言葉が休日バイトに出ていると、見覚えのある客の姿が見える。
「こんにちわ。また会いましたね」
「いらっしゃいませ。突然お呼び立てしてすみません」
その少女──朝比奈まふゆはあの日と変わらぬ様子で微笑み、
両手で大きな楽器ケースを抱えていた。
お互いに名前も知らないが店の中、特に店員と客の関係である以上知る必要もない。
一度言葉が事務所の方へと引っ込めば、別のシンセをもってカウンターまでやってくる。
「念のために一度音を出していただいてもよろしいですか?」
ケースから顔を覗かせたのは、修理に出していたシンセサイザー。
ただの確認作業ではあるが軽くワンフレーズ演奏する。
それはつい最近自分達が投稿した曲であった。
言葉はついそのことについて漏らしたくなるも、
一度一歌と咲希の前で失態を晒している分彼女の口は堅かった。
「前より弾きやすい、というか素直になってる?」
その甲斐があったかは分からないものの、かわりにまふゆが首を傾げる。
修理に出す以前よりもずっと引き心地が良く、自分の指に応えてくれていた。
「他の所も痛んでいたそうなので、メンテナンスと交換をさせていただきました。
本来ならその分の追加料金を頂きたいところなんですが……」
「ふふ、商売上手ですね。おいくらですか?」
「あ、いえ、そうではなくてですね」
そのことになるほど、と思い財布の口を開くまふゆであったが、言葉は焦った様子で遮る。
レジに表示されている値段は、当初の見積もり価格と何も変わっていない。
「こちらで勝手にやったことですので、店長がお代はそのままでいいと。
むしろ余計なことをじゃありませんでしたか?」
「いえいえそんな! むしろありがとうございます」
「なら、良かったです。ではお会計を」
いつもの愛想笑いと共に頭を下げて、お金を渡す。
その感謝の言葉がどこから出てきたのかは、まふゆにも分からない。
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時と場所は変わり、25時、ナイトコードで。
『──そういうわけで、おまけしてもらった』
「そうだったんだ。優しい人達だったんだね」
『優しい……それはわからないけど』
今日も変わらず4人の少女達はボイスチャットで繋がりながら作業を進めている。
話題の中心はまふゆのシンセサイザーが戻ってきたこと。
『いい人、だった思うよ』
『接客業なんてそんなもんでしょ。どうせ今後とも御贔屓にっていういつものやつよ』
『えななん辛辣ー。でもいいなー。ボクだったら絶対常連になるかも』
まふゆの口から『いい人』という珍しい単語が飛び出してくるも、
所詮は客と店員の関係でしかない。
しかも恐らく初めての来店客であるなら、どうにか固定客になってほしいと必死になるものだ。
そんな見え透いた常套手段だと絵名は一蹴し、冗談でも乗っかる瑞希。
『あれ……ちょっと待って雪、その楽器屋さんってどこの楽器屋さん?』
『駅から少し北西にそれたところ』
『店名! 店名教えて!』
『名前は覚えてない。一番有名なところだと思う』
『じゃあさ、ここの楽器店だったりしない!?』
チャット欄に一つの楽器店のリンクが貼られる。
変に食い入ってくる彼女に多少の面倒さを覚えながらまふゆはリンクからページを確認する。
『うん。ここで合ってる』
『やっぱり!? そこにボク達と同じくらいの子いなかった?
ほら、赤っぽい黒髪の、ポニーテールの子。メガネかけてる』
『……接客してもらったのは確かにそんな感じの子だった。それがどうかしたの』
『うわっ、こんなことってあるんだね!』
『あーもう、Amiaはちょっと黙ってて! 集中切れるから!』
「Amia、言いたいことは分かるけど、落ち着いて」
1人またもテンションが振り切っている彼女に対して、これはまずいと絵名と奏が声をかけた。
直に会ったことのある2人だからこそ、その先の答えを知っていたが、
一旦落ち着けることは必要だと思ったのだろう。
『あはは、ごめんごめん。でも普通こんなことってあると思う?』
『ま、そういうこともあるでしょ。私は絶対行かないけど』
『……K、どういうこと?』
なんとか通常よりやや高めまでに落ち着いた瑞希が笑いながら答え、
非常に面倒くさい様子で返すお決まりのパターンであった。
しかし奏の方も何か知っているようなのは確かで、まふゆは説明を求めた。
「その雪が会った店員さん、この前投稿した曲のモチーフの人なんだ」
そもそもその店で働いていること自体は絵名も奏も知らなかった。
しかしその容姿の説明と本人の騒ぎ具合から大方予想したに過ぎない。
『そうだったんだ』
で、それがどうかしたのか、と言わんばかりに会話はそこで終了してしまう。
しばらく無言の時間が流れる。
『で、雪からしたらいい人だったんでしょ? 他に何かないわけ』
そんな中で会話を再開させたのは絵名の方であった。
言葉のことを嫌っている彼女からすれば、そういう問題に踏み込むのは珍しいと言える。
『別に。店員としていい人だったと思うよ』
『それ、私が言ったことと何一つ変わらないんだけど。
ほら、人形展の時とか体育祭の時みたいに何か感じたことはないかって聞いてんの』
まふゆは自分で自分を見つけることができる状況ではない。
だからこそ3人は、外部からの刺激によって何かしら変化がないか伺っている。
1つでも多くの情報を。どんな些細な事でもいい。彼女自身が何を思ったのかが重要だ。
『……ないよ』
「そっか……」
まだこの少女は言葉の内情を知らない。今ここで説明しても効果は薄いだろう。
だからといって彼女に無理やり合わせるわけにもいかない。この辺りが限界といった所か。
『──ただ、シンセサイザーが戻ってきてくれて、安心した、と思う』
どうやらあの時と同じく、影響を与えるのは必ずしも人というわけではなさそうだった。