お昼休み。わたしは教室の雰囲気に耐え切れなくなってお弁当を片手に教室を飛び出した。
1人になりたい一心で廊下と階段を駆け抜け、屋上の扉を開け放つ。
そこには誰もいない。それでもまた何かしらネタにされたら困るから、給水塔の裏に隠れた。
「ほんと、馬鹿みたい」
何のために始めたのかも分からないことで必死になって。
ただ楽しかったから続けてどうでもいいような嘘に足元を掬われて。
それでわたし自身の居場所まで奪ってしまった。
どこで間違えたの? そんなの最初からに決まってる。
誰かが見てくれるから始めただけの趣味で自分が喜ぶわけがない。
縛られていくだけで何の得もない。自分が得られる物なんて、なにも。
──誰かって、誰だろう。わたしは、誰のために頑張って。
違う。全部逃げていたんだ。
お姉ちゃんが変わってしまって、自分ではどうにもできないって暗くなって。
そんな自分が嫌でいろんな好きを見つけて、自分の心の穴を埋めようとしただけ。
これもその1つでしかない。
スマホが震えて何かの通知が飛んでくるけれど、見る気にすらならなかった。
流れる涙を必死にこらえながらその場でうずくまる。
誰もいないその静かさだけがわたしの味方だった。
「それで、紹介したい人って?」
「うん、でもそれが連絡取れなくて……教室にもいないみたいだったし」
「何か別に用事でもあったんでしょ?
それより早くしないと体験入学生の子に見つかっちゃうわよ」
「あの時は大変だったものね~。最近はそれほどでもないんだけど」
しかしその静かさも、無情に引き裂かれてしまう。扉が開かれ足音が聞こえてくる。
妙に聞きなれた声だったけど気にしては居られなかった。
ここにいれば見つかることもないし出ていくのを待ってからお昼にしよう。
「じゃあ、お昼前の軽い通し行くわよ」
「はい! お願いします!」
そんな声が終わるやいなや流れるのは明るい曲。
アイドルソングというものだけど、わたしの知らない曲だった。
ただその歌詞から最近話題のグループだということが分かる。
その名前は──『MORE MORE JUMP!』
「みのりちゃん……遥さん……愛莉さん……雫さん……」
こっそりと給水塔の影から覗けば、
そこには確かにMORE MORE JUMP!の人達が歌い踊っていた。
それこそみのりちゃんが足を引っ張ってる所もあったけど、
その中で誰よりも健気に、そして心の底から笑顔だった。それこそ今が楽しくて仕方ないくらい。
曲もワンコーラスだけだったから短くてあっという間だったけど、
いつの間にか見入ってしまい涙も止まっていた。
「すごいな……みんな」
今のわたしに比べたらもっとすごい。もっと大事なものを持っている。
それが何かは分からないけど、それが今のわたしに足りないものだってことは分かった。
小さく声を漏らすもそれは聞こえていない様子だったので、
そのままこっそりお昼を摂ることにする。
その前にスマホの通知を確認するとみのりちゃんからのスタンプ爆弾で埋まっていた。
「あ、既読付いたよ! えーっと、今屋上に居るからおいで、っと」
「そこまで誘うくらいなら通話した方が早いんじゃない?」
「そうだね! 通話ボタン通話ボタン……」
その直後私のスマホが鳴り響く。
サイレントマナーにしていても通話だけは音がなるように設定していたからだ。
「わ、わわわ!?」
慌てて通話を切るものの、当然着信音とさっきの声は聞かれているわけで。
こっそりとあちらを覗いてみれば、あちらもまたこちらを覗いていた。
「やっぱり! さっきの声、文ちゃんだったんだ!」
その中で唯一わたしのことを知っているみのりちゃんが駆け寄ってきて引っ張り出される。
「皆紹介するね! わたしの友達の文ちゃんっていうんだけど……」
そこでわたしの顔に残っていた泣き跡に気付いて声が縮んでいく。
当然3人もそのことには気づいていた。
「ちょっとアンタ泣いてるじゃない! もしかしてどっかぶつけたとか」
「大丈夫? どこか痛いところはない?」
「もし怪我してたら見せて。応急処置くらいは出来ると思うから」
皆の言葉があんまりにもあったかくて、また涙があふれ出す。
しばらく声にならない声をあげながら、その場で泣き崩れるのだった。
・
・
「落ち着いた?」
「はい。ありがとうございます」
遥さんからお水の入ったペットボトルを受け取りながら涙を拭う。
まだ気が済むまで泣いたわけではないけれど、ずっと泣いてばっかりは嫌だった。
落ち着いたところで何があったかを少しだけ話す。
ネットで炎上したこと。それで自分のアカウントを削除したこと。
そしてクラスの皆から白い目で見られるようになったこと。
「皆、わたしのことなんて見てないんです。
皆噂とか宣伝力のある人の言葉ばっかり信用して。
……ごめんなさい。皆さんはわたしなんかよりもっとわかってますよね」
現役アイドルだった人達に言っても意味がないわけじゃない。
でもわたしの炎上なんてこの人達からすれば可愛いものだった。
「そこは気にしてないわ。今辛いのは文ちゃんだもの」
「隠し撮りで炎上なんてあったま来るわね。それにご丁寧に編集して肝心な所見せないとか」
雫さんは励ましてくれて、愛莉さんは代わりに怒ってくれている。
初めて見知ったのにここまでしてくれる理由は分からないけど、今の状況に甘えさせてもらう。
「ねえ、その隠し撮りした人にちゃんとした動画を上げてもらうってお願いするのはダメかな」
「それじゃダメ。ここまで来ると原因はもうどうだってよくなってくるの。
大体こういう時は何も言わないのがいいんだけど……」
「わたしのアカウント、全部消しちゃいましたからね」
その消したという行為ですら『逃げた』と捉えられて更なる炎上を加速させているのは事実。
わたしからすれば、離別の意味を込めたものだったんだけど。
「そうだ! わたし達皆で違いますって動画を上げたら」
「そんなことしたらわたし達まで巻き込まれるじゃない!
遥も言ったとおりだけど、本当に何もしない方がいいの! 悔しいけどね……」
「で、でもでも……」
「ううん、いいんだよみのりちゃん」
みのりちゃんはわたしの為に何かしてあげたいと思ってる。
でもそれで何か行動を起こせばそれこそ皆の迷惑になる。
他の誰かを道連れにするわけには行かなかった。
「これはわたしの問題だから。わたし自身で何とかしなきゃいけないの」
「文ちゃん……」
「皆さんもありがとうございました。失礼します」
こんな話題の最中で一緒に居るだけでも悪い噂が立つ。
そうなったらMORE MORE JUMP! として活動していく障害になるかもしれない。
そう言い残してわたしはその場から走り去るのだった。