荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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全8話構成、サイドストーリー6話、三人称視点になります。

時系列は「Period of NOCTURNE」後になります。


ビビバス編「Going All the Way!」
第1話「独奏の奇術師」


ある休日のビビッドストリート。まだ人通りもまばらでお昼には少し早い。

開いていないお店もちらほらとある中で、一人の少女──鶴音言葉の旋律が響いている。

その音色はもうすっかり聞き馴染みある物へと変化しており、

立ち止まる客の目も耳も変わっていた。

 

それでも独学とはいえほぼ毎日学校で演奏しては悪い所を潰していった為に、

技術としては申し分ないまでに向上していた。

 

「──ふう、ありがとうございました」

 

4~5曲ほど演奏してから頭を下げ、いったん休憩を挟む。

2月も中ごろを過ぎかじかむような寒さもなくなってきたので、屋外も苦行ではない。

 

「(最近ずっと使ってるからちょっと音に出てき始めたかも。そろそろ限界かな)」

 

自分の愛用している笛を眺めながらそんなことを考える。

清掃などはしっかりしていても経年劣化は避けられない。

特に屋外での使用となると雨や寒暖差も含めて劣化が早い。

 

引き続き演奏を再開するか、

早めに切り上げて楽器のメンテナンスをするかを考えていると、数人の青年が近づいてきた。

いかにもストリートといった服装や装飾に身を包んでいることから、

この辺りの人だろうと予測はつく。

演奏を始めてから遠目に観察されていたが、いつものことなので気にすることはなかった。

 

「お疲れ様。今休憩中?」

「えっと、はい。リクエストですか? それならもうすぐ──」

「ああいや、そうじゃなくて君、俺達と組まないかい?」

「……えっ?」

 

意外な申し出に反応が遅れる言葉。

 

「コラコラ、出会って2秒でそんなこと言ったら困っちゃうだろ」

「いいじゃねーか。他の奴に目ぇ付けられる前にさっさと決めたいんだよ」

 

同じメンバーと思われる青年が叱っているが、意思は変わらないと豪語する。

言葉はそんなやりとりを自分の中でゆっくり処理しながら、確認のために口を開いた。

 

「あの、組む、というのはユニット、ということでいいですか?」

「そうそう! 俺達と組んであのVivid BAD SQUADに一泡吹かせてやろうぜ!」

「Vivid BAD SQUAD……?」

 

聞きなれぬ名前に首を傾げる。そんな様子に信じられないといった表情で目を見開く青年達。

 

「嘘だろ!? これだけここでやっててあいつら知らないのかよ?」

「すみません、実はそんなに他の人とやったことも、聴いたこともなくて」

「じゃあ、RAD WEEKENDも知らないのか?」

「名前、くらいなら」

 

彰人と杏から聞いた名前。この街で行われた伝説のイベント。

顔には出さないが知名度の高さを再確認し感心する。

 

「はー、じゃあ俺達が一番乗りってわけ?」

「そう、なりますね」

「っしゃあ! な? 言っただろ! 俺の目に間違いないって!」

「うっわマジかよ、絶対ないって思ってたのに」

 

その返しに対して思いっきりガッツポーズをする青年。

まるで勝ったかのように振舞う彼らのテンションに押され、気付かれないように後ずさりする。

 

「で、どうする? 俺達と組んでみない?」

「……すみませんが、お断りさせていただきます」

 

笑顔を作り丁寧にお辞儀をしてまで断る彼女に、

先ほどまで喜んでいた青年は崩れ去り逆に驚いていた方が喜んだ。

 

「うっし、今回の賭けは俺の勝ちな。ラーメン奢りごちになりまーす」

「ま、まだ終わってねーよ! な、なあなあ、本当にダメなのか?

 なんならセッションだけでもさ」

「セッション……も、すみませんが」

 

どうやらこのユニット、言葉のスカウトが成功するか否かで賭けをしていたようで。

あの手この手を使って引き入れようと必死になっている。

果てにはCDの売り上げ取り分だとかそういう話にまで発展しており、完全に言葉は引いていた。

 

「あの、私、そろそろ行く場所があるので」

「なあ頼むよ~、杏ちゃん以外で凄い子なんて君くらいしかいないんだよー」

「おい、女々しいからもうやめとけって」

 

実のところ賭けを無しにしても、長らく相棒が居なかった白石杏という存在が大きかった。

彼女もまた多くの誘いを断り、その果てに自分で相棒を見つけたのだが、

それを祝する人もいれば悔やむ人も多い。彼も後者のうちの1人であった。

 

それでもあまりに大人げないからか仲間達から止められるも、既にブレーキは壊れている。

言葉もすぐにその場を離れればいいが、あいにく楽器ケースを置き去りには出来ない。

これはまずい、とスマホを取り出そうとした時──

 

「おいお前ら、なにやってんだ」

「げっ、彰人……」

 

オレンジ髪の青年──東雲彰人が声をかけた。その声には圧があり怒っているように見える。

 

「そいつも無理だって言ってんだろ。男ならすっぱり諦めろ」

「うう、すみませんでした」

「謝るんならオレじゃなくてそいつに」

「はい」

 

短い謝罪と共に足取り重く青年達が去っていく。

言葉はそんな様子に少し悪いことをしたかな、と思いつつ彰人に向き直った。

 

「ありがとう東雲君、助けてくれて」

「別に。アイツらも悪気があって言ってるわけじゃないしな。休憩中だったんだろ、邪魔したな」

「あ、待って」

「まだなんか用か?」

 

去り行く背中に声をかければ面倒臭そうな様子で振り返った。

学校では世話になっている方だが流石に休日ともなれば話が変わる。

そこには早々に楽器ケースをまとめ、キャリーカートを引く言葉の姿があった。

 

「さっきのお礼、まだしてないから」

「あんくらいのこと気にすんなって。じゃあオレは行くところが「私が良くない」……」

 

珍しく食い気味に口を開き詰め寄る。身長差はそこそこあるものの威圧感があった。

姉の面影感じつつも、先ほどまで詰め寄られていた少女のやることか、とまで考えてしまう。

 

「はあ……バレンタインの時もそうだけどよ、そんなクソ真面目だと疲れるぞ?」

「どうしても嫌ならやめるけど」

 

そう口で言っているものの顔には書いてなかった。

ここで断っても別の機会に返そうとするだろう。

そういう機会を学校で伺われては他のクラスメイトから変な噂が立ちかねない。

 

「……コーヒー1杯」

「それだけでいいの?」

「昼はもう食ったからな」

 

そこまで言われてしまえば引き下がるしかない言葉。

しかしそんな彼女より、これから向かう店を知られるという事実に肩を落とす彰人であった。

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