神山高校の音楽室の噂も新鮮味を失い、その代わりに純粋な彼女の存在が学校に知れ渡った頃。
「お久しぶりです。宵崎さん」
「鶴音さんも、久しぶり」
いつものファミレスの小さなテーブルを挟んで、2人が言葉を交わしている。
奏は父親の見舞いが終わり、言葉はビビッドストリートでの演奏が終わらせ、
帰宅途中に偶然鉢合わせたのだ。
互いに募る話もある、という事で成り行きで向かったのがこのファミレスである。
「曲、完成したんですね。おめでとうございます」
「ありがとう。これも鶴音さんのお蔭だよ」
「私は全然。あ、注文は何にしますか?」
「少し待ってて、すぐ決めるから」
メニュー表を眺めながらも、目に付いた期間限定メニューを適当に頼みつつ店員を退ける。
言葉は相も変わらず紅茶しか頼まなかった。
「この前も紅茶だったけど、もしかして好きなの?」
「はい。コーヒーよりはずっと。奏さんの好みはありますか?」
「わたしは……飲めればなんでもいいかな。水でも水分補給は出来るし」
「あらら、そうなんですか」
最初の方はなんてことのない会話が続き、やがて出てきた料理に手を出していく。
会話のない間、奏はふと少し前のことを思い出している。
瑞希が言葉に自分達の新曲を聞かせた後、奏はその内容をDMで受け取っていたのだ。
「(だからこそ本当に辛いと思っている人に届く、か)」
比喩表現にしては酷く端的な物ではあったが、その通りであった。
今救いたい少女は自分という物がない。
それでもあの人形展の一件から意見を言うようにはなった。
歌詞にもその影響が出てきたのか、今までよりも尖った表現が目立つようになった。
今回の曲にもそれは言えており、今までの彼女では到底書くことはできなかっただろう。
あの時はうまく行ったかもしれない。でも、それが何度も続けば彼女は壊れてしまうだろう。
自分達が居る暗がりの中のセカイでようやく息をすることができる。
そのことを忘れてはいけない。
ようやく見つけることができた淡い光を見失わないように、必死にあがいて生きていく。
それが、今の4人の在り方だった。
「なんていうか、静かですね」
ふと奏がその声に引き戻され見たのは、沈黙に耐えかねた彼女の苦笑。
自分としてはそこまで苦ではないことと、一対一という事をすっかり忘れていた。
それに加えて、奇しくも常に受け身の立場であり続けた人物同士なのである。
「あ、ごめん。ちょっと食べるのに集中してた」
「こちらこそすみません」
それ以上彼女が何かをいうことはない。
募る話もあると相互の一致でこの店に立ち寄ったというのに、一向に話題が出てこない。
「何か聞きたいことがあるなら、聞いてくれると嬉しい。いつもこんな感じだから」
言葉は自分のことについて語っていたが、一方の奏がどういう人間かということを知らない。
だからこそ相手に何らかしら話題を強要すれば引っ張りだしてくることも、
初めて会った時からある程度つかめていた。
「それは、東雲さんや暁山さんとも、ですかね」
「うん。ほとんど作業中に喋ってるのも絵名と瑞希だから。
わたしと……もう一人はほとんど話さないかな」
ついでを言うならばセカイに居るミクも何も話さない為、彼女に対しては皆が饒舌になる。
しかしその話題を言葉に振ってもどうしようもないので心の中に留めておくことにした。
「たしかに、東雲さんと暁山さんなら話題が尽きそうにありませんね」
言葉もまた絵名と初めて出会った時や日頃の彼女達に触れて、
一般で言う落ち着かない人であることは知っている。
自分と合わない人間、と思ってはいないものの、
ある頃から絵名に敵視されていることには把握も肯定もしている。
「今回の曲で、助けたい人は助けられましたか?」
踏み入らない彼女でも今回の話は無関係とは言いづらい。
彼女達が作り上げた曲から受け取った想いを、全て奏に差し出すように問いかけた。
しかし首を横に振る。
「まだ足りない。だからこそ、私は──」
『奏はこれからも、奏の音楽を作り続けるんだよ』
「──誰かを救う曲を、作り続けなきゃいけない」
もう止まることは許されない。
自分が止まれば失われる想いがあるのなら、その分の人の想いを背負って前へ進まなくては。
それが呪いであろうとも、進むと決めたから。
「……宵崎さんなら、できますよ」
彼女はその言葉と共に財布を取り出し、自分の分のお代を取り出そうとした。
「あっ、わたしが払うよ。今回のお礼も何も出来てないし」
「いえいえ。お気になさらず」
「でも……」
お礼としてはこれっぽっちにも満たないかもしれないが、
今回の曲は彼女から得た着想が大いに反映されている。
曲作りが第一な奏にとってそういう恩は返しておきたかった。
「でしたら、助けたい人を助けられた時、私にも紹介して貰えませんか?」
「……解った。その時は必ず」
それは呪いではなく。ただ一個人のお願いとして、奏の背中を押すこととなる。
こうして歪な関係で結ばれた少女達はそれぞれの道を行く。
いつか来るかもしれない遠い未来で、再び出会う日が来るのを待ちながら。
ご無沙汰しております、kasyopaです。
という事で今回は昨年末に実施したアンケートで1位に輝いた、
「25時、ナイトコードで。」と絡むお話を書かせていただきました。
(執筆時期はお正月辺り)
9話構成にはなりますが、サイドストーリーを4話設けておりますので、
明日以降もお楽しみいただければと思います。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。
P.S. ニーゴ編のサブタイトルを縦読みすると、モチーフとした楽曲名が出てきます。
途中で気付かれた人もいるのでは…?