何か未練の一つでもあるのではないか。そんな疑念が私を曇らせた。
家に帰り宿題を終えた私は戸棚の扉を開ける。
ハンガーにかかった服の下には多くの楽器ケースが積まれている。
その一つを手に取り開ける。中には3つに分けられた銀の金管が詰められていた。
「もっともらしい未練、といえばこれだけど」
フルート。私が初めて触れた楽器だ。コンクールにもよく出場した。
1位を取れたことは一度としてなかったけれど、入賞はするくらいには頑張った物だ。
それ以外の楽器ケースも取り出して眺める。
ティン・ホイッスルにアイリッシュ・フルート、バグパイプもある。
きっかけは忘れてしまったけれど笛その物に魅了されたことがあった。
最初は学校で配られたリコーダー程度だったけれど、
その音色が好きでフルートへ、そして多種多様な笛に繋がった。
流石に他の楽器がマイナー過ぎてコンクールがあったのはフルートだけだから、
っていうのは内緒ではあるのだが。
どれも大切なものだったけれど、両親が死んでからはとんと触らなくなった。
誰かに言われたからではない。自分で切り捨てなければいけないと思ったからだ。
こうやって今も変わらず生活できているのは、引き取ってくれた叔父さんと叔母さんのお蔭で。
あの時声をかけてくれなければ保護施設かどこかに入れられて、
こんな生活は出来なかっただろう。
だから、私は少しでも叔父さんや叔母さんの為に頑張らなければいけない。
といっても学生で稼ぐことができるお金なんてたかが知れている。
ならせめてお小遣いくらいは稼いでその分を少しでも学費に当てて欲しかった。
それでも足りないと思って神山高校を選んだ、
ということもあるけれど別に安く済めばどこでも良かった。
「せっかく出してあげたし、お手入れの一つでもしてあげないと」
最近は手入れすることも忘れるくらい忙しかったこともあり、
全てのケースがうっすら埃をかぶるくらいには放置していた。
フルートから手に取り丁寧に磨いていく。
その輝きを次第に取り戻していくごとに、
私の中で「今演奏してみたら?」という感情が大きくなっていく。
磨き終えた後、組み立てて眺める。
今の私の腕前はどれほどだろう、という興味がついて離れない。
そっと口元に持っていこうとした時、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「お姉ちゃん、何度も言ってるけどご飯──」
飛び込んできたのは妹の『
私の一つ下の妹で今は中学三年生。私の、大切な妹だ。
文は今まさにフルートを吹こうとした私と、ちりばめられた楽器を見渡し固まっていた。
「あ、えっと、ごめん。邪魔しちゃったよね」
「ううん。お手入れしてただけだから大丈夫。それよりご飯だよね」
その返事と共に私はそっとベッドの上へ楽器を置き、部屋を後にする。
慌てた様子でついてくる文に在り来たりな質問を飛ばす。
「今日の晩御飯は?」
「オムライスだけど……あの、お姉ちゃん」
「何?」
「またフルートとか、やらないの?」
「私はもうやめたから」
その時の私は、うまく笑えていたと思う。
・
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「「「「いただきます」」」」
家族みんなで食卓に着き声を合わせて食事が始まる。
朝御飯はバラバラだけれど晩御飯くらいは一緒に食べようというのが我が家のスタイル。
「言葉さんは今日何かありましたか?」
「今日は……特に何もなかったかな」
私の表情の変化に気付いたのか、叔父さんが問いかけてくる。
実際は何もないわけがないけれど話すわけにはいかない。セカイのことも今思っていることも。
「そういえば、お姉ちゃんが楽器出してたんだよ」
「ほぅ、それはそれは」
「言葉ちゃんが楽器を。それはいいことね。また演奏しないの?」
「今はバイトで忙しいから、別にいいかな」
3人はそれから私が昔に引いていた曲の話や、コンクールの話をしていた。
私は簡単な返事や曲名を答えるだけで特に交じることはなく、早々にオムライスを平らげる。
「ごちそうさまでした」
「あら言葉ちゃん、もういいの?」
「うん。ありがとう叔母さん、今日もおいしかった」
食器を流しまでもっていって足早にその場を去る。
扉を閉めた後もまだ私の昔話に花を咲かせていた。
・
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部屋に戻るとベッドに置かれたフルートと開かれた楽器ケースが出迎えてくれる。
乾燥剤の匂いも充満していた。
「面倒くらいは、ちゃんと見てあげないと」
別に楽器が悪いわけじゃない。私が裏切っているわけでもない。
それでも使われないまま朽ちるのは嫌だろうし、私も嫌だから。
全ての楽器を清掃し終えて楽器ケースへと戻す。流石に今度は吹こうとも思わなかった。
『私はもうやめたから』
本当にやめたのなら、売るなり譲るなりすればいいのに。
なんだかんだで当時の私にはそれが出来ないまま、今の今まで戸棚の奥で眠らせていた。
それが今の私にとっていいことなのかはわからない。
踏ん切りがつかないままここまで引き延ばしてきた。
「曖昧、だよね」
私のつぶやきは誰にも聞かれることなく、宙を舞いそしてそのまま消えていった。