25時、ナイトコードで。作業も最終盤に突入した4人は一気に曲の仕上げに取り掛かっていた。
方向性が定まっただけあってペースは速い。
『……それで、K。どうだった?』
実際に話を聞いたのは3人だけであるものの、その方向性を提示されたまふゆもまた、
淡々とそれに沿った歌詞を付けていた。
手を止めることなく、その場に居なかったものが質問を飛ばす。
「どこにでもいそうで、どこにもいない人だったよ」
『……そう』
曖昧ながらも的を射た答えを返す奏。
あの短い会話の中で彼女の全てを知る事は出来なかったが、1つだけ言えることがあった。
彼女は自分が今どこにいるのか知っている。他者と自分の違いを明確に知っている。
──自分には何も無いという事を知っていた。
何も無いという点においてはまふゆと似ているのかもしれない。
しかし違うのは『彼女が止まったまま』という事だった。
ただ周りとの摩擦を避ける為に肯定の道を佇み尊重する。
それを咎められても自らの人生経験から導き出した答えで論破する。
残された感情を全て吐き出した答え。これ以上彼女に答えを求めても何も出てこないだろう。
彼女は待つと言った。助けたい人を助けられるまで。
それは自分も助けてほしいというメッセージだったのだろうか。
恐らくそれはないだろう。与えてもまだ受け取る準備が出来ていないのだから。
そんな歪さを持つからこそ、どことなく興味が惹かれたのだと。
今は、目の前の彼女に集中しよう。誰よりも早く彼女を救うための曲を作る為に。
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「かんぱーい!」
いつものファミレスにはニーゴメンバーが集まっていた。
注文もテーブルに出揃ったところで瑞希が乾杯の音頭を取る。
各自が落ち着いた後で奏がスマホを取り出し、動画を再生した。
それは自分達が作った楽曲。
彼女達は曲を上げ終わった後、直に顔を合わせながら反応を見るのが恒例行事となっていた。
「いっぱいコメント来てるねー。良かった」
「今回は趣向を変えてみたけど、好評みたいだね」
「刺さる、ってコメントが多いね」
「あっ……」
コメントはそれぞれの曲・歌詞・イラスト・動画の演出に対して、
平等についている珍しい事でもあった。やがて動画も終わり皆が料理に手を出していく。
「そうだ。アイツにも一応言っておかなきゃ。曲が完成したって」
「お、絵名ってば律儀ー」
「そんなんじゃないわよ。ただ、協力してもらったお礼位は言っておかないと」
「そうだ、せっかくの打ち上げだしいっそのこと呼んでみたらどう?
まふゆの紹介もかねてさ!」
「あんた、どうしてそこまであいつに肩入れするわけ?」
瑞希が特別彼女のことを気に入っているのは3人とも知っている。
それは彼女の過去に意図せず踏み入ってしまったからに他ならないのだが、
話したところで3人に理解はされないかもしれない。
「呼んだら、私達がニーゴだってばれるって言ってたよね」
「それはそうだけど、今回くらいは協力してくれたし」
「あ、返事来た。『おめでとうございます。バイトなのでこれで失礼します』だって」
流石に彼女はバイトを休んでまでこちらに来ることはないだろう。
少しだけ残念そうな雰囲気で大人しくなる彼女だが、
後々考えれば呼ばない方が良かったかもしれないと一人反省していた。
「瑞希は、その人のこと好きなの?」
「流石にそれはないかな。ただほっとけない、ってやつだよ」
「そう……大変だね」
「まふゆは気にする必要ないの。瑞希も! ただの取り越し苦労でしょそんなの」
「あはは、それならいいんだけどね」
取り越し苦労といわれればそこまでで、
確かに気にしなくても彼女ならば自分の力で解決しそうではある。
他者から決めつけられた型も、この噂が廃れることでなくなることだろう。
『私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……
貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います』
何も知らず何も聞かないはずだが、信じて待ってくれるというあの言葉は、
少々ながら胸に響くものがあった。
自分の知る少女とはまるで違う答えではあったものの、確かに残るものはあった。
「……わたし達の曲、聞いてくれるといいな」
その待つ時間を埋めるように、そっと耳を傾けてほしい。そう思う奏だった。
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後日。
「ハロハロー! 言葉居るよね! 今日はお勧めの曲があってさー」
音楽室の扉を開け放ち、瑞希は一人で昼食を摂っている少女に声をかける。
結局全日制の生徒である言葉から感想を貰うには誰か1人が曲を勧めるしかなく、
直の反応が知りたいという意見もあったため瑞希が選抜されることとなった。
そして対応法も、言葉の友人のように勢いに任せた方が扱いやすいことを知ったため、
矢継ぎ早にスマホを差し出した。
しかしこちらに気付いた様子はなく、耳にはイヤホンが入っている。
何の曲を聴いているのだろうかと彼女のスマホを横からのぞき込めば、
それはまさしく自分達が彼女をモチーフにした曲であった。
思わず後ずさりしてしまう瑞希であったが、その動作でようやく気付きイヤホンを外す。
「暁山さん、今日は早いね。おはよう」
「お、おはよう。言葉、その曲……」
もしかして最初から知っていたのかと、冷汗が背中を伝う。
「いい曲だよね、ニーゴの新曲。最近は投稿ペースも上がってるし」
「あ、ああうん! いやー偶然! ボクもその曲おすすめしようとしてたんだー!」
しかし言葉は普通に嬉しそうに語るだけであった。
一言一句頭の中で繰り返しても気付いているようには思えなかった。
「まだ苦しんでる感じは消えないね」
「それって、どういう事?」
「苦しくないとこんな曲は書けないと思うの。曲も、歌詞も、イラストも、動画の演出も」
先ほどの言葉を裏切る様に、再び動画へと視線を落とす
確かを必死に励ます曲のように明るいものではない。
イラストもまるで風刺絵のような化け物。動画も歌詞をダイレクトに伝える為の演出。
気にかけている少女のその意味を体で受け止める。作品にではなく作り手に対する感想。
これが一番望んでいたものだったのかもしれないと、目を伏せそうになった。
「──でも」
それを否定する言葉で、はっと顔を上げれば優しく微笑んでいる。
「だからこそ、本当に辛いと思っている人に届くんだね」
閃光の様な鋭い希望でその心を貫いてしまわないように。そう語っていた。
「(ああ、良かったね……奏)」
その曲から得た答えをそのまま吐き出す少女に、どこか救われた気がする瑞希だった。