文が宮女での生活にも慣れ始めた頃。
ここ最近で5~6人の在校生と巡り合えたことから、
お昼は基本的にクラスメイトではなく先輩と摂ることの方が多かった。
「一歌センパーイ、一緒にお昼食べましょー!」
「鶴音ちゃん……うん、いいよ」
少しばかり委員会の仕事があった一歌を見つけ、
同じく校舎探索を手早く済ませた文が声をかけたのだった。
そして今は購買に寄ってから中庭へ来ている。
文も一歌も、昼食はあの日と変わらず大盛のお弁当と焼きそばパンだった。
「一歌先輩と初めて2人きりでのお昼、ちょっと楽しみにしてました!」
「? 私より、咲希と一緒の方が話しやすくない?」
「確かに咲希先輩は反応もコロコロ変わりますし面白いですけど、
一歌先輩としかお話できないこともあるので」
「あっ、もしかしてミクのこと?」
「その通りです!」
まるでクイズの出題者のようにもったいぶる彼女だが、正解が出るや嬉しそうにほほ笑んだ。
そんな様子は一歌にとっても彼女の事を思い出させるには充分すぎる。
そして何より2人には『初音ミク』という共通の話題があった。
実際の所は一歌の影響もあり、Leo/needの面々はその手の話に慣れているのだが、
それを知らない文はどうしても他の人を相手にした際遠慮してしまう。
だからこそ、この機会を待ち望んでいたのは他でもない。
「と言ってもこの間で好きな曲とか、きっかけとか大体話したと思うんだけど……」
「そうなんですよね。なので今回は楽曲の解釈、みたいなお話がいいかなーって」
「例えばどんな曲の話?」
「ほら、すっごく早い楽曲ばっかりのシリーズあるじゃないですか」
そういって自分のスマホからそのアルバムの楽曲一覧を見せる。
それは一歌も持っている有名な物であった。
「あ、このアルバム有名だよね。私も持ってる」
「よかった! それで、バーチャルシンガーイメージソングってミクちゃん視点じゃないですか」
あくまでこれは一例に過ぎない。
単曲であればいくらでも存在するイメージソングは、
バーチャルシンガーが広まり始めた初期の楽曲に多く見られる。
その内容は一貫して『バーチャルシンガーはソフトウェアながら自分の意思で歌っている』
と解釈される場合が多い。
無論それだけでイメージソングになりえる要素ではないが、人気が出やすいきらいがあった。
「まだまだ人工知能とかが発達してないのでミクちゃんとかも、
自由に自分の意思でしゃべったりしないじゃないですか。
でももし自分の意思を持ってたら、いろんな楽曲を聞いてどう思うのかなーって」
『私の歌ってた曲? へえ、聴いてみたいな』
『ふふ。聴いてみたいんだよね、君達の演奏』
その言葉でふと一歌は教室のセカイで出会ったミクのことを思い出す。
あの時の演奏は今と比べても酷い物であったが、
なによりミクが自分の曲に興味を持ってくれていた。
──簡単だよ。きっと、音で会話すれば、
わかりあえるんじゃないかなって思ったから。
というのが考えによるものだったのだが、それを一歌は知らなかった。
そして、本当の想いを見つけ『Untitled』がウタになった時も。
『よかったら……私も一緒に歌っていい?』
彼女はその時を待っていたと言わんばかりに申し出てきた。
「きっとミク達も、聞いてみたいし、歌ってみたいと思ってるよ」
だから、その想いを代弁するように口を開く。
セカイのことを口にすることが出来なくても、一縷の希望は抱いてほしかった。
それはお互いに好きを共有する者だったから猶更である。
「なんていうか、不思議ですね」
「? 不思議って?」
「一歌先輩、まるで本当にミクちゃんに会った風に言うんですもん」
そんな優しい笑みで語る一歌を見て、満面の笑みで応える文。
心を読んだかのような指摘に少しばかりヒヤリとするも、
勢いよくお弁当をかき込む様子からそんなことはないと自分を納得させた。
「鶴音ちゃんは、ミクに会ってみたいって思う?」
その光景に和んだ影響か挑発的な質問をしてしまう。
返答次第でセカイに連れていくという話ではない。
「うーん、難しい質問ですね」
「えっと、そんなに難しいかな……」
YesかNoの簡単な質問であるはずなのだが、質問された本人は箸を止め唸りながら考え始めた。
流石にそこまで思い悩むと思っていなかった一歌は内心焦りを見せる。
しばらくその状態が続き、文はひねり出すように口を開いた。
「会ってみたいけど、そのミクちゃんが理想通りかは分からないから怖い、かな」
文からすれば空想の域を出ない初音ミクという存在の人格。
自分の人生で、望む結果を得られないまま理想に敗れた文だからこそ、
例え理想の中にあっても現実という非情さが付きまとってしまう。
一縷の希望を見出すのではなく、一縷の不安に気を取られてしまう。
何とかそれらを振り払って来たもののやはり裏切られるのは怖かった。
それが何より自分の心の支えとなっている『初音ミク』だからこその答えであった。
少しばかり憂いを見せる少女の顔に、一歌は何も言えないまま時間は過ぎていく。
そしてその少女の不安が別の形で牙をむくのもまた、時間の問題であった。