目を開けば、あの日の夜と変わらない光景が広がっていた。
鈍色の空。枯草の草原。丘の上に立つ葉のない枯れ木。
それ以外は何もない。太陽の光も遮られ、熱を感じない。冷たい風が頬を撫でる。
制服はもう冬服に移行しているから、寒くはない。
それでもこの光景がより寒さを演出し私は体を震わせた。
歩を進める。目的地は丘の上。元々MEIKOとKAITOが居た場所だ。
今でこそ姿はないが、一番見晴らしのいいあの場所ならすぐに見つけることができるだろう。
そしてなにより、動いて体を温めたかった。
丘まではさほど距離はないが何せ道がない。くるぶし程まで伸びた枯草が意外にも厄介だった。
慣れない地面に足を取られながらも丘の上へ。
後ろを見れば一面に広がる枯草の草原が視界を埋め尽くす。
前を見れば下の方に石造りの家屋と整備された道が見えた。
あの街の中に二人はいるのだろうか。
「来てたんだね。言葉」
「いらっしゃい。また会えてうれしいわ」
そう思ってまた足を向けた時、足音と共に二人が現れた。
「MEIKO、KAITO。良かった。また会えた」
「そんなに心配しなくても、私達はずっとここにいるわよ」
「といっても僕達も散歩から戻ってきたばかりなんだけれどね」
「散歩……?」
聞けばこのセカイがどのあたりまで広がっているかは分からないのだという。
なにせセカイを生み出したのは他でもない私だから。
「そうだ、セカイ。そのセカイって結局、何なんですか?」
結局あの時は詳しい話が出来ないまま私の都合で会話の腰を折ってしまった。
そんな無礼を気にせずKAITOが答えてくれる
「セカイは、君の想いで出来たこの場所のことを言うんだ」
「想いはどんなものでも形にできるの。
もしかしたらこのセカイにも言葉に覚えのあるものがあるんじゃないかしら」
「覚えのあるものって、こんな寂しい場所で」
辺りを見渡してふと傍にあった枯れ木に目が留まる。特に何の変哲のない桜の木だった。
「これ、実家の近くに生えてた桜の木」
まだ両親が生きていたころ。田舎暮らしだった私達の家での話だ。
裏山に1本だけ桜の木が生えていて、春になれば少ないながらも花を咲かせていた。
テレビでお花見を知ってからは、毎年山登り感覚でこの木の元に集まりお花見をした。
今ではその実家も土砂崩れの危険があるとのことで戻ることは許されず、
早々に取り壊してしまい桜の木ともお別れとなった。
「もう、見ることなんてないと思ってたのに」
しかしこの木は枯れてしまっているから蕾すらない。手に触れて冷たさを感じる。
こんなセカイだから枯れてしまったのだろうか。形は保っているが花は咲きそうになかった。
それ以外に思い当たるものどころか、物自体がないので再びMEIKOとKAITOへと向き直る。
「このセカイが私の想いから出来たっていうのは分かりました。でも」
私の想いによって出来た場所であるなら、彼女達が居ることの説明がつかない。
私のセカイに、いくら好きだったとしても部外者である彼女達がいるはずがない。
「僕達は、君が本当の想いを見つける為にここにいるんだ」
『そう、セカイ。君の本当の想いを見つける為の場所』
あの時彼が言った言葉がよぎる。言葉が重なる。
「私の、本当の想いを……こんな寂しいセカイでも、あるっていうの?」
「あるわ、必ず。今はまだ見えないかもしれないけれど、それを手伝うために私達が居るのよ」
本当の想いなんて言われても訳が分からない、と反論するところだったけれど、
MEIKOの言葉に一旦思考を落ち着かせる。
自分が何をしたいか。何をするべきか。そんなのは簡単に見つけられる物じゃない。
誰しも自分の心に嘘をついて生きている。それがいつしか重なって、見えなくなって。
でも、二人はそれを手伝ってくれるのだという。私一人じゃ無理かもしれない。だけど。
二人が信じてくれるなら、頑張ってみよう。私の、本当の想いを探すために。
そう思った私は自然と手を差し出していた。
「えっと、よろしくお願いします?」
「ええ。よろしくお願いね、言葉」「うん。よろしくね、言葉」
握られ、包まれた手は温かくて。二人が確かにそこにいるのだと教えてくれた。
・
・
現実へと戻ってきた私は、外が思いのほか暗くなっていることに驚き学校を飛び出す。
終電にはまだまだ時間があるし、家に門限はない。
今回のことでいくつか分かったことがある。
1つは、Untitledという楽曲を通じてあのセカイに行けるという事。
2つは、あのセカイという場所は、私の想いから作られたという事。
3つは、セカイにいるMEIKOやKAITOは、実体を持っているという事。
4つは、セカイでの時間の流れは現実と大して変わらないという事。
ただ現実の私がどうなっているかは見当もつかない。
俯瞰的に見てくれる誰かが居ない限り証明も難しいだろう。
なら極力人前でUntitledを再生するのはやめた方がいいかもしれない。
これからは時間に余裕があって、かつ自分の部屋くらいにしておこう。
ふと思い出されるのはあの灰色のセカイ。あれは私が作り出した。
ああやって面と向かって自分の心象風景を映し出されれば心に来るものがある。
いままで不足なく生きてきたはずだ。なのにあのセカイは冷たかった。
受け入れたくないけれど、受け入れるしかない。あれが今の本当の私なのだと。
「そんなこと、出来るわけないよね」
16歳の私に、あんなものを見せつけられて納得しろという方が無理な話だった。