神高祭が終わっても学業が終わることはない。
私は変わらず昼休みの合間を縫って笛の練習をしていた。
あいにく友人は神高祭の書類関係の後処理に追われていて姿がない。
実際ずっと観客ありきで演奏しているものでもない為気にすることはないけれど。
奏でる音色はあの時のように明るいものではなく、穏やかで少し寂しい音色。
エンドロールを奏でるように一人きりの旋律を奏でていた。
「ふう……」
お弁当箱に立てかけて録画していたスマホを手に取る。
今や誰にも教えてもらっていないからこそ、
こうやって自分で問題点を洗い出すのが日課となっていた。
バイトのない休日はビビッドストリートに駆り出し、
お客さんの反応で自分がどう見えているのかを学習する。
二曲ほど演奏が終わったところでようやくお弁当に手を出す。
こういったお腹に力の入れることはやはり食事前の方が楽だった。
スマホに映る自分の演奏風景と音色をおかずに昼食へ。
まだ人に称賛を貰うほど大した腕前ではない。
自分の本当の想いを見つけることができたが、それで終わりではない。
まだ『私の音を奏で続けていきたい』という漠然とした想いは夢でも目標でもない。
だからこそ、私の音そのものをもっと高めるために、私が私を満たさなくてはならない。
「あ、ここの音少し伸びが悪くなってる。もうそろそろオーバーホールしなきゃダメかな」
何だかんだで数年前のもの。
使わなかった期間が長い為かまた楽器そのものの寿命の関係もあり、
持っている楽器のほとんどが悲鳴を上げていた。現にそれは音色となって微かに表れていた。
「んー、っと。確かこっちの方から……あ、いたいた」
そんな中、一人の生徒が扉の隙間からのぞき見している。
私のことを確認したかと思えばそのピンクの髪を揺らし教室へと踏み込んできた。
「ねえねえ、キミって後夜祭で演奏してた子だよね」
「えっと、まあ、はい」
『神高で噂の人物』──暁山さんとこうして面と向かって話すのは初めてである。
クラスも違えば出席数が少なすぎる為に見かけることはあっても出会うこともなかった。
現に神高祭の時に意識してみた、と言うべきか。
「あー、やっぱり! ならこういう学校の噂は知ってる?」
「噂? それってどういう……」
唐突に語るには、最近語り始められた神高の噂があるという。
それは、真昼間に出る音楽室の笛吹き幽霊の話。内容としてはこうだ。
昔吹奏楽部で仲たがいを起こし、未練の内に亡くなった子供がいた。
それはそれは昔のことでその面影すら消えるほどの年月が経ったある日、
音楽室に一人で踏み入った少女に乗り移り昼夜問わず笛を吹き続けているのだという。
また、その演奏する姿を目の当たりにしたが最後。
今度はそれを見た本人に乗り移ってくるとのこと。
「しかもその霊だけじゃ飽き足らず最近は色んな笛吹きの霊も交じって、
乗り移られた少女もわけが解らなくなってきてるとかなんとか」
「──それ、私のことですよね」
「あ、バレた?」
種明かしをする前に答えを言われてしまい、少し残念そうな顔をするもどこか満足そうだった。
その噂を確かめる為に態々ここまで来たのか、それとも別の目的があるのかは分からない。
それでも、一つだけ言っておきたかった
「1年C組の鶴音言葉です。噂通りの面白い方ですね。1年A組の暁山瑞希さん」
「あれ? もしかして怒ってる?」
「そうですね。割と久々に。ところで暁山さん」
「ん、どうしたの?」
「先生方が頭を悩ませてましたよ? 何でもたまりにたまった小テストと補習の山が……」
「……あー、じゃあボクはこの辺で」
「逃がしませんよ」
その後暁山さんの悲痛な叫びが学校に木霊したとかなんとか。
・
・
その日の放課後、私は暁山さんのお詫びにと近くのファミレスに向かう。
クラスの仕事で少し遅れてしまったが、そこには友人である白石さんの姿もあった。
「で、それもまた瑞希の作り話だったわけね。はあ、もう噂話はこりごり」
「いやー、確かに脚色したのはボクだけどここまで広まるとは思わなかったなー」
2人は店員さんからもらった水を片手に、昼間の話で盛り上がっていた。
曰くある日を境に楽器の練習を始めた生徒のことは噂になっていたものの、
いまいち面白みに欠けたのだという。
そこで暁山さんが中庭の幽霊の噂から発展させたのが、笛吹き幽霊の話だった。
しかし乗り移っている、という話で終わるはずだったものが語られるうちに尾ひれがつき、
収拾がつかなくなっていたのだという。
「で、その時に後夜祭で委員長さんが演奏したから、話で収まったんだよね」
「噂は噂でしかない、ってことですね」
「ま、その噂にかなり振り回されていた生徒もいたんだけど……ね? 杏」
「な、なんのことかなー?」
面白いものを見つけたかのような視線を送る暁山さんだが、
あさっての方向を向いてやり過ごそうとしている白石さん。
なるほど、彼女が随分とよそよそしかったのはその噂が原因だったらしい。
「そんなことより注文! ほら、瑞希はフライドポテトでしょ! 鶴音さんは?」
「なら私は紅茶を貰いますね」
「オッケー、あ、すみませーん」
「逃げたね」
「そうですね」
テーブルには呼ぶためのボタンがあるというのに、通りがかった店員を捕まえて注文を伝える。
お化け屋敷での一件のことも考えると白石さんは本当に幽霊が苦手なようだ。
「あ、自己紹介まだだったよね。私、1年A組の白石杏。よろしくね、鶴音さん」
「はい、よろしくお願いしますね」
「ならボクも改めて、暁山瑞希だよ。よろしくねー」
「暁山さんもよろしくお願いします」
噂によってなんだかんだで振り回された私達の小さな宴はこうして幕を開けた。