「はぁ、どうすっかな……」
私の席の近くで誰かが悩ましい声をあげながら自分の席にどっかりと座り込む。
不揃いとはいえオレンジに染められた髪が特徴的な青年。名前は東雲彰人、君。
一限目の授業が終わるや否や飛び出していったが、戻ってきた時の足取りは重かった。
「東雲君、何かあった?」
気が付けば話しかけていた。
「ああ委員長、別に大したことねえよ。次の授業の教科書忘れただけだしな」
「次の授業はたしか英語だよね。読み上げも多いし大丈夫?」
「あー、まあなんとかなるだろ」
というものの、彼の席の回りは普段話しているような子はいない。
彼は当たりが強いところがあるけれど悪い人じゃないのは大体分っている。
気にしすぎることもないと思うけれど……
時計を確認。まだ時間には余裕があるし、先生も職員室にいるだろう。
「ちょっと待ってて」
「あ、おい──」
引き留める声を振り切って教科書を手に職員室へ。
担当の先生に今日の授業の範囲を聞き、コピー機を借りてその分のページをコピーする。
教室に戻って東雲君の席にそれを差し出す。
「差し支えなかったらどうぞ」
「どうぞってこれ教科書のコピーだろ。範囲違ったらどうすんだ?」
「そのあたりは先生に範囲聞いてるから大丈夫だよ。それで、どうする?」
「まあもらえるならありがたく貰うけど、別にお礼とか期待すんなよ」
「期待して渡す人なんて高校生ならあんまりいないんじゃないかな」
ひらひらと手を振って自分の席に戻ると、いつも話しかけてくれる子が寄ってきた。
「流石委員長、手腕は衰えずってところかな」
「そんなのじゃないよ。話しかけたのに何もしないのもあれだったし」
「それはそうだね。そのあたりほっとけなさそうだし」
それだけ伝えたかったのか、足早に自分の席へと戻っていく。
ちょうど席に着いた頃に先生も教室に見えたところで号令をかけた。
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放課後。帰る準備をしている時に一人の影が近づいてきた。
「委員長、これ」
誰かと思って顔を上げれば何かにチケットを差し出す東雲君の姿があった。
反射的に受け取ってどんなものかと確認。どうやらライブのチケットのようだ。
「どうしたの急に?」
「急にって、朝のお礼っていうかなんつーか、余ってたからやる。
このイベントに俺と冬弥……別のクラスのやつと出るから、興味あったら見に来いよ」
「まぁこの日は空いてるし、音楽は好きだから構わないけど」
とりあえず場所もここから近いようだし、見に行ってみようかな。
「ありがとう、見に行かせてもらうね」
「おう、じゃあな」
カバンを背中に回しそのまま教室を去っていく彼を見送り、もう一度チケットへ視線を落とす。
楽器はやめてしまったけれど、音楽への興味がなくなったわけじゃない。
こういうことは今まで一度もなかった為少しだけ楽しみに思う私が居た。
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そしてあっという間にやってきたイベント当日。音楽と熱狂に包まれたフロアにいた。
時間が過ぎるのはあっという間で熱気も冷めないままにイベントは終了。
私は感想の一つでも言わないと失礼かなと思いつつ、出てくるのを待った。
「お疲れ様でしたー。って委員長じゃねーか」
出てきた東雲君と相方の人が、意外そうな顔をしている。
「お疲れ様東雲君、こういうイベント初めてだったけど、誘ってくれてありがとう」
「委員長ってそういうところ妙に真面目だよな。別にこっちは気にしねーのに」
ため息ひとつ吐き、割と面倒そうな視線を送る。
「それで態々残ってたってことはそれだけじゃないんだろ?
どうだった、初めてなりの感想は?」
「そうだね……なんていうか圧倒されちゃったな」
自分があまり聞かないジャンルだったこともあり、正直に言って甘く見ていた。
ミュージシャンと観客が一体となって同じ空間を熱狂させていく。
特に二人が出てきてからの会場の様変わりには驚いた。
観客は待っていましたとばかりに歓声を上げ、
曲が流れ始めれば知らない私ですら呑まれてしまいそうだった。
「それに意外だった。東雲君がこんなに必死になれる物があるってことが」
いつも学校では不真面目そうな彼でも、ステージの上ではまるで違う。
そんなことを素直に伝えると、さも当然といった表情で彼は口を開いた。
「当然だ。何せ俺達はあの『RAD WEEKEND』を超えるんだからな」
「RAD WEEKEND?」
聞き覚えのない名前を聞き返すと、説明してくれる。
ここビビッドストリートで行われた、伝説と呼ばれるイベント。それがRAD WEEKEND。
彼らはそれを超える為にここで音楽をやっている。
「っと、紹介が遅れたな。こいつが俺の相棒、冬弥だ」
メッシュの入った髪に頭一個分ほど高い身長。
至って生真面目そうな彼は、名前こそ知らなかったがよく東雲君といるのを見ていた。
「初めまして、神山高校1年C組の鶴音言葉といいます。よろしくね」
「……あ、ああ。1年B組の青柳冬弥だ。よろしく」
小さくお辞儀をするも、心ここにあらずといった感じで反応が遅れていた。
「どうした冬弥、らしくねえじゃねえか」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
何でもないってことはないだろうけど、私が首を突っ込むことでもないだろう。
「それじゃ私はこれで」
「おう」
これ以上言うこともない私はその場を後にする。
帰り道のビビッドストリートでは夜遅くだというのに路上ライブがよく見られた。
その様子は様々ながら、一貫して楽しそうにしている。
そんな笑顔や喧騒が今の私には眩しく見えて、自然と足を速めるのだった。