叔母から時間を縫って教えられたチョコレート菓子の数々。
初心者向けから中級者向けと幅広いものであった。
いつもと違う日常から時は過ぎ、バレンタインを前日に控えていた。
結果としてお互い作りたい菓子を決め、叔母の指導の元取り掛かっていたのだが……
「あーん! うまくいかなーい!」
キッチンにて文の声が木霊する。
オーブンから出てきたのはピンク色に着色されたクッキーのように平らなお菓子。
いわゆるマカロンであったが、ぺったりとシートに広がっており、所々ひび割れていた。
「叔母さんのはどうしてそんなに綺麗に出来るのー?」
「それは伊達に作ってないもの。一時期ブームにもなったのよ?」
「うー、ずるーい!」
「こればっかりは経験の差だからなんともいえないわ」
流石に料理を生業としている者に経験を語られては文も押し黙るしかなかった。
現に叔母が見本として作って見せたマカロンは既製品と変わらない完成度であり、
味も申し分なかった。
そんなものを見せられれば当然自分もと奮い立ったわけだが、現実は非情である。
「でも、どうしてマカロン?」
難易度が高いことは百も承知で教えている叔母であったが、
なにより、バレンタインというのにチョコレート要素が皆無な菓子を選んでいる。
間に挟むはずのクリームやガナッシュ──生クリームにチョコを溶かしたものも用意していない。
「えっとね。あげたい人の中にすっごくカロリーとか気にしてる人が居てね。
そんな人でも気軽に食べられるお菓子がいいなって」
「確かにそうね。でもそれなら他にもお豆腐とかを使ったらケーキだって……」
「皆と違うのがいいの! それに味とか変わっちゃうのもヤだし、贈り物向けって感じで!」
そのあたり文としては譲れないらしい。
もちろん旨く誤魔化すのも料理の先生としての見せ所であり、出来ないわけではない。
しかしなにより可愛い子供の為と意思を尊重していた。
そんな苦戦する妹の一方で。
「……よし、出来た」
ミトンを手にオーブンから大きめの角型を取り出す言葉。
周囲一帯にチョコレートの甘い香りが広がる。彼女が作っていたのはチョコブラウニーであった。
ただいくつもの角型をオーブンから取り出していた辺り、その量だけ見れば尋常ではない。
「叔母さん、どうかな」
「うん、焼き目もいい感じね。これなら後は冷まして切り分けたら完成よ」
「ありがとう。じゃあ、私は少し休憩するね」
「わたしも休憩するー」
エプロンを外しリビングへと腰を下ろす彼女を追う。
そんな背中に少し笑みをこぼし叔母は手を動かした。
「ねえお姉ちゃん、あんなにいっぱい作って誰に渡すの?」
「それは秘密。ただ、感謝の気持ちを込めてだから」
「感謝の気持ち……」
ふと文が考えるのは、自分の大切な先輩達。
一部先輩というより友達という意味合いが強い人物もいるのだが、そこはご愛嬌という奴だ。
「それに、お菓子以外でも気持ちを伝える方法はいくらでもあると思うけど?」
そういってリビングの机に広げられたラッピング用品を手に取る。
「あっ、ラッピング!」
「そういうこと」
まだ中身が完成してないものの、
いい感じの箱を手に取りあーでもないこうでもないと悩み始める文であった。
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しばらく2人はそれぞれの趣向を凝らしたラッピングをしていくが。
「ぐぬぬぬ……」
文は装飾品をあれもこれもと盛っていくうちに、何がしたいか分からなくなっていく。
服と同じように選ぶセンスはあるのだが、思うような形にできないのが欠点でもあった。
一方の言葉は派手に飾ることはせず透明な小袋に様々なワックスペーパーを詰めており、
もう片方では装飾用のリボンを見繕っている。
「お姉ちゃんは何でもできるよねー」
「こういうのは簡単な方がいいからね。その方が手作り感も出るし」
「そういうものかなー……」
唸ってもラッピングが完成するわけではないのは分かっていても、
自分らしさを表現することに重きを置いている文からしては納得がいかなかった。
「文ちゃーん、ちょっといらっしゃい」
キッチンで手を動かしていた叔母が不意に文を呼ぶ。気分転換にと作業を放り投げ駆け込んだ。
そこにあったのは見事に形が整いツヤもピエも出たマカロン。誰が作ったは一目瞭然であった。
「叔母さん、これ……」
「今回は頑張ったで賞ってことで。何も持っていかないよりはいいでしょ?」
「あ、ありがとう叔母さん!」
少し釈然としないが、このままでは何もない状態でバレンタインを迎えてしまう。
それだけは避けたかった。
後はラッピングだけとご機嫌な様子でリビングに向かえば、
自分の作りかけていた物の隣にセンス良くラッピングされた箱が1つ置いてあった。
こちらも誰が作ったかなど考えるまでもない。
「もしかしてお姉ちゃんが?」
「私の分は終わっちゃったからね。どんなのにしたいのかわからないけど、教えてくれたら」
「……ありがとう! それならねー」
姉の物よりもはるかに凝ったものではあるが、渡す相手は姉に比べれば少ない。
自らのイメージを伝えて形にしてもらう。その様子はプロデューサーにも似ていた。
「うーん、でも2人に全部やってもらっちゃってたら気持ちも込もんないよね」
「プロデュースするのも立派なお仕事だと思うけど、違う?」
「なんていうか、わたしも何か別のことしてあげたいなーって……そうだ!」
何かを思いついたように部屋を飛び出し、やがて戻ってくる。
その手には様々なペンと小さなメモ用紙が。
かくして2人は誰にも悟られぬまま、バレンタインを迎えるのであった。