる。確かロックバンドがコラボした曲だよね」
「うん。私は好きだよ。それに」
初音ミクが好きな相手にこの楽曲を演奏するのは抵抗があると思われたが、
そのあたりに関しては寛大だったらしい。
「──私達のこと、お祝いしてくれてるみたい」
そんな何気ない音楽の時間はまだ終わりを知らなかった。