絵名が都合をつけたその週末。いつものファミレスには4人の少女達が集まっていた。
「それじゃあ、まず自己紹介からやっちゃう?」
「うん。宵崎奏……よろしく」
「神山高校、1年C組の鶴音言葉です。よろしくお願いします」
瑞希の隣には言葉が、絵名の隣には奏が座り、
前者同士・後者同士で向き合う形でテーブルを挟んでいた。
瑞希が音頭を取って自己紹介を済ませる。
「でも驚きました。東雲さんから会わせたい人がいるなんて」
「別に変なこともないでしょ。……ねえ奏、ほんとによかったの?」
「絵名も気にしすぎ。あ、注文するけど絵名と言葉はいつものでいいよね」
「うん。お願い」
「私もいつものでいいよ」
「わたしは……うどんと緑茶で」
「オッケー、店員さーん!」
まふゆが居ないことを除けばいつものニーゴのオフ会に過ぎないのだが、今回は目的が違う。
絵名は奏のお願いを叶えただけに過ぎず、
瑞希もこの空間に自分が居なければいけない気がしたのだ。
つまりここにいる奏と言葉だけがこの舞台の主役といえる。
注文が届くまでは2人とも会話を交わすことなく、ただお互いの外見的特徴を観察している。
特に奏は噂だけ知っていた為にその雰囲気やしぐさも丁寧に脳内へと記録していた。
ほどなくして注文も出揃い、乾杯もなしに各自が食べ進めていく。
時間が経っても、唯一の部外者である言葉は奏という初見の人物について聞くことはない。
その沈黙という答えが、2人から聞いていた彼女の像が奏の中で真実味をおびていく。
「東雲さん。イラストは順調ですか?」
「ようやく喋った。アンタに心配されるまでもなく順調よ」
「ボクの方も順調だよー。お蔭様でね」
「なら、よかった……宵崎さん、でいいですか?」
「呼び方は何でもいい。気にしないで」
「なら、宵崎さんと」
奏がある程度食べ終え、瑞希もようやく冷めたフライドポテトに手を出し始めた時、
口を開いたのは言葉の方だった。
絵名は既に荒々しい口調になっていたが、それは言葉にあの質問を飛ばした時から変わらない。
今更戻す気もなかった。
「鶴音さんは、この状況について何も聞かないんだね」
「おかしいですか?」
「ううん。でも、大体の人なら聞くと思う」
「あんまり気にしないようにしてるんです。と言ってもそんな風に見えないと思いますけど」
自分以外が身内の場所に唐突に呼ばれれば誰だって困惑するし、何故と疑問を飛ばす。
しかし言葉はそれをせず、また気にする様子すらなかった。
口を開いたのも、自分の初見の相手に対してではなくこの場所に呼んだ本人に対する進捗確認。
それを挟んで対象を奏に移すも、呼び方の確認に過ぎなかった。
それを聞いて、自分の家に訪れる一人の少女のことを思い出す。
家事が得意で、表情も豊かで、こちらのことを何かと気にかけてくれる存在。
『なんて言うか、困ってる人に喜んでもらえると嬉しいんです。
そのせいでお節介やいてしまう時もあるんですけど……』
そんな少女とは対照的なそんな存在。そんな彼女に同じ質問をしたらどうなるか。
いつ消えてしまうか分からない相手を救いたいがために、答えを急いているのかもしれない。
ただ、真の意味で答えを求めるものではなく、興味の範疇でしかなかった。
「……鶴音さんは」
「助けたい人がいるけど、どうすればいいか解らない時、どうする?」
「ちょ、奏!?」「奏、それは……」
「2人は少し待ってて」
その質問はあまりにも端的であるが為に、絵名と瑞希も黙ってはいなかった。
しかし会話をしている相手は2人ではない。静止の声をかけて反応を待つ。
しばらく考えるしぐさをして、紅茶で喉を湿らせた言葉はしかと奏の目を見た。
「──わかりません」
「えっ?」
「私はその人ではありませんから。それに、今の私には助けられないと思います」
話の腰が、折れた。
「あんたねぇ! 奏が必死になって聞いてるのにその答えはないでしょ!?」
「まーまーまー! 絵名落ち着いて! 言葉も、何か考えがあってそういってるんだよね!」
絵名は今にも殺してやると言わんばかりの剣幕で声を張り上げ、
これはいけないと瑞希が頑張って抑えている。
周りの客も何事かと凝視し、店員も遠目にこちらを見ていた。
「ごめんなさい東雲さん。でも、続きを聞いてください」
「……分かったわよ。でも、また変な事言ったらただじゃ済まさないから」
「それで、助けられない、って?」
流石に騒ぎ過ぎたかと周囲の変化で気付いた絵名は感情を押し殺し、
言葉は席を立ち注目する皆に詫びの礼を入れ、元通りになってから奏の問いに応える。
「暁山さんには少しお話したんですけど、私は、助けられたばっかりなんです」
「助けてもらった……?」
「はい。寒くて、冷たくて、声も上げられない場所で1人、大切な人に助けてもらったんです」
思い出すのは、吹雪が吹き荒れる極寒の地。
投げ出された少女は歩むことすらままならず、そこで息絶えるはずだった。
それを聞いた3人の少女が思い浮かべたのは『誰もいないセカイ』だったが、
そんなはずはないと思考を破棄する。
「そんな私には、誰も救う力なんて残ってない。あげられる物は1つもない。
もしそんな状態で助けようとしたら、私も一緒に死んでしまうと思います」
「「「………」」」
「だから私は助けない。助けようとしても届かない。助けたとしても私が助からない」
助けるために伸ばす腕の力も足りず、腕の骨は既に折れ、その手を取っても自分が落ちる。
その言葉を聞いた瞬間3人は理解した。彼女は差し出せる自分の量を知っている。
冷酷ながらも自分と他人を分かち、ただ1人で自らが癒える時を待っている。
彼女の言葉は鋭かった。似ているようで違う。
今を足掻くことなく今できる最適解を尽くしている。
それは噂という鎖で縛り付けられても、それが朽ちて解放される時を待つように。
「宵崎さんには、助けたい人がいるんですね」
「……うん」
こんな質問をしたために思い当たる節があるのでは、といったくちで質問を飛ばした。
隠し切れないと判断したか、それともこの質問の本質を見極められたかは分からない。
「私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……
貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います」
かつて自分を信じてくれた人が出迎えてくれたように、少女はそう在りたいと願った。
自らの意思で歩き出す終わりの見えない旅路の果てで、おかえり、と伝える為に。
「だから、行ってください。本当に助けたいその人が待ってる場所に」
「……ありがとう」
恐らくこの少女は自分達よりもずっと先の場所に居る。
もしくは既に通り過ぎてしまったのかもしれない。
その言葉を皮切りに今日の集まりは解散となる。3人が向かう先はナイトコードであった。