泡沫の待ち人 前編
枯れ木の桜に身を預け少女は歌っていた。音源も伴奏もなくただ淡々と歌詞が流れていく。
歌声は風に運ばれるも下の街へは届かない。何故ならそれは彼女のウタでは無いからだ。
「────♪」
あれからというものこの『荒野のセカイ』では再び鈍色の雲が日の光を遮り、
溶け切らぬ雪がまだ残っていた。
また、言葉の心の声に応えるように時折ちらちらと雪を降らせてもいる。
バーチャルシンガーを除き、たった一人の想いから構成されたセカイだからこそ、
こんなにも少女の想いに敏感であった。
「その歌は初めて聞く曲だね。なんていう歌なのかな」
「最近投稿された曲なんだけど……サビに曲名があるから。ほら、これ」
保存されていた動画を停止して映し出された歌詞を見せる言葉。
戻ってきたMEIKOとKAITOが覗き込むと納得したように顔を放す。
「珍しいじゃない言葉が歌うなんて」
「演奏中は歌えないからね」
言葉が奏でるのは管楽器。それも笛のジャンルである。
一部例外はあるものの息を吹き込まなければ演奏できない。
当然口も塞がれてしまうために『一緒に歌う』ことが出来なかった。
このセカイで生まれたウタもKAITOのソロ。
演奏をする必要のないAメロ・Bメロは参加していたものの、
サビでは盛り上がりの為に楽器──バグパイプの演奏に専念していた。
そういう意味では言葉が自分の意思で歌を口にするのは珍しいと言える。
「歌ってるのは……25時、ナイトコードで。不思議なアーティスト名ね」
「私は好きだよ。どういう人達かは分からないけどね」
このネットの海で自らの『声』を発信するのは簡単だ。
顔も見えないために自分らしさを演じる者も少なからず存在している。
それがこのナイトコードの面々ではあるのだが。
「今日も街の方に行ってたの?」
「いや、今日は荒野の方を探索していたんだ」
「地平線が見えるくらい広いとどこまで続いているか気になるじゃない?
目印はこの桜の木があるし体を温めるのも兼ねて、ね」
なるほど、と遠くの方では点々と枯草が残るだけの荒野を見る言葉。
地平線の付近では鈍色の雲によって境界線がかなりあいまいになっており、
どこまであるか見当もつかなかった。
そんな荒野を行こうというMEIKOの行動力に少しばかり脱帽してしまう。
「探索するなら折角だし私は街の方かな」
「なら、この機会に行ってみるかい?」
「2人がいいなら」
「断る理由なんてないわ。ほら、行きましょ」
MEIKOが言葉の手を引き、KAITOもその後に続く。
こうしてこのセカイの主は街の方へと足を踏み入れるのであった。
・
・
その街並みはヨーロッパを彷彿とさせるものではあったが、
高い塔などは鐘がつるされた一つきりであり、
3~4階建てと思われる集合住宅の様な建物がのきを連ねていた。
しかし日が遮られている為か屋根どころかその壁も薄黒く染まっている。
「ここもずっとこんな感じなんだよね」
「そうだね。明かりも特には見えないから今の所は誰もいないかな」
「言葉はどう? 何か思い当たるのはあるかしら?」
「特にこれといって。ヨーロッパなんて行ったことないから……」
荒野に似合うとするならそれこそ、ラスベガスの様な場違いな豪華絢爛な摩天楼だろう。
しかし民族的な要素をファンタジーとして捉えるなら、
このヨーロッパを題材にしたような街並みがお似合いなのは間違いではない。
「でも、人が居ない理由は分かる気がする」
「その理由は?」
「他の人に構ってられないから、かな」
あの時ニーゴの3人に伝えたことと同じ内容を口にする。
それに付け加えてここに人がいないという憶測を語る。
「今の私はこの街を作るだけで限界なんだと思う。
まだ住人を思い描く余裕が無いんじゃないかな」
「なるほどね。いつまでもそのままってわけにはいかないけど、今はゆっくり休むときよ」
「焦らず自分のペースで進んでいけばいい。その為にもあそこに行こうか」
KAITOは言葉の背中を押してある場所へと足を向けた。
そこはそんな色褪せた街の中で唯一小さな看板が掛けられた建物。名前はない。
店内に明かりはなく薄暗いことには変わりなかったが、
勝手を知ったる2人は置いてあったマッチを手に、所々置かれたランプに火を灯していく。
明かりの灯った店内には雑貨が並んでおり、
窓際には一服するために取り付けられた机と椅子が並んでいた。
それを見て言葉はここが2人が御用達の店だという事はすぐに把握する。
お店の中を物色するのは自分の良心が揺らぎそうになるも、ここはもとより自分のセカイ。
自分が望んで作り出した物であれば、気にする必要すらなかった。
そうして迷っているうちにもMEIKOはストーブでお湯を沸かし、
紅茶を淹れる準備に取り掛かっている。
一方のKAITOはお茶受けにとお菓子の缶を手にしてはお皿へと盛り付けていた。
「あ、私も何か手伝う「言葉はお客様だから僕達に任せてゆっくりしているといいよ」でも」
「ならティーカップを見繕ってくれないかしら? そっちのガラス戸棚に並んでいるから」
何か手伝おうと声に阻まれてしまうも、
真面目な性格からかそれともまだ2人に慣れていないからか納得のいかない言葉。
そこで簡単ながらも重要な仕事を与えられ、戸棚へと向かった。
「いいのは無いかな……あれ?」
様々な意匠が施されたカップがあるなかで、見覚えのある物が一つ。
それはここ最近行きつけとなっていたファミレスで出てくるカップだった。
チェーン店特有の、安物の量産品でしかないが言葉の緊張を解すにはちょうどいい。
もし割れてしまっても他のカップよりか心が痛むことはないだろう。
「じゃあ、これでお願いします」
「はい。それじゃああっちの席でKAITOと待っててくれる?」
「ありがとう、MEIKO」
厨房を離れKAITOの元へと向かう。3人だけのお茶会が、今始まろうとしていた。