スマホのアラーム音とバイブレーションで目を覚ます。
カーテンの隙間からは日の光がさしていた。
内容は覚えていないけれど、随分と懐かしい夢を見た気がする。
まぁ覚えていないという事はそこまで重要な内容じゃないという事だろう。
身だしなみを整え学校の制服に着替えて部屋を出たところで、
スマホの待ち受けに今日はバイトの日という文字が浮かんでいる。
「いけない、制服もっていかなきゃ」
部屋の端に置いてあるバイト用の制服をカバンに詰め終え、食卓の扉を開ける。
そこでは既に食後のコーヒーを飲んでいる叔父さんと台所に立つ叔母さんの姿があった。
「叔父さん、叔母さんおはよう」
「おはようございます、言葉さん」
「おはよう言葉ちゃん。お弁当ももう出来てるわ」
「ありがとう。いただきます」
席について食事を始める頃には、叔父さんは席を立ち玄関へと向かおうとしていた。
「それじゃあ私は行ってくるよ」
「はーい、気を付けてね」
「いってらっしゃい叔父さん」
「おはよー……」
入れ違いで入ってきたのは妹。まだパジャマ姿で眠いのか目をこすっている。
髪が寝ぐせであらぬ方向を向いていること以外は、いたって普通の朝の光景だ。
「あらあら文ちゃん、髪が凄いことになってるわ」
「最近ねー、寒くてお布団が放してくれないのー」
「ほら文、顔洗ってきたら?」
「んー、シャワー浴びてくるー」
会話がかみ合っていないところを見ると相当眠いようだ。
顔を洗ってくるように促してもちょっとだけずれた返答をして洗面所の方へと歩いて行った。
まぁシャワー浴びる程度だったらまだ時間があるから問題はないと思う。
「ごちそうさまでした。叔母さん、いってくるね」
「はーい。今日はバイト?」
「うん。この前みたいに遅くなることはないと思うから」
「分かったわ。遅くなる時でも連絡さえしてくれれば問題ないから、気にしなくていいわよ」
「ありがとう。それじゃあ行ってきます」
弁当箱を受け取って玄関へ。
廊下の奥からは微かにシャワーの音が聞こえてくるあたり、本当にシャワーを浴びているらしい。
「叔母さーん! シャンプー切れてるー!」
「はいはい。ちょっと待っててね」
いつもよりちょっとだけ騒がしい朝に笑みをこぼしつつ家を後にした。
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今日も何事もなく学校を終えてバイト先へ。
「おはようございまーす」
「鶴音さんおはよう。今日もよろしくね」
「はい、頑張ります」
事務所の扉を開きながら挨拶。真っ先に気付いた店長さんが返事をしてくれる。
制服に着替えてからフロアへ。
職場の人達とはあんまり話さないけど、別に空気が悪いってわけではない。
私が入った頃には独特のコミュニティみたいなのが出来上がっていて、
そこに入ることがはばかられたからだ。
フロアもそこそこ広いから色々見て回ったりもしないといけなくて、
忙しいわけではないけれど日課の様なものが多い。
大体売れるのも楽器よりチューニングやメンテナンスの為の道具とかが多い。
「鶴音さんって落ち着いてるわよね。何事にも動じないっていうか」
「それ分かる。お化け屋敷とか行っても全然驚かなさそうだよね」
ほとんど同年代の先輩達が私のことで何か話している。
名前だけはかろうじて聞き取れたけれどそれより後は何を言っているのかは聞こえなかった。
そんな中で店内の有線放送が聞いたことのある曲を流し始めた。
「これ、ミクの曲だ」
ほんの少し前から話題になっていたアプリゲームの書き下ろし曲、だったか。
軽快なギターとドラムの音色が心地いい。
昔にアニメの影響で楽器を始めた人も多いと聞くが、
今でもバーチャルシンガーの影響でギターやキーボードを買いに来る人は多い。
楽譜もそれなりに取り扱っているから、とりあえずの入門としてはちょうどいいだろう。
「(そういえば、あんまりMEIKOとKAITOの曲ってこういうところじゃ聞かないよね)」
ちょっとだけ不遇かもしれないけど、それはひいきというものだ。
それになんとなく、その方が隠れた名曲なんかも多くて私は好きだった。
「鶴音さん、ミク好きなの?」
「えっ、はい。好きですけど」
私のつぶやきに反応してか、偶然通りかかった店長が話しかけてきた。
確かに初音ミクは世界的に有名なバーチャルシンガーだ。
国内だけでなく海外人気だってそこそこある。
「そうなんだ、私も好きなんだー。何の曲が好き?」
「この曲とか、ですかね」
売り物である楽譜の一つを開き、目次でタイトルを指す。
初音ミクの中でも卒業ソングとしても歌われたことがあるくらい有名な曲。
「へぇー。随分渋い曲が好みなんだね。私はやっぱりこれかなー」
店長が指したのは、莫大な人気を誇り幾多の有名な歌手やアイドルにカバーされた曲。
タイトルの一部から連想したのだろうか。
「それも凄い曲ですよね。なんていうか、ピアノとギターのパワーが違うっていうか」
「そうそう! 私もピアノやってたから弾いてみようって思ったんだけど、
すっごく早いし一番弾きたいところは一番難しいしで、結局諦めたんだけど」
たはは、と頭の後ろをかきながら笑う彼女に合わせて私も笑みをこぼす。
「さてさて、息抜きもこれくらいにして、入ってきた商品があるから陳列頼める?」
「はい。任せてください」
店長に連れられて店の奥へと歩いていく。初音ミクの歌声はまだ店内に響いていた。