「おう彰人珍しいな、杏ちゃんとあの子以外の女の連れなんて」
「別に、それにお前だって見たことあるだろ」
「あー、笛の子じゃねーか。知り合い?」
「まあそんなとこだな」
彰人は行き交う人々にそんな形で声をかけられては軽く返し、言葉は頭を下げるだけ。
彼女を勧誘の声をかけてくる者も居たが、その時ばかりは申し訳なさそうに返している。
「東雲君ってやっぱり有名人なんだね」
「伊達にここで歌ってないからな。それより委員長も顔と名前くらい覚えてやった方がいいぞ。
ここでやってくなら尚更な」
「善処します」
一応覚えてないわけでもないが、
あまりに人数が多い為常連のお客さんくらいしか覚える暇がなかった。
他のミュージシャンも、たった1人で卓越した音楽を奏でる少女を勧誘する者は、
近寄りがたい存在でもあった。
「(そういや冬弥も最初はこんな感じだったよな……。
いや、アイツは他の奴に交じって歌ってたからそうでもないか)」
1人でやっている、という点においては過去の冬弥と似ていたかもしれない、
と思考を巡らせるが、本人に聞くからには飛び込みでライブに参加したり、
他のグループに混ざって練習したりと協調性が無いわけではなかった。
彰人もこの通りで時折彼女を見かけた事はあったものの、
声をかけることは一切なかったし、なによりプライベートに踏み込まれたくなかった。
ライブに誘ったのも客としてであり、
そんな彼女がまさか取り付かれたように音楽を始めるとは思わなかった。
杏に事情を尋ねても、本人に直接聞けばいい、としか言わなかった。
ひどくサッパリした彼女が口を濁したために、込み入った状況だとは簡単に予想がつく。
そんなことに態々首を突っ込む必要もない、と割り切ってここでは避けていたのだが、
いつかは巡り合ってしまうというのが同業者のキツイところでもあった。
そんな事を考えていれば、やがて目的地が見えてくる。
「ここは?」
「WEEKEND GARAGE。別に覚えなくていいからな」
嫌でも覚えるから、と言わんばかりに彰人は店の中へと足を進めた。
・
・
「いらっしゃい。おう彰人か。冬弥ならそこに……っと、いらっしゃい」
カウンターでカップを磨いていた一人の男性が、
見知った顔にいつもの慣れた対応で返そうとして一人の少女に視線を移して態度を改めた。
「あ、謙さん大丈夫ですよ。こいつオレの知り合いなんで」
「それでもこっちは店員だ。いつものブレンドでいいか?」
「はい」
相当常連なのかメニュー表を取るまでもなく注文を済ませ、先に来ていた相棒の元へと向かう。
一方で取り残された言葉は、店内を見渡している。
「そっちのお嬢さんもカウンター席でいいかい?」
「はい。あっ、でも東雲君と同じ席でも構いません」
「そうか。注文が決まったらいつでも呼んでくれたらいい」
「ありがとうございます」
礼を返して再び彰人を探せば、カウンターの端の方で一人の青年と雑談を始めていた。
その青年もまた、彼女にとってよく知った人物。
「青柳君、偶然だね」
「鶴音か。そうだな」
彼の前に置かれているコーヒーは既に半分ほどになっており、先に来ていたことは窺い知れる。
尋ねたいこともあったが腰を落ち着かせ、先に注文を済ませる。内容は当然紅茶であった。
「そういや杏のやつどこ行ったんだ? 今日は確か手伝いって言ってたよな」
「それなら先ほどお使いを頼まれていた。すれ違ったんじゃないか?」
「かもな。残念だったな委員長」
「……? あ、もしかして白石さんがお手伝いしてるお店ってここだったり?」
「そうだ。それであの人が謙さん。この店のマスターで──」
一瞬何のことか分からずに思考を巡らせる言葉であったが、すぐ納得し相槌を打つ。
今まさに紅茶を淹れているその人物こそ、杏の父親である白石謙であった。
「あ、えっと、鶴音言葉と言います。白石さんにはいつもお世話になっていて」
「はは、そう固くならなくていい。聞いた通りの真面目な子で安心したよ。
ほら、ご注文のブレンドと紅茶だ」
「どうも」
「あ、ありがとうございます」
思わぬ不意打ちで角ばった挨拶になってしまうものの、謙は笑顔で流し注文の品を差し出す。
そんな中で会話を中断され、呆れた様子でため息を吐く彰人。
「あ、ごめん東雲君。ただ、日頃お世話になってるし挨拶しないと失礼かなって」
「真面目なんだか素直なんだか……まあいいか。謙さんはあのRAD WEEKENDをやった1人なんだよ」
「そうなんだ。どんなイベントか知らないからなんとも言えないけど、凄いイベントだったんだよね」
「凄いの一言じゃ全然足りねえ。それこそ伝説だ」
凄みのある声でしみじみと答える彰人。
それ以上語らないが、彼の表情から運命の出会いともいえるイベントだったのだと理解する。
「でも東雲君達はそれを超えるイベントをするんだよね。期待してるから」
「おう、あの時の比じゃないくらいのを見せてやるよ」
会話が途切れ、彰人と冬弥が雑談を始める横でカップを傾けながら言葉の興味は店内へと移る。
おしゃれな内装で会ったが、その中でも奥に設けられたライブスペースが目に付いた。
「あの、もしよろしければ奥のライブスペースを使わせてもらってもいいですか?」
「ああ、自由に使ってくれ」
それは些細な興味によるもの。
伝説と称されるイベントをやってのけた人間に、今の自分の演奏はどう映るのかと。
ミス程度であれば自分で動画を再確認して練習すれば潰せる。
しかし音楽は感性の産物だ。譜面通りに演奏すれば称賛されるほど甘くはない。
それを知ってか知らぬか謙は二つ返事で了承した。
「ありがとうございます。リクエストはありますか?」
「なんでもいいぞ。お前さんの弾きたい曲を聞かせてやれ」
そう言って彼は興味のまなざしを向ける2人を見る。
そんな中で少女が選んだのはある民族調の曲。
早口での造語が特徴的な曲だが、それのさらにアレンジ版。
ジャズとも、クラシックとも違う一旋律に耳を傾ける3人。
言葉が演奏を終える頃には、その聞きなれぬ音色に惹かれるように客の数も増えているのだった。