『一応確認だけど、ちゃんと用意してるんでしょうね?』
家に帰ってのんびりと笛の練習をしている言葉のスマホに、一通のメッセージが入る。
それは最近音沙汰無い絵名からであった。
あれから楽曲が完成してからも連絡先は削除していないものの、連絡は取っていない。
文言からして送る相手を間違えたのだろう、と既読をつけつつも気にしないようにする。
しかし返事をしないことから彼女の逆鱗に触れたらしく、
しばらくするとまたメッセージが送られてきた。
『ちょっと、返事くらいしなさいよ』
『もしかして寝落ち?』
『奏のお祝いの準備、遅れても知らないんだからね!』
「宵崎さんのお祝い……?」
一個人の祝い、となると何かの記念日だろうか。
おそらくは誕生日と予測を立てつつ、丁寧に間違っている旨をチャットで送信する。
すると今までうるさかった通知が止む。
画面の向こう側で彼女がどうなっているかなど考えるまでもない。
そして言葉からすれば、奏と日頃から交流があるわけでも、お世話になっているわけでもない。
しかし、いざ知らされれば何もしないわけにもいかないのが自分の性分であった。
『──誰かを救う曲を、作り続けなきゃいけない』
縛られたようでありながら決意の籠った彼女の顔を思い出す。
「……といっても、住所も何も知らないんだけどね」
菓子折りの1つでも送ることが出来ればと思ったものの、名前と容姿以外は何も知らない。
連絡手段もこの絵名を挟むほかなかった。
チャットで祝いの言葉を述べても、あの嫌われようから伝えてくれるかどうかは怪しい。
「応援することも、背中を押すことも出来ない私に出来る事、か」
自分で言ったことを復唱しつつ何もないことを実感していた。
ふと、部屋の回りを見渡せば先ほどまで練習していた笛が目に入る。
「そうだ」
何かを思いついたようにその笛とスマホを手に取り、言葉は光に包まれた。
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それから時が経ち、ニーゴの面々がライブを終えて今日の作業を始めようとした時だった。
『あれ? こんな時間に誰からだろ……げっ』
まだ祝い足りないと瑞希が駄々をこね始める矢先、絵名の連絡アプリの通知が飛ぶ。
そこには1つの圧縮フォルダが送られてきていた。
『夜分遅くに失礼いたします。少し遅れてしまいましたが、
こちらのファイルを宵崎さんへお送りいただけると幸いです』
ご丁寧に定型文とも取れる文章まで添えられている。
「どうしたのえななん、変な声出して」
『あ、ううんなんでもない! ちょっとスパムメールが来てびっくりしただけだから』
『なーんだ、弟くんがきたのかなーって思ったのに』
『来たらミュートにしますー。この前みたいな失敗もう二度としないし』
と、いいつつ盛大に誤爆をやらかしたのは口が裂けても言えなかった。
自分が招いた結果とはいえ、いざ真剣に返されれば対応にも困るという物。
彼女のことだから害有るものとは考え難いものの、渡すには勇気が必要だった。
『そんなことより作業作業! ほら雪だって久々に乗り気みたいだし』
『……そうなんだ。わからなかった』
『そこは自分のことだから解りな……ってまあ、まだ無理な話よね』
場の空気を変えるためにまふゆまで巻き込もうとするも逆にツッコミに回らざるを得なくなる。
それでもある程度はいつもの調子を取り戻し、作業に打ち込むのであった。
・
・
『よーっし、とりあえずこのくらいかな~。K、ちょっと見てもらっていい?』
「うん。確認する」
『私も、少し見てもらっていいかな』
「わかった。送ってくれると嬉しい」
他の2人は作業のキリがいいのか奏に確認してもらっていた。
それによって現実に引き戻された絵名が見たのはまるで進んでいないイラスト。
「えななん、イラストの方は大丈夫?」
『あっ、ごめん、ちょっとまだ……』
「そっか。あんまり無理しないで、納得のいくようにしてくれたらそれでいいから」
『ありがとうK』
奏が確認作業をしてる間は一息つける、というのがニーゴではよくあること。
作業こそ進んでいないものの根詰めた状態に近かった絵名も休憩に入る。
「Amiaも雪も、このままの路線で進めてもらって大丈夫」
『やった、ありがとうK!』
『……わかった、じゃあこのままで』
「わたしも、少し休憩する。もし何かあったらチャットで呼んでくれたら」
『あ、じゃあじゃあ、今度の週末ファミレスで改めて奏の誕生日祝い、しようよ!』
瑞希の提案を聞き流しつつ、絵名はどうしても言葉からのファイルが気になっていた。
あれから確認のメッセージすら飛んでこない。
今の時間帯なら寝ているだろうが、追及してこないのもまた重圧となっていた。
渡すのを引き延ばすほどにその重圧と興味が思考を支配していく。
明らかに筆の進みは遅いのもそれが原因だった。
『えななん聞いてるー?』
『聞いてる。今度の週末でしょ?』
『違う違う明日の祝日! ほら、建国記念日だしそっちの方が近いでしょ』
『あ、そっか。明日祝日だっけ』
昼夜が逆転している立場からすればそのあたりの感覚は鈍くなっている。
『ボクも雪もKも予定ないけど、もしかして予定あった?』
『別に私も空いてるけど』
『よし、じゃあ決まりだね! 時間はー……』
段取りをつけるのは上手いな、と思いつつそれに紛れて奏へ個人チャットを送る。
本人はマイクをミュートにしつつカップ麺が出来上がるのを感覚で計っていた。
『これ、誕生日プレゼントにって送られてきたんだけど……』
「……? 誰から?」
『ほら、この前曲作った時にモチーフにした子。ちょっと手違いで知られちゃって。それで』
「鶴音さんから……なんだろう」
ようやく相手の元に届いたファイル。その中には1つの音楽ファイルが入っていた。
タイトルはない。『Untitled』でもない。
導かれるままに再生すれば、穏やかなアコースティックギターと笛の音が響く。
随分ゆったりとした曲だなと思いつつ耳を傾ける頃に青年の声が流れ始めた。
「これって、もしかして……バーチャルシンガー?」
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「ごめんねKAITO、急に押し掛けて歌って、だなんて」
「ううん、気にすることはないよ」
「MEIKOもありがとう。楽器演奏してくれて」
「ふふ、雑貨屋にそれっぽいものがあってよかったわ」
これで訪れるのは2回目となる雑貨屋。
そこにはギターを傾けるMEIKOと、少し晴れやかな表情をしたKAITOの姿があった。
歌を作り続ける少女に対して想いを伝えるには、やはり歌しかないと思ったのだろう。
その代行を頼んだのは少々心苦しかったが、今の言葉にそんな力はなかった。
「いつか届くといいな」
色褪せたセカイで、一人の少女はそう呟くのであった。
歌う大地/hinayukki 仕事してP