「皆、いる?」
今にも消えてしまいそうな声で少女はパソコンに向かって問いかける。
『いるよー『K』。今日も時間ぴったりだね』
『『K』だから当たり前でしょ。それより『雪』入ってる?』
『……いるよ』
「『Amia』に『えななん』、『雪』も居るね。それじゃ……始めよう」
辺りの家が寝静まる頃、少女達は動き出す。時計の針は25時を指していた。
各自が、各自の作業を始めていく。一つのボイスチャットツールを使用して繋がっている。
様々な楽曲をネット上で公開し人気を博している音楽サークル。
──25時、ナイトコードで。
通称ニーゴと呼ばれる少女達は新曲を上げ終え、
いつものファミレスで祝杯を上げたばかりであった。
しかし少女、『K』と呼ばれた声の主──『宵崎 奏』は、
今宵も人を救うための曲作りに取り掛かろうとしている。
と言っても彼女も人間であり、こうも連続して新曲は作れない。
デモソングを作る為にナイトコードでサークル仲間達を招集したのであった。
『新曲のアイディアって、Kからしたら珍しいよね』
「そうでもないと思うけど。そんなに珍しかった?」
『うん。でもそっか。Kに頼られてるって感じがして嬉しいかも』
『あれ~えななん、もうデレてるー珍しー』
『Amiaうっさい。ところでK、テーマが決まってたりは……』
「今のところは何も。寧ろ皆が色々言ってくれた方が嬉しい。雪も、もしよかったら」
『……うん。でも、何も出ないと思う』
積極的に絡む『えななん』と呼ばれた二面性のある声の主──『東雲 絵名』は、
ニーゴにおけるイラスト担当である。
現に自分も何かアイディアが降りてこないかと、ペンを片手に白紙とにらめっこを続けていた。
『雪もそんなこと言わないでさー。体育祭の時みたいに何か面白いことなかった?』
『……別に。その1年の子が、よく廊下を走ってるな、くらいかな』
『あ、あはは。そっか』
長い沈黙を挟む『雪』と呼ばれた無感情な声の主──『朝比奈 まふゆ』は、
ニーゴにおける作詞担当である。
パソコンの横にはシンセサイザーが置いてあるが、鍵盤には触れようともしない。
『……そういうAmiaなら、あるんじゃない』
『あることにはある、かな。最近までボクの学校で有名だった噂なんだけど』
『それってもしかして音楽室のアレ?』
『そうそう! なーんだ、えななんも知ってたんだ』
思わせぶりに振舞う『Amia』と呼ばれた陽気な声の主──『暁山瑞希』は、
ニーゴにおける動画担当である。
今もネットの海をさ迷い、動画に使えそうな演出やフリー素材をダウンロードしていた。
「音楽室の……何?」
『音楽室の幽霊に憑かれた女の子の話……だったかな。まあ結局はガセだったんだけど』
「その話、少し聞かせて」
『えっ、ほんとにこんなのでいいの?』
「うん」
『じゃあ、話すけど。私も人から聞いただけだから、そんなに期待しないでね』
ネタバレを受けて話題性が消えた為か、絵名は丁寧ながらも遠慮気味に奏の質問に答える。
しかし音楽を作る者ゆえの衝動か、アイディアとしては悪くないと思ったのか。
奏の手は自然とメモ帳を起動し、その内容を書き写していく。
『それで、その演奏を見た人は乗り移られちゃう──って話だったんだけど』
『……ふうん、そうなんだ』
『ちょ、人が態々説明してやってんのにそんな反応はないでしょ!?』
『まあまあ、えななん落ち着いて』
「それで、噂はどういう風に落ち着いたの?」
『噂の張本人が文化祭の催しで演奏して何ともなかったから、ってところで終わりかな』
あまりにもあっけない終わりであったため、
少し怖がっていた自分が恥ずかしくなるほどであった。
そういった意味でも、この噂の話は絵名からすれば面白くない話だったらしい。
『そういえばAmiaは神高祭行ってたんでしょ? それ見なかったの?』
『ばっちり見てたよー。でも動画は録ってないんだよね』
「Amiaは、何か思うことはあった?」
『その時は普通に上手い子だなーって思ったくらいかな。でも』
瑞希の声が途絶える。ふと考えるのは最近知り合ったばかりの少女、言葉のことである。
素性が見えてくるほどに何とも言えない凄みと興味がある存在。
自分達が救いたいと願った少女、まふゆとは似ているようで何もかも違う人物。
「……Amia?」
『何? もしかして回線落ちた?』
「ログインはしてるから大丈夫だと思うけど」
『………』
普段の彼女らしからぬ反応に多少の戸惑いを見せる二人。そして何の反応も返さないまふゆ。
『なんていうか、凄い子だよ』
『あ、生きてた。びっくりするじゃない。急に喋らないでよ』
『ひっどーい! じゃあどうしたらいいのさ』
『今から喋りますーってチャットで反応してから喋るなりあるでしょ!』
『それなら声出した方が早いじゃん!』
何かを含むように低いトーンで応えるも、絵名に思考を邪魔されいつもの調子に戻る。
そんないつものニーゴに戻ることに安心感を覚えながらも、
一瞬の違和感を見逃さなかった者が一人。だからこそ、少女は決断する。
「じゃあ、今回はその方向で」
『『えっ!?』』
「えななんの言った内容とは多少雰囲気が変わるかもしれないけど、作ってみる」
『ま、待ってK! 本気でやるの!?』
「うん。雪も、いいかな」
『Kがいいなら、いいよ』
「ありがとう。それじゃあ今日は落ちるね。えななんもAmiaもありがとう。おやすみ」
『私も落ちるね。おやすみ』
絵名の静止の声もむなしく、奏とまふゆがチャットから消える。
『Amia~!? どうするの! Kがその気になっちゃったじゃない!」
『これはボクも予想外、かなー。どうする?』
奏にとってはただのイメージとしてもらっただが、
既に興味関心を失っている絵名からすれば、何より自分の羞恥を思い出さなければならない。
しかしそれよりもこうなった奏を止める術など2人にはなく、
向き合わなければいけない現実が確実に迫ってきていた。
ならばどうするか? 答えは至極簡単である。
『Amia、どうせその子って知り合いなんでしょ!』
『う、うん。そうだけど』
『なら会わせなさい! こうなったらそいつのこと、とことん絵の素材にしてやるんだから!』
『うわあ、えななんが壊れた……』
『壊れてない!』
──乗るしかない。この止まることのない夜行列車に。