どこまでも続く真っ白な大地に、鉄の骨組みと三角のオブジェが所々突き刺さっている。
また、描きかけの絵のように線が散りばめられては途切れていた。
日の明かりのように明確な光源はなく、薄明かりに覆われた『セカイ』で、
一人の少女がどこか遠くを眺めている。
その視線の先に何があるわけでもない。ただそこにいるだけ。
纏まりもなく結ぶ位置がずれてしまっている白のツインテール。右足にだけ履かれたソックス。
緑とピンクのくすんだオッドアイ。
「……ミク」
その名を呼ばれ少女は振り返る。
──初音ミク。世界で最も名の知れたバーチャルシンガー。
そしてこの『誰もいないセカイ』における、唯一本当の想いを探す為の存在。
浅葱色の少女という面影など忘却の彼方へ消えてしまっていたものの、ミクはミクであった。
「……まふゆ」
声をかけたのはこのセカイの主であるまふゆ。
このセカイでは本当に様々なことがあった。
幾多の独白の果てに得た1つの答え。生まれたウタ。
孤独な人形と共に得た、1つのセカイの形。
一言では語れないことが多すぎるものの、相も変わらず『何もなかった』。
それでも、まふゆにとって、ニーゴにとって、この空間は居心地のいいものであった。
「……今日も、お願い?」
顔の表情を何1つ変えず、空白を埋めるように言葉を綴るミク。
直近での出来事といえばまふゆがシンセサイザーを預けに来たくらいで、それ以外は何もない。
理由はどうであれここを訪れてくれることは、ミクにとって嬉しいことではあるのだが。
「ううん、今日はお礼を言いに来たの。
お願いは、叶えてもらったらお礼を言わなきゃいけないって、瑞希が言ってたから」
「そう」
「だから、ありがとう、ミク」
「っ! うん」
感謝の言葉も彼女にとっては嬉しいことで。少しばかりびっくりしてしまった。
心構えができるほど心が形成されていないのか、その驚きは長い髪が揺れることで現れる。
「どうしたの、ミク」
「……もう1回、言ってほしい」
文字にすればたったの5文字。言葉にすれば5秒にも満たない音の響き。
それでもよくわからない何かが胸の奥で高鳴り、気付けばもう一度とお願いしていた。
「いいよ。……ありがとう」
「っ! うん、うん」
まるで親鳥から餌をもらう雛の様な反応だと、まふゆは思ってしまう。
しかし自分で言える感謝の言葉はこれきりで、お願いされても口にすることはできなかった。
中身のない感謝など、自分でもよくわからない音の響きなど、意味があるのだろうか、と。
しかし、ミクが嬉しそうならそれでいいと自分の中で決着をつける。
「じゃあ、私はこれで」
「……まふゆ」
このセカイを去ろうとして、もう一度名前を呼ばれる。
「ありがとう」
誰もいないセカイに、歌以外の音が初めて響いた気がした。
・
・
「ミク、来たよ」
「元気してる?」
「久しぶりー」
「奏、絵名、瑞希……まふゆは?」
「冬期講習で今日は遅くなるって。今日もあやとりやったの?」
「うん。見て。東京タワー」
誰もいないセカイで、3人の少女達がやってくる。
表情一つ変えないものの、初めて出来たことをほめてほしい子供のように見せてきた。
「わあ、ほんと。ミク、あやとり上手だね」
「ボクが教えた時よりずっと成長してるよねー。いつかギネスも取れちゃうんじゃない?」
「ミクはミクで、別のギネスを取ってそうだけど」
セカイ新記録なら今まさに更新中、
といった所だろうがそんなうまいジョークを考え付く者がこの場にいるわけでもなく。
そんなことを言いながら奏はあたりを見渡していた。
「……奏、どうしたの?」
「えっと、この前みたいにまた物が増えてないかなって思って」
「あ、確かに。この前はこのマリオネットだったもんね」
自分達に何らかしらの影響を与えた少女をモチーフにした楽曲。
少なくともまふゆも接触していることから、
何かしら変化があってもおかしくないと思ったのだろう。
しかしいくら探してみても目新しさを感じるものは存在しなかった。
「だめかー。やっぱりしっかり会って話をしないとダメみたいだね」
「まあ、分かってたけど」
「………」
瑞希と絵名がそれぞれ思い思いのことを口にするも、奏の表情は少し暗かった。
何も変化がないという事は、自分の作った曲も影響を及ぼさなかったという事。
それならば次の曲を作らなければ。まふゆを救える曲を。
はやる気持ちのまま前を見れば光が舞い散り、そこにまふゆが現れた。
どうしてか息が上がっているようにも見える。
「まふゆどうしたの! もしかしてまたあの時みたいに」
「……違う。ただ、会いたいって思った」
「えっ?」
薄い変化ではあるがその表情は3人の姿を見て少し和らいだようだった。
「会いたいって、わたし達に?」
「そうかもしれない。でも、違うかもしれない」
少しの期待を抱いた3人であったが、それほどの変化はないのかも、と諦める。
「でも、最近はあの人の話ばっかりだったから。
どこか取り残されてる感じはあった……かもしれない」
「まふゆ」
答えの見えないまま戸惑う少女に、白い髪を揺らしミクは口を開く。
「私も、会いたかった。奏達も、そう」
「……本当に?」
まふゆがそう願ったのかは分からない。しかし間違いでもよかった。
他でもない救いたい少女から出た言葉だったからこそ。
「うん。わたしも会いたかった」
不格好かもしれない笑顔で、答える。
誰かを救う──何よりまふゆを救うためなら止まることを知らない。
宵闇の平穏が訪れるのはまだ早かった。
ご無沙汰しております。kasyopaです。
今回の話でニーゴ編は幕引きになります。
本編の方では奇数話が言葉(オリ主)の話、偶数話がニーゴの話、
といった風に実質的なダブル主人公みたいな形式を取らせていただきました。
分かりづらかったとも思いますが、楽しんでいただけていたら何よりです。
さて、次回ですが『主人公が変わります』。
オリ主・オリキャラ物というからには、もう1人、いるわけです。
次回、宮女編「Dancing fool、Watching fool」でお会いしましょう。