「はいどうぞ。たまには紅茶でもいかが?」
「むしろ嬉しいです。コーヒーあんまり得意じゃないので」
「なるほど、だからこのお店にはコーヒーがないんだね」
「茶葉なら10種類以上あるのに豆が1つもないから、変わってるって思ってたんだけど」
果たしてなんの意味が込められているかは分からないものの、
言葉は苦笑しながらも紅茶を口にした。
「おいしい……! これ、すっごくおいしいですMEIKOさん!」
「お褒めに預かり光栄よ。ほら、お菓子もあるからどうぞ」
いくつもあるお菓子の中から選ばれたお菓子たち。
マドレーヌやクッキーを始めとして、普段は見かけないフロランタンまであった。
折角だしと言葉は最後に目に付いたフロランタンを手に取る。
「……すごい、こんなにおいしいの食べたことないかも」
「気に入ってくれたみたいだね。僕も選んだ甲斐があったよ」
「とか言って全部缶から出しただけでしょ?
KAITOも料理の1つくらい作れなきゃ甲斐性ないわよ」
「ははは、MEIKOに言われると確かに耳が痛いね。覚えておくよ」
笑いを誤魔化すようにKAITOも菓子を口にしティーカップを傾けた。
それに対してやれやれと首を横に振ると、言葉を挟むようにMEIKOも腰を掛ける。
しばらく談笑が続いていたが、紅茶がなくなると共にMEIKOは席を離れ会話が途切れる。
お菓子も少なくなってしまいKAITOも席を離れてしまった。
1人席に残された言葉はおもむろに窓の外へと視線を移す。
外ではハラハラと雪が舞い降りており、再びその石畳を白く染めようとしていた。
「(雪なんてもうこっちにきてから随分と見てない気がする)」
東京のほぼど真ん中といえる街に近い場所では異常ともいえる寒気に影響されない限り、
雪など幻想の産物でしかない。
それに田舎の雪を見慣れた言葉からすれば、都会の雪というものに風流さの欠片も感じない。
そういった意味合いも合わせて、このセカイという場所は好都合であった。
ふとお菓子の他に何か無いかなと店の中を散策する。
ガラス戸棚の中にはティーカップ以外にも、ワイングラスやショットグラス何かも置いてある。
その隣にも棚があるが、こちらはバーのように様々なお酒が陳列されていた。
未成年なのにお酒がある違和感に首を傾げていれば、更にその横にワイン樽もある。
もはや訳が分からない。恐らく雰囲気づくりのインテリアとして置いてあるだけだと思う。
いくら取り締まる人がいないセカイだからと言って、
ここで食べたものが現実でどのように影響を及ぼすか分からない。
それ以前にそこまで良心を踏みにじる愚行を犯せるほど、言葉は落ちぶれていなかった。
気を取り直して散策を再開すると、蓄音機が置いてあることに気付く。
1枚だけレコードが乗せられており回っていたものの針は乗せられていない。
ただ作業音だけが響く中で少しの寂しさを覚えていた彼女は興味本位で針を置いた。
「わ、わわわっ!」
その途端流れ始めたのは軽快なドラムとトランペットの音色。
いわゆるジャズというものだが落ち着いた店内にはいささか騒がしすぎた。
予想外の出来事に戸惑い辺りを見渡せば、
一瞬何事かと2人は蓄音機を見るも流れる曲に歌詞を口ずさんでいる。
なんとか落ち着きを取り戻した言葉は、
この曲が初めて2人を知ることになった物だと気付くのに時間はそうかからなかった。
「2人ともこの曲、知ってたんだね」
「当然。この歌はこのセカイに最初からあった歌だもの」
「これは言葉にとってどういう曲なのかな?」
2人は当然この曲の歌詞やメロディーを知っている。しかし『存在する理由』は知らない。
あくまで本人に言わせるために、その問いかけを飛ばした。
「これは、私にとって特別な曲。貴方達を知るきっかけになった曲だよ」
目を閉じてかつて妹に聞かせてもらったことを思い出す。
言葉にとっての2人の始まりの曲はこれなのだ。
「ねえ、もし良かったら歌ってほしいな。迷惑じゃなかったらだけど」
「迷惑だなんてそんな。寧ろお願いされたら歌わないとね」
「ええそうね。なんたって私達はバーチャルシンガーだもの」
追加のお茶とお菓子を用意したところで、少し開けたスペースにMEIKOとKAITOが躍り出る。
こうして、言葉の為のライブが幕を開けたのだった。
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全てを聞き終えた言葉は長居しすぎたとセカイを去り、残された2人は後片付けをしていた。
「久々に歌えて気持ちよかったわ。それに見た? あの満足そうな顔」
「僕からはあまり変わったようには見えなかったけど、そうだったかい?」
「まったく鈍感ねー」
まだその名の通り、言葉では感謝を伝えるもののどこかよそよそしい感じのある彼女。
上辺の笑顔は作れても、どこか憂いは残っている様子だった。
「これであの子の心を少しでも満たせればいいんだけど」
「そうだね。でも、僕達もまた焦ることもないんじゃないかな」
「他人には敏感で自分には鈍感、ってやつでしょ? 確かに言葉にはそういうけがあるわね」
真実までは見抜けないものの相手の言動には敏感な彼女ではあるが、
自分の変化に関しては一切合切隙のない少女。
少なくともそれを察知している人間はいるのだが、踏み入ったことを聞く者はいない。
「だからこそ、僕達がここにいるんだけど」
「ルカはともかく、ミクには到底出来ないでしょうね」
セカイに彼女達がいる理由は、彼女達であっても知らない。
それでも最適解と呼べるまでのキャスティングであることは間違いない。
誰もが知る歌姫、と名高い彼女がいないのも何か訳あってのことだろう。
その事情すらうっすらと気付いている辺り、2人はやはり他の面々と違い大人なのだ。
「ところでKAITO、このカップだけどこの前見かけたかしら?」
「僕は見てないね。随分と作りも違うしね」
お互いの確認が取れたところで微笑みあう。
あの石碑と同じでここに元からあった物。ただ彼女が気付けなかった想いのひと欠片。
ここではないどこかで、言葉が得た一つの答えであった。