時系列は12話~13話の間の話になります。
また、手違いによりこの前後編では一人称視点に戻ります。
コートを纏って私は枯れた桜の木の下で空を見つめる。
日の光一つ差さない大地は、身にしみる程の寒さを孕んだ風が吹き抜けていく。
いくつかの舞い散る雪が私の頬に当たり消えていった。
丘の下にも雪は降り積もり石畳を白に染めている。
除雪された様子もなく、窓も見える限りは全て灯りが消えているので、無人なのだろう。
「言葉、来ていたんだね」
「KAITO。おかえり」
何度目か分からない来訪を出迎えてくれたのはKAITOだった。あの時と違いMEIKOの姿はない。
恐らくまた下の街にでも行っているのだろう。
ふと視線を送って挨拶をして、私は再び空を見上げた。
「寒くはないかい?」
「大丈夫。今日もしっかり着てきたから」
コートに加えて手袋もしている。それでも長く居れば体は冷えてしまうだろう。
『お姉ちゃんの馬鹿!』
自分の妹に嫌われて、ここのところ毎日来ている気がする。それこそ現実から逃げるように。
このセカイについて、私は何も知らないけれど居心地がいいのは変わらない。
二人は私のことを詮索することもなく、されど傍にいてくれる。
それこそ訪れた時に居てくれるとは限らないものの、必ず戻ってきてくれた。
「鈍色……っていうんだよね。あの空の色」
「灰色よりは黒に近いから、そのあたりだろうね」
そんなに違いはないだろうけれど、彼は肯定してくれる。
このセカイに降り立ってから最初に見えたのがこの空。
永遠に晴れないであろう、どこまでも続く曇り空。
そのせいでセカイにうっすらと影を落とし、全ての景色に鈍色が混ざり色合いに変化している。
まるでモノクロのテレビのように。
KAITOも本来なら鮮やかな青色の髪のはずだが、今では青みかかった黒色に見えた。
「でも、太陽が出てたらちょっと危なかったかも」
今は一面雪景色だ。真っ白な大地に太陽の光が降り注げば反射して目に飛び込んでくる。
スキーヤーがサングラスをするのもそれが原因だったりするのだ。
ふと、カリスマ溢れる情熱的なMEIKOと、みんなのお兄さんという印象が強いKAITO。
そんな二人がサングラスを付けてみればどうなるだろうと考えてみる。
「ふふっ」
MEIKOはともかく、KAITOはカッコつけている感じで似合わないかも、と思わず笑いが漏れた。
それにデフォルトの衣装ならともかく、このセカイでは民族調の衣装を身に纏っている。
そのアンマッチさがさらに笑いを誘いそうになるもなんとかこらえた。
「何を考えていたんだい?」
「ああえっと……あっ……」
何かを察した彼は私のすぐそば、空いている木の幹へと背を預けていた。
視線を合わせようとしなかったがその姿がどこか哀愁を漂わせている。
そんな、一枚絵の様な状況に私は言葉を失い見とれてしまう。
「……?」
「待って、そのままで」
このセカイが私の影響で変化するのなら、今の状況はよくないのだろう。
それでもこんな哀愁たっぷりな彼を見ることができたのは感謝の念すら覚えてしまう。
偶然の産物だけれど、だからこそ捉えておきたかった。
私はおもむろにスマホのカメラを構え、シャッターを切る。
写真にはしっかりとKAITOが写っており、これが幻想ではないことを再確認させた。
「やっぱりKAITOはかっこいいよね。私なんかよりずっと大人だし、落ち着いてるし」
「そうかい? 僕としてはまだまだだとは思っているけどね」
「でもやっぱり、バーチャルシンガーの年長組で唯一のお兄さんだから」
バーチャルシンガーと呼ばれ始めた最初の六人の内、男性は二人しかいない。
初期に出回ったKAITOと、鏡映しの存在として二人一組として送り出された鏡音レン。
外見的特徴や声質の影響もあり、レンは男性というより少年として扱われることが多い。
それにイメージカラーも青と唯一の寒色系だ。
そういう意味でも落ち着いた歌が多いのもKAITOの特徴といえる。特筆して民族調曲も多い。
──だから私は彼の歌声に、在り方が好きだった。
「ああ、だからこのセカイはこんなにも」
何一つ間違っちゃいない。私の心境もそうだけれど、なにより私が『望んだ結果』。
このセカイは私が気付いていないだけであの時から始まっていた。
この心地よさも、寂しさも、全ては私の愛した曲達の演出にそっくりだった。
そうなれば、私が彼に望むのは────
「KAITOは……どこにもいかないよね?」
「そう思うなら、ほら」
「わわっ」
急に不安になってきてその顔を見つめる。その声から何かを悟ったのか彼に手を差し伸べた。
恐る恐る重ねてみれば、手袋越しに温もりが伝わってくる。
それ以上に彼の手は大きく、その上に置かれた手で私の手を包み込んでしまった。
その存在感で自分の中でいっぱいいっぱいになってしまい、思わず手を引っ込めてしまう。
「ごめんね。驚かせてしまったみたいだ」
「ううん、私の方こそごめん。……そろそろ帰るね」
体の中の熱を吐き出すように深呼吸して、Untitledに触れる。私の体は光に包まれた。
・
・
クローゼットにコートをしまい手袋を外す。KAITOが重ねてくれた感覚がほんのり残っている。
スマホを見れば、哀愁たっぷりに背を預けた彼の写真が残っていた。
「……待ち受けにしようかな」
彼には悪いけど、忘れられない思い出になりそうな気がする。
まだ問題の解決には至っていないけれど、もう少しだけこんな日々が続けばいいと思う。
───その時の私はまだ知る由もない。
セカイが私に対して牙を向くのは、そう遠くもない未来だという事を。