荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第7話「ご縁とトラブル」

それからというもの、WEEKEND GARAGEに2人が訪れることはなかった。

そしてイベント当日。

言葉は路上での演奏会を早めに切り上げ会場前で文を待つ。

 

「開場まであと30分……ちょっと早すぎたかな」

 

どこかで暇つぶしするにしても妹には会場前で集合と約束していた。

休日の夕方ということもあり周囲のお店は既に満員。

仕方なく電柱にもたれ掛かりつつ、カバンの中にあった小説を読み始める。

 

「おお、お嬢ちゃん! なに、今日は君も参加するのかい?」

「いえ、今日はお客さんとして。あ、いつも聞いてくださってありがとうございます」

「いいってことよ。まあ今日はあのVivid BAD SQUADの奴らも出るからな! 楽しみにしとけよ!」

「ふふ、そうですね。楽しみにしてます」

 

「お、笛の子じゃん。もしかして今日のイベント出るの?」

「えっ、あ、いえ。今日はお客さんとして」

「そっか残念。ま、楽しんでいってよ」

 

「あれれ、フルートの子だ。イベント出たりする?」

「えっと、今日は見に来ただけで……」

「もったいないなー。良かったらお姉さん達と出てみない?」

「コラコラ、この子の演奏じゃウチらに釣り合わないでしょ? ごめんね、ほらいくよ」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

そんな彼女に対して続々と訪れる人々が声をかける。

自分の常連客もそうだが、先に会場入りするミュージシャンも少なからず存在した。

 

音楽好きの集うこの通りで活動していれば嫌でも目に付く。

普段は近付き難い存在であっても、イベント前の高鳴る雰囲気に後押しされる者が多かった。

 

「(本当にここにいる人達は音楽が好きなんだ)」

 

そこに悪意など微塵も存在しない。ただ好きを共にする仲間であるからこその行動。

それを理解していたからこそ、何気ない笑顔で対応することが出来た。

 

「お姉ちゃーん! おまた──モガガ」

「ふ、文! 目立っちゃうから声抑えて……」

 

ほとんどが顔見知りであるこの場で大声をあげられては流石の言葉もたまらない。

慌てて口をおさえるものの注目の的となってしまう。

 

「お、アンタが連れとは珍しいねえ! 妹さんも何かやってるのかい?」

「え、えっと、妹は何も……」

「妹さんもお姉さんに似て可愛いわね。名前はなんていうのかしら」

「ぷはあ、鶴音文です! よろしくお願いしまーす!」

 

拘束を逃れ周りに充分聞こえる声量で自己紹介をする。

姉とはまるで違うハツラツとした振る舞いに周囲は笑顔に染まっていった。

 

「あれ、お姉ちゃんってもしかして有名人だったり?」

「そんなことはないと思うけど、まあ、ちょっとね」

 

それから開場するまでの間、言葉を知る人々は見慣れぬ文の存在に興味を抱き声をかけていく。

お得意の社交辞令も妹の無邪気さで崩されてしまうのであった。

 

 

 

イベントは曲数を重ねるごとに盛り上がりを見せ、観客の大半も一体となっている。

いい意味で以前と変わらぬ空気感に言葉は安心を、文は半分身を乗り出すほどにノッていた。

そしていよいよ次がVivid BAD SQUADの出番かというところで。

 

「鶴音さん、ちょっといいかな」

「えっ、あ、私ですか?」

 

話しかけてきたのは20代前半と思われる男性。

見覚えはないものの、首から下げられたネームプレートにはSTAFFと書かれている。

 

「そう君。ちょっとお願いがあるんだけど……ここじゃちょっと、いいかな?」

 

言われるがままについていけば、関係者入り口から中へと案内され、外部からの音も遮断される。

それでもVivid BAD SQUADが登場したかと思われるタイミングでの歓声は強烈なものだった。

 

「君、確かここらへんで演奏してたよね」

「はい。といっても時折、ですが」

「そうか。……単刀直入に言おう、代理で1曲だけ入ってくれないか?」

 

事情を聴くには、次に入るはずだったユニットがまだ姿を見せていないらしい。

渋滞に巻き込まれたらしく、すぐ近くに来ているとのことだが、

準備も考えるとどうしても1曲ほどの空きができてしまう。

 

本来なら他の出演ミュージシャンにお願いする話だが、

最近勢いを増しているVivid BAD SQUADの直後に、持ちネタも尽きた状態で入る者などいない。

事情は出演者にとって周知の事実ではあるが、今歌っている彼女達もセトリは簡単に変えられない。

かろうじて1曲だけ追加し引き延ばしてくれるそうだが、それ以上は体力的にも無理がある。

 

そんな中で観客に紛れていたのが言葉であった。幸いにも楽器は手元にある。

 

「でも、私の演奏は……」

「解っている。はっきり言って君の演奏はこの場に向かない。それでも、やってほしいんだ」

 

演奏する自分も、お願いする本人も、奏でられる音楽のジャンルは知っている。

哀愁、悲哀を始めとするもの。リクエストさえすれば応えるものの、盛り上がりに欠ける。

しかしそれでも言葉が演奏すれば空気を殺さずに済むのは事実。

 

「少し、考えさせて「それ、わたしに任せてもらえませんか!?」」

 

気持ちを整理するために告げる言葉を遮ったのは、赤髪の少女。

話は聞かせてもらったと言わんばかりに仁王立ちしている。

 

「君! ここは関係者以外立ち入り「わたしは鶴音文! お姉ちゃんの、鶴音言葉の妹です!」妹?」

 

思わず男性が声を上げるもそれ以上の声で押し返し、その勢いのままスタッフに詰め寄る。

 

「し、しかし君は何も「その点はご心配なく! ちゃんと実績はあります!」」

「文……?」

 

自分の手で全て無に帰した実績ではあるものの、経験だけはまだ生きている。

いつもと違い自信満々に答える文の瞳には、いつかの友から受け取った信念の灯りがあった。

しかしその想いだけでは人を動かすには至らない。

 

「では、私も一緒にではいけませんか」

「君が……いや、君だけならまだしも君の妹君が一緒は流石に……」

「では、この話はなかったということで」

 

感化されたのか、飛び火したのか解らない。それでもあくまで冷酷に。

 

それはまるで悪いことを思い付いた彰人のように、

歯切れの悪い返事に文の手を取りその場を後にしようとした。

 

「わ、分かった! その条件を飲む! だから、どうにかしてこの空気を繋いでくれ!」

「「ありがとうございます」!」

 

その返事を皮切りに、2人は準備に取り掛かるのであった。

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