「とりあえず、二人羽織は一旦終わりにして、ちらし寿司食べるよ。
折角穂波が作ってきてくれたんだから」
「はーい。うー、今度は絶対勝とうね、いっちゃん」
「はいはい。今度は咲希が食べる番だからね」
無事勝利で終われたリズム隊ではあるが、
これ以上続ければ本題である雛祭りに入ることができない。
志歩は一旦仕切り直しの意味を込めて穂波を立てた。
「あ、でも文ちゃんの分、分けてないから……」
「その点はご心配なく! 叔母さんにつくって貰ったので!」
本来4人で食べる予定だったちらし寿司。弁当箱も4つしかない。
しかしそれも予想済みらしく自分の弁当箱を取り出した。
「でも、お茶用の湯飲みがないでしょ。私持ってくるから待ってて」
そう言って志歩が部屋を出ようとした時、障子越しに1人の影が写る。
「しぃちゃん、お茶を持ってきたんだけど……」
「お、お姉ちゃん!? ちょっと待って!」
志歩の願いもむなしく、開かれた障子の先にいたのは雫。
志歩の姉であり、今はMORE MORE JUMP!のメンバーだ。
「あら、あなたは確かみのりちゃんの……」
「あ、改めまして。鶴音文って言います。お久しぶりです! 雫さん!」
お互いに知るもの同士、しばらく見つめあった後笑みを交わす。
「あれ、お姉ちゃん、知ってたの?」
「ええ。体験入学の時にちょっとお話ししたの。でもそう。しぃちゃんともお友達だったなんて」
「いや、友達っていうか、後輩。まあ、ちょっとお世話にはなったけど」
ふと手のひらを見つめ、あの時撫でたうさぎの感触を思い出している。
自分では気づかないが顔が緩んでおり、雫はそれを見逃さなかった。
「ねえ文ちゃん、もし良かったら後で話さない?」
「えっ、わたし、ですか?」
「ええ。もちろん無理に、とは言わないわ」
「むしろ是非お願いします!」
「それじゃあ、また後で」
湯飲みを志歩に渡して去っていく。
彼女の発するアイドルオーラがいつのまにか3人だけの空間を作り上げていたらしく、
一歌・咲希・穂波はそれに見とれていた。
「と、とりあえずちらし寿司食べよっか」
「そうだね! ほらしほちゃん、ボーッとしてないで座って!」
「お茶が冷めちゃっても悪いし、ね?」
「あ、うん……そうする」
普段とは違う雫の様子に志歩は戸惑いつつも、4人の元へと戻るのだった。
・
・
日も暮れ始める頃、それぞれのメンバーが帰路につく。
ただ、用があるという文は志歩の案内の元、日野森宅の廊下を歩いていた。
「ねえ、1つだけいい?」
「はい、なんですか?」
「お姉ちゃんとどこで知り合ったの? 体験入学の時って言ってたけど」
「そうですねー、体験入学の時にちょっとお話したくらい、ですね」
「……え、それだけ?」
「はい。それだけですよ」
志歩が新しい友達を連れてきたとなれば、
まず真っ先にやって来て志歩のいいところを雨霰と言いふらすのが彼女である。
しかしそれがない。それどころか会話がしたいとまで誘った。
誘われた本人はその意味すら気づいていないだろう。
「(まあ、考えても仕方ないか)」
判断材料が少なすぎると割りきったところで雫の部屋が見えてくる。
「お姉ちゃん、連れてきたよ」
「ありがとうしぃちゃん。文ちゃん、どうぞ」
「はい、お邪魔しまーす!」
志歩は後片付けのためにその場を離れ、文は障子を開けて部屋に入る。
小さな机の側にはお座敷用の椅子がおいてあり、雫が腰かけていた。
服装はずいぶんと軽い物でトレーニング用を思わせる。
それでも彼女から溢れ出るオーラは一切曇っていない。
「ごめんなさい、急にお話したいだなんて。びっくりしたでしょう?」
「確かにビックリしましたけど、それ以上に嬉しかったです!
みのりちゃんから志歩先輩のお姉さんだーって聞いたときは、その、意外でした」
持ち前のテンションの高さで乗り切ろうとするも、
真面目な雰囲気から気まずくなり、初手で本音を晒してしまう文。
「ふふ、友達にもよく言われるの。しぃちゃんの方が随分しっかりしてるって」
「あ、それってもしかして愛莉さんですか?」
「正解」
雫の軽いジョークのお陰か空気が軽くなる。
そのせいか、文は直近の話題を思い出し口にした。
「この前の生配信、見ました! みんなすっごく楽しそうで、生き生きしてて」
「ありがとう。でも、ごめんなさい。私のせいであんなことになってしまって」
それは雫がイメージと違う、とコメントで指摘の嵐を受けていた時のこと。
今はそれを乗り越え、本当の自分を見てほしい一心で努力をしている。
「雫さんのせいじゃないですよ。わたしも、ちょっと違いますけど似たようなものですし」
「文ちゃんは、あれからなにかやってるの?」
「いいえ、まだ模索中です。でもダンスの練習は欠かしてませんよ!」
「文ちゃんならきっと見つかるわ。それこそ、アイドルにだって」
「そうなったら完全にライバルじゃないですかー」
「ふふ、それもそうね」
冗談じみた返答に頬を膨らませる文。やがてお互いに笑ってしまう。
今雫の前にいる少女は、諦めてしまった少女。
みのりのお陰で前に進む勇気はもらったものの、今何をしているかは知らかった。
「でもみんな見る目ないですよね! もっと遥さんがみたいとか、誰? とかー!」
しかし文は、みのりが映った際に赤の他人のように接するコメントに対してご立腹だった。
「確かにみのりちゃん皆さんに比べたらダンスも歌もイマイチだけど、
そんなの始めたばっかりなら当たり前じゃないですか。
それなのに応援の一言もしないなんて──」
「──ねえ文ちゃん、文ちゃんにとってのみのりちゃんは、どんな存在?」
文句たらたらに言いたい放題な文を遮るように、雫は言葉を切り出した。
顔は先程までのおっとりしたものではなく、真剣そのもの。
それを知ってか知らぬか、文は即答した。
「最高のアイドルで、友達です!」
その言葉にすべての意味が詰まっている。
夢や希望をくれた存在ではなく、ファンとして友として、彼女を見ていた。
それを聞き届けた雫は、感謝と共に頭を下げる。
「ありがとう。これからもみのりちゃんのファンであってくれると嬉しいわ」
「アイドルはお客さんに、ファンに認めてもらってはじめてアイドルになれるから。
だからどうか、みのりちゃんを見てあげて欲しいの。
他でもない、ファンであるあなたに」
それは同じ仲間としての心からの願いであった。
そうさせたのも、アイドルオーラの無さを気にしてみのりが街に繰り出していった事が大きい。
作られた偶像に縛られてきた雫にとって、熱心なファンほど反対の声が大きいことを知っている。
それでも認めてくれる人がいたからこそ、前に進むことができた。
自分だけでは進めなかった道だ。
「(だからいつか、みのりちゃんがそうなってしまった時のためにも、
アイドルとして認めてくれる誰かが──)」
「うーん、うーん」
必死になっているからか、そのうなり声に気づけないでいた。
顔をあげると、目をつむり腕を組んで悩んでいる文の姿があった。
「ふ、文ちゃん、どうしたの?」
「やっぱり考えても解んないや。だから思ったことを言いますね」
声をかけたことで、やっぱりだめだと諦める彼女。
少しばかり困り顔で口を開いた。
「みのりちゃんと知り合ったのは、公園でお姉ちゃんといる時で、
その後動画でアイドルやってるって気付いたんです。
でもそれでアイドルだから応援しなきゃって思った訳じゃなくて、
あの屋上で、アイドルとしてのみのりちゃんと出会ったんです」
雫さえも知らない2人の過去が触れられつつも、淡々と言葉を述べていく。
「わたしとみのりちゃんの初めましては、そこからなんです。
だから、ファンが認めてはじめてアイドルになるんじゃなくて──」
「アイドルがファンを見つけてくれた時、はじめてアイドルになれるし、ファンになれるんだと思います」
「わたしはMORE MORE JUMP!の、みのりちゃんの事が大好きなんです。
なんたって、みのりちゃんがわたしを見つけてくれたんですから!」
満面の笑みで微笑む文は、雫の瞳を捉えて離さない。
彼女が言う、好きという言葉の真意が顔を覗かせる。
その言葉で、雫の中にあったつかえが取れた気がした。
「ありがとう文ちゃん。その言葉、みのりちゃんにも届けてあげてね」
「はい、もちろん! 雫さんも応援してますからね!」
共通の友によって前に進む事が出来た少女達は、こうして約束を交わすのであった。