荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第5話「なんとなくそう思っただけ」

週末、言葉の姿は楽器屋にあった。もちろん何かを買いに来たわけではない。

バイトの制服に身を包み店内清掃のためにモップを走らせていた。

 

週末の彼女の過ごし方といえば、ビビッドストリートで演奏をしている姿が目立つが、

それはあくまでバイトが休みの時であり、彼女にとってはこれが当たり前であった。

その為本当の想いを見つけても彼女の日常に変化は訪れることはない。

 

違いがあるとすればバイト代が全て懐に返ってくるということだろうか。

それも使い道を見いだせないまま、ただ人と付き合う時にしかお金を出さない。

楽器のオーバーホールも先送りにしてしまっていた。

 

「鶴音さーん、それが終わったらレジに入ってもらっていいかなー!」

「はい! 解りました」

 

他のスタッフとの交代時間である。手早くことを済ませて一人レジに立つ言葉。

今は休日とは言え客入りが少ない時間帯で出勤しているスタッフの数は少ない。

店内では以前のようにミクの曲は流れていなかったが、絶えず音楽が流れていた。

 

そんないつもと変わらない、暇な時間が流れるはずだった。

 

「すみません。楽器修理の見積をしてもらってもいいですか?」

「はい。こちらのカウンターでお受けしますね」

「ありがとうございます」

 

大きな楽器ケースを持った少女──朝比奈まふゆがカウンターの前に立つ。

長い紫髪を後ろで一括りにして前へ流した髪型。

すっと通る声で話しかけられたからか自然と言葉の背筋も伸びる。

 

顔を覗かせたのは随分と年季の入ったシンセサイザーだった。

 

「電源は入るんですけど、F4とA4の音が出なくなって」

「解りました。確認させていただいてもよろしいですか?」

「はい。お願いします」

 

声のトーンは落ち着いていて焦りは見えないものの、表情は不安そうなもの。

確認のために初歩的な対処を行うものの、確かに言われた音が出なかった。

即座に型番や品名、購入した店や購入時期を確認し、店長を呼び出す。

言葉の手には余ることであったためだ。

 

「あー、これウチに部品あったかな……

 鶴音さん、ちょっと見てくるからお客さんに待っててもらって」

「はい」

 

軽く同じ手順を繰り返し、本人も確認したところで唸る様に声を上げた。

よくある不具合であるため店側もある程度の部品はあるものの、把握まではしていなかった。

再び二人きりで残される言葉とまふゆ。

ただ待ってもらうようにお願いしたものの、沈黙が痛かった。

 

「音楽、されるんですか?」

「えっと、少しは。と言ってもまだまだですけど」

「それなら、私と同じかもですね」

 

まふゆにとって目指す音楽の果てに何があるかなど、本人にすらわからない。

だがそれを他者に伝えるほど彼女は甘くはなかった。

 

「私も笛を演奏してるんですけど、全然うまく行かなくて。

 学校でも練習させてもらってるんですけど、まだ目標がはっきりしてないっていうか」

「そうなんですね。笛って言っても色々ありますけど、何を吹いているんですか?」

「フルートや民族音楽に使う笛、ですかね」

「民族音楽って、北欧あたりの……ケルト音楽、でしたっけ」

「はい。後は和楽器の笛なんかも」

「本当に色々……! 凄いですね、私なんかこのシンセくらいしか弾けないのに」

 

まふゆはふと視線を落とし自分のシンセに指先で触れる。

その動作一つ、まるで哀愁にたっぷりにたそがれるようで言葉は目を奪われてしまった。

それを誤魔化すために同じくシンセに視線を落とし、一言。

 

「随分大切に使ってあげてるんですね」

「えっ?」

「だって、傷もホコリもついてないので」

「それはよく言われます。私、物持ちはいい方なので」

 

内部の故障がなければ、そのまま新品として扱えそうなほどに整っている。

しかしそれはまふゆにとって優等生として見られる1つの理由に過ぎない。

 

そこで店奥から店長が顔を出し言葉を呼んだ。

内容としては部品が店にはなく、メーカーに送っての対応になるそうだ。

その為少なくとも1週間の営業日は見積もってほしいとのこと。

 

ありのまま事実を伝えると、まふゆの表情が曇った。

 

「そうですか……どうしよう。あんまり遅れると流石にまずいかな」

 

今すぐ直せるものとは思っていなかったが、

そこまで期間が開けば流石に他のメンバーに、何より奏に迷惑をかけてしまう。

それだけは何としても避けたかった。

 

「あの、もしすぐ必要なら別のシンセをレンタルするというのもありますよ?」

「レンタル?」

 

本来はライブやお試しの為に使われるものではあるが、

突然の故障で急を要するために利用することも多いという。

その提案にまふゆは首を縦に振り、早速楽器を選ぶことにした。

 

 

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました。料金までおまけしてもらって」

「いえいえ。お待たせして申し訳ございませんでした」

 

彼女が選んだのは極力自分の物と近い物。

料金も古い型だったため安く済むはずだったのだが、

そこから急な故障や随分と待たせてしまった為に、

店側からの申し出でさらに引いてもらったのだった。

 

見送りに、笑顔で応え律儀に頭を下げる。

まふゆのそんな姿に、謙虚で素敵な人だなと尊敬の念を抱く言葉であった。

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