たった1曲きりの演奏を終え、訪れた客達は談笑を交えつついつもの日常に戻っていく。
言葉もリクエストが無いことを確認して、自分の席へと戻った。
「聞いたことない曲だったな、ほら、ケルトとかそんな感じの」
「結構KAITOの中では有名な曲なんだけど……知らなかった?」
「カイトって、あのバーチャルシンガーのか? こんな曲も歌えるんだな……知ってたか?」
「いや、俺も知らない。しかし本当に多芸だな。バーチャルシンガーは」
あまり詳しくない彰人でもKAITOの存在は知っているが曲までは知らない。
それは冬弥にとっても同じであった。
パッとしない反応を少し残念がりながら言葉は再びティーカップを傾ける。
中身は既に冷めきっていたが大した問題ではない。
「すみませ……あっ」
飲み切って次の紅茶を頼もうとするも、謙は馴染みの接客に追われていた。
楽しそうに話す様子を見て、上げかけた手を下ろしカップの底を見つめる。
「はーいお客さんが遠慮しないの。ご注文は?」
「紅茶のおかわりを……って白石さん?」
そんな遠慮がちな少女に気付いた店員──白石杏が気兼ねなく声をかける。
どうやら買い出しから戻ってきていたらしい。
「彰人も来てたんだ。コーヒーのお替りいる?」
「今は大丈夫だ。それより冬弥の分をだな」
「ああ、お願いできるか?」
「了解、ちょっと待っててー」
カウンター奥へと消えていく彼女を見送りつつ、こちらも馴染みの顔が1人増え空気が和む。
飲むものがなくなったためか、ふと冬弥の視線が積まれた楽器ケースへと向けられる。
「そういえば鶴音はフルートもやっていたな。どういう経緯で始めたんだ?」
「フルートはついで、かな。元々篠笛とかそういうのがやりたかったんだけど、
音楽教室だとやってるところが無くて。それで同じ笛繋がりで始めたの」
「ついでって、そんな軽い気持ちで始められるか? 普通」
「今はそうじゃないよ。これも私の大事な一部だから」
口を挟む彰人を軽くいなし、楽器ケースを撫でる言葉。
その様子はさながら子供を愛でる母親のようだった。
「もし差支えなければ、フルートの方も聞かせてくれないだろうか」
「うん、何かリクエストはある?」
「ビゼーのアルルの女にある、メヌエットで」
「分かった。すみません、またお借りしても──」
「ああ、好きなだけ使ってくればいい。他の客も聞きたがっている」
「ありがとうございます」
「冬弥、お前……」
2人にとっても意外なリクエストであった。
言葉からすれば、通りで演奏する中でクラシックを頼む者は一人としておらず、
彰人からすれば、冬弥が態々クラシックを頼むという事実。
セカイでのみクラシックに耳を傾けていた冬弥が、興味本位で頼むとは考え難い。
再び楽器の準備をする言葉を遠目に見つめながら彰人は問いかける。
「こっちでもクラシックを聴くなんて、珍しいな」
「別に深い意味はない。ただ強いて言うなら鶴音の音色が聞きたいと思った」
「ならそれを本人に言ってやれよ」
彼女の実力は間違いなくあの神高祭の時よりも上がっている。
それは2人とも先ほどの演奏で知らされた。
実力を推し量るという意味が含まれてしまうが、
それを自分の愛したクラシックという形ではどう表すか、興味が沸いたのだと。
他の客やフロアに戻ってきた杏の視線を受けつつ、演奏を始める言葉。
それは先ほどとは打って変わって優雅に、かつ観客の反応によって緩急をつける物。
技量こそ向上しているが、それ以外は神高祭で演奏した時とほとんど同じであった。
演奏を終えて頭を下げる彼女に拍手が送られ、別のリクエストが飛び交っている。
有名楽曲であれば即時弾いてくれる、という彼女のスタイルはここでも健在らしい。
それから言葉が解放されたのは30分ほど後のこと。
その頃には既にお昼時も過ぎており客足も落ち着いていた。
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席に戻った彼女は再び冷めきった紅茶で喉を潤す。
「どうだった? 青柳君」
「ああ、正直驚いた。神高祭よりもずっとうまくなっているな」
「ありがとう」
冬弥の感想を受け取りつつ再びおかわりを頼む。
すると今度は謙が注文を取り感想を交えながら紅茶を淹れる。
「大した腕だな。技量もそうだが客の心を掴むのもうまい。よく相手を見ている」
「ありがとうございます」
「ただ、1人でずっと続けていれば独りよがりにもなる。それは気を付けた方がいい。
仲間や相棒を見つけるなら、なるべく早いうちにな」
「その点は大丈夫です。誰とも組む気はありませんし、イベントなどにも出る予定はないので」
「……そうか」
あまりにさっぱりとした返答に謙は少し残念そうな顔を浮かべながら紅茶を差し出す。
言葉は感謝と共にようやくありつけた温かい紅茶をよく味わいつつ、安堵の表情を浮かべていた。
「? イベントにも出る気が無いって、じゃあ何のために音楽やってんだよ?」
「それは秘密」
今はまだ、自分の奏でる音に納得できていないから、と。
空白を補えるほど自分の腕が追い付いていない、とは口が裂けても言えない。
それは一途に、彰人が夢を語って見せた時の真剣さを知っていたからである。
そんな相手にこんなことを口にしては怒られるのは当然。
いらぬトラブルを避けるためにも、言葉はそう言った問いにだんまりを続ける。
「じゃあなんでここでやってるんだ?」
「人に聞いてもらった方が成長出来るから、かな。
ここの人達は音楽、好きでやってる人が多いから」
始めた理由もそこにあるのかと追及する彰人だが、のらりくらりとかわされるだけ。
結局その日は肝心なことが聞けないまま、言葉はその場を後にするのであった。
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「おい杏、本人に聞いても教えてくれなかったぞ」
「あれーおかしいなー? 何か悪いことでもしたんじゃない?」
「むしろ助けたのはオレなんだが……」
店の中に残された彰人は納得いかぬ様子では杏へ問いかける。
しかし当の本人も予想外だったようで、ありきたりな理由で返すことしかできない。
「誰にも踏み込まれたくない理由、というのもあるだろう」
「お前が言うとほんとシャレにならないからやめてくれ」
今でこそ吹っ切れたと言えるが冬弥が言うには重みが違いすぎる。
杏も普段なら軽く口にしていただろうが、
あまりに重い話であったため本人の居ないところで口にしたくはなかった。
「お前達、随分と厄介な奴に関わってるな」
洗い物を終えカウンターに顔を見せる謙。その表情は呆れている。
「厄介なって、大袈裟ですよ謙さん。まあ、気になりはしますけど」
「だろうな。だが今は気にするな。そんなことより考えることがあるだろ?」
「……それもそうか。しかしこはねのやつ遅いな、何やってんだ?」
「少し遅れるって連絡あったし、そんなにかっかしないの」
最後の一人を待つ中で、店に駆け足で入ってくる少女──小豆沢こはね。
その手には大きな菓子袋が下げられていた。
「皆、遅れてごめんね」
「ううん全然! こっちもさっき落ち着いたばっかりだから。ところでその袋は?」
「お父さんがこの前のライブのお礼にって渡してくれたんだ」
「……とりあえず全員揃ったし、早く次のセトリ考えるぞー」
いつもと変わらず和気あいあいと言葉を交わす2人に呆れた様子で口を開く彰人。
こはねも注文を済ませ、先ほど言葉が座っていた席に腰掛ける。
少年少女は自らの夢を追うため、行動を開始するのであった。