スパイウィッチとウォーロックの遺児   作:haguruma03

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10話 JICとMI6

1.

 

いつもの喧騒とは違う喧騒に包まれているモナコ。

街にいた人々が足早に自らのホテルに帰って行くのを警官は眺めながらため息をつく。

 

『われらがモナコは呪われているのか…』

 

彼がその連絡を聞いたのは1時間も前。息を吹き返したかのようなに人の熱気が溢れる故郷の姿を見て仕事に励んでいた時に同僚の警官が慌てて連絡をよこしてきた。

 

なんとネウロイが突然現れたという連絡だ。酒を飲みすぎた酔っ払いしか相手にしたことがない警官にとってはどうしようのない自体。だがやるべきことはやろうと避難誘導を始めると、今度は別の事件が起きた。

それは明日の式典で登場するストライカーユニットが盗まれたというのだ。

回ってきた手配書には特徴が書かれており、犯人が見る限りまだ20にも満たない少女であることがわかる。

 

活気を取り戻した日に起こる度重なる事件に、故郷を愛している警官は涙が溢れそうであった。

 

すると、目の前に帽子を被った二人の女性が通り過ぎて行く。その1人の格好が手配書に書かれていた特徴と合致したため警官は後ろから声をかけた。

 

「あのーレディ。少しよろしいでしょうか」

 

「何でしょう…?」

 

女性が振り返り警官と目がある。

薄く化粧をしながらも可愛らしい顔立ちの女性。そんな女性の帽子からはみ出ている髪の毛は赤毛であった。

 

『あちゃあ、手配書には金髪と書かれていたから別人か…』

 

手配書に書いてあった身体的特徴が一致しない。つまりは別人である。

警官は自身の失態を自覚しながら、声をかけられたことに戸惑っている赤毛の女性に話を続けた。

 

「じつはある少女を探しているのですが、レディと似たようなドレスを着た金髪の少女を見ませんでしたか?」

 

警官はそう言って、彼女たちに手配書を見せる。

見せられた二人は興味深そうにその手配書を見た。

 

「うーん。見てませんね。ねぇあなたは見た?」

 

「いや〜。見てないヨ?」

 

赤毛の女性が傍にいる女性にも聞くがどちらも知らない様子。

警官は呼び止めたことに頭を下げ、彼女たちが去って行くのを見送った。

 

彼女たちが曲がり角を曲がり、姿が見えなくなってから警官は再びため息を吐く。

 

『早くこの騒乱が終わればいいのに…』

そんな警官の祈りはモナコの夜空に消えていった。

 

 

 

2.

 

「で、君に言う通りここまできたわけだけど、どうするんだい?」

 

ルーガルーは歩きながら、森林を歩くには適さないドレスを着た前を歩く少女に聞いた。

 

ここはモナコの山岳部。つまりは森の中。明かり一つないそんな森を二人のウィッチが歩いている。

先導するのはジェイミーであり、彼女は目的地に向かって歩みを黙々と進めている。

 

「確認しなきゃいけないことがあるのよ……それよりもあんたなんで着いてくるの?」

 

ジェイミーは鬱陶しげに着いてくるルーガルーを見る。

そんな視線を向けられた心外であるとでも言うようにジェイスチャーをしながら答えた。

 

「僕も君と同じ追われる身なんダ。協力しようヨ。それに僕の固有魔法が有用だってさっきわかったでしョ?」

 

「……」

 

ルーガルーの正論にジェイミーは赤毛に変わっている自らの髪を弄りながら反論をしない。

現に彼女の固有魔法のおかげで二人は楽に街を突っ切ることができた。

先ほど警察官に手配書を見せられた通り、ジェイミーの手配書はモナコに出回っている。そんな状態ではルーガルーの固有魔法を借りなければモナコを脱出することもできないだろう。

 

だが一応、その手を使わなくても脱出する方法はある。

それは同じMI6である『双子』の手を借りればいい。

事前に緊急事態が起こった時の合流地点は『双子』と決めてある。なのでそこにいけばいいだけの話だが…

 

『やっぱり気になるのよね…』

 

しかしジェイミーは合流地点には向かっていなかった。

それは彼女の胸中に幾つかの疑念が浮かんだためである。

その疑念は言葉ではうまく説明できないものだが、それでも彼女はその疑念を晴らすためにも彼女はある地点に向かって歩いている。

 

それから5分ほど歩いただろうか、ジェイミーは目的のものを見つけ歩みを止めた。

同じく歩みを止めたルーガルーがそれを見る。それは大木の麓に巧妙に木の葉で隠されてはいるものの、よく観察すればそれが人工物であるのがわかる。

 

「通信機かイ?」

 

「ウィッチ専用のね」

 

ジェイミーは猫耳を生やし、その通信機の受話器を手に取った。

そして魔力を通信機に込め魔法圧を調整する。

すると通信機からナイトウィッチが発生させるような魔導針が出現し、回り始める。

 

「わざわざ隠していたのカ。準備が良いネ」

 

「こんな仕事をしているのよ。もしもの時の用意はしているわ。ちょっと話すから離れてなさい」

 

「えェ〜」

 

「協力する気があるならさっさと離れろ」

 

「しょうがないなァ…」

 

ルーガルーが距離を離すのを見てからジェイミーは大木に背を預け通信に相手がでるのを待つ。

そんな彼女の胸中は複雑であった。

彼から渡されたこの通信機。これはカールスラントが作り出した、魔導針を生み出すシステムを搭載したユニット『Ju-88C-6』を元に作られた物。魔力と魔力圧の細かい調整が可能なら長距離通信と時間制限はあるが高い隠密性を持つ優れものである。

だが、一度魔力を通してしまえば魔力を通すのやめた瞬間に中の回路がお釈迦になるという致命的な欠点を持つ。

これ一台作るだけでも莫大な資金が必要なのに、使い捨てにしなければならないという欠陥品。渡された時は無用の長物だと思っていたがまさか使うような状況になるとは…

 

この通信機を使う状況。

それはたった一つ、直接上司に話を聞きたい時のみである。

 

ガチャリという音が受話器越しから聞こえた。

しかし受話器越しに聞こえる音はない。本当につながっているのか怪しくなるような無言。

だがそれでもジェイミーは受話器に向かって喋った。

 

Oxford, not brogue(ブローグではなく、オックスフォード)

 

事前に決めていた暗号。彼女がもっと幼い時に遊びの一環で彼が教えてくれた言葉。彼が言うには彼の持つ英国紳士としてのこだわりの一つ。

 

そんなこだわりへの返答はすぐに答えられた。

 

「そうだ。英国紳士にはシンプルなオックスフォードの方が似合う」

 

聞き慣れた上司の声。自らのボスが出てくれたことにジェイミーは安堵の吐息を吐いた。

 

「昔からそのこだわりは変わっていないわねボス」

 

「君が生まれる前から私はこのこだわりを貫いているよ。001」

 

受話器越しに両者の軽口が交わる。

数時間ぶりの安堵する会話にジェイミーは微笑み、一息ついた後、本題に入った。

 

「さて、ボス。現在の状況は把握している?」

 

「ある程度は、だが君の口から聞かせてくれ」

 

「わかったわ。さて始まりは今日のカジノなのだけれど…」

 

ジェイミーはこのモナコで体感した騒乱を語って行く。

ルーガルーはその様子を視界に入れながら、ジェイミーから少し離れたところで暇そうにあくびをした。

 

 

 

3.

 

彼女が目覚めると、そこには戦友の顔があった。

いつもの飄々とした表情とは違う心から心配している表情。

 

『そんな表情、久しぶりに見たわね』

エディータ・ロスマンはそう独白しながら戦友に声をかけた。

 

「あら、クルピンスキー。やっと起きたのね」

心配していた当人から逆に心配されてしまったクルピンスキーは、表情をいつもの笑顔に戻す。

 

「それはこっちのセリフだよロスマン先生。とりあえず、看護婦さんを呼んでくるよ。すぐに戻るから待っていて」

 

クルピンスキーはそう言うと、足早に病室から出て行く。

ロスマンはその姿を見ながらあたりを見渡す。

 

白を基調とした病室。どうも自分は病院に運ばれて来たらしいということを遅れながら彼女はやっと気がついた。

 

思い出すのはあの地下でのネウロイとの戦い。

ネウロイを倒した後ホッと一息ついた時に突然首に巻きついてきた腕。

土煙の中消えて行く視界。

 

後ろから忍び寄って来た下手人。恐らくはKein Gesich(顔なし)に絞め落とされたのだろう。

 

ロスマンは敵を倒した後に意識を緩めた自らの失態に歯噛みする。

あの後共に戦った二人がどうなったのかは彼女にはわからない。

もしかしたら殺されているかもしれない。

だが、彼女にはあの二人が今も生きているという確信があった。本当に短い共闘だったが、その共闘でロスマンはあの二人がそう易々と殺されるウィッチではない事を知っている。

そんな願いとも言うべき確信を胸にしたロスマンは病室の窓から夜空を見る。

 

夜空には月が輝き、モナコを照らしている。

エディータ・ロスマン曹長は、二人の戦友の無事をそんな綺麗な月に祈った。

 

 

 

 

4.

 

「君の話を全部聞いた結論を言おう。そもそも私は君に、何も指令も命令も下していない。」

 

街の喧騒から離れたモナコの森。

そんな暗闇の中で受話器を持ったジェイミーの目は見開かれた。

唐突に自らの上官から語られた短い短文をジェイミーは理解できなかった。

彼女は今回の『アーカーディー・ジョン』の監視というMI6長官からの任務を、いつもと同じように勤めていたはずなのだ。

だがそんな指令はなかったとMI6の長官自身から語られている。

もしジェイミーが受けた指令が全て嘘であるということは、最初から自分は策略に貶められていたことになる。呆然とするのも無理はない。

 

しかし、この機密回線を使える時間は長くなく、それも一度っきりのもの。

彼女は突然のことにフラつきながらも、喉から声を絞り出た。

 

「ボス、ふざけているわけじゃ……ないのね?」

 

「ああ、ふざけてはいない。そもそも『アーカーディー・ジョン』と言う名の富豪は存在していない」

 

「あの指令は『連絡課』の『双子』が渡して来たものよ?それが本当なら『双子』が裏切り者ってことになるのよ?」

 

ジェイミーは手のひらで目元を覆い、暗い表情で問う。

 

MI6には様々な課があり、その中に『連絡課』というものがある。

『連絡課』はエージェイントたちと『MI6本部』との連絡の橋渡し役となる重要な役職であり、基本的にエージェントたちは『連絡課』から『本部』から送られて来た指令を受けることになる。

 

今回、『本部』でありMI6長官であるボスは指令を送っていないと言っている。だがジェイミーには『本部』からとされた情報が届いた。

つまり『連絡課』が嘘の情報をジェイミーに渡して来たことになる。

 

『双子』はその能力や経歴から最も信用ができる『連絡課』である。

ジェイミーも彼女たちと多くの任務をこなして来た。

これが本当ならば、そんな信用ができる『連絡課』が自分を騙して謀った事になる。

信用していた仲間による裏切りの可能性が上がっていき、ジェイミーは心に重い淀みが溢れてくるのを感じる。

 

しかしその可能性はあっさりと覆された。

 

「いや、裏切り者ではない」

はっきりと断言をするボスの答え。

そんなボスの答えにジェイミーの心が少し軽くなる。だが、それでも胸中から『双子』への疑念が晴れない。

彼女が握りしめる受話器がミシリと音を立てた。

 

「だったら、私が受けた指令は?『双子』が私に語った情報は?今の現状だって、私の手配書が出回るのが早すぎるし、そもそも敵に私の情報が漏れすぎている。それでも『双子』が裏切り者ではないという理由は?」

 

ジェイミーの口から矢継ぎ早に追求が漏れていく。

本当は『双子』が裏切り者ではないと信じたい、だが現状信じる事が出来ない。そんな複雑な彼女の心境が、『双子』への疑念を拭い去る事が出来なかった。

 

そんな焦るように動揺しているジェイミーに、ボスは冷静に語る。

 

「落ち着けボンド。確かに彼女たちは君に嘘の指令を渡したことは事実だが、彼女たちが裏切り者ではない」

 

「それが裏切り者じゃないとしたらなんなのよ!」

 

「ボンド……私たちMI6にとっての裏切り者とはなんだ…?」

 

逆に問いかけてくるボスの声。

その声は諭すような冷静な声を聞いたジェイミーは、頭に血が上って感情に支配されていた頭が冷えていく。

 

「裏切り者…そんなの身内でありながら、ブリタニアの国益を故意に損害させる者で…………あっ」

 

冷静になった彼女の頭に一つの回答が導き出された。

確かにこれならば、確かに彼女は裏切り者ではないだろう。

 

だが、それは同時に『双子』が裏切り者であったことよりもはるかに最悪な自体に巻き込まれていることになる。

 

新たに信じたくない答えを得てしまったジェイミーはその答え合せをボスに問う。

 

「ねぇボス……『双子』は今、誰の命令にしたがっているの?」

 

「双子はあるJIC(合同情報委員会)のメンバーの一人『アーサー・フェルプス』首相首席補佐官から個人的に連絡を受けているという報告がある。その事から今回の双子の行動はそのメンバーからの命令だと思われる」

 

「……ボスにはその命令についてのJIC(合同情報委員会)から連絡がないのね?」

 

「そうだ。ちなみに今言った情報は、私が他のJIC(合同情報委員会)メンバーからもらった特ダネだ。そのメンバーから『アーサー・フェルプス』の不審点なども教えてもらったぞ」

 

************(とても汚いリベリアンスラング)

 

ジェイミーの口から淑女らしからぬ言葉が吐き捨てられる。

ボスからもたらされた答えは最悪の中でもトップを争うほど最悪な答えであった。

 

MI6は外務・英連邦省の管轄だが、それだけでなく首相や合同情報委員会、通称『JIC』からの指揮も受ける関係にある。

JIC(合同情報委員会)は1936年の発足された、情報機関の活動を『指示』『監督』『立案』し、集められた情報を情報評価報告書として政治家に提供する機関である。メンバーはブリタニアの高官によって構成され、日々ブリタニアの国益のために動いている。

 

そして、MI6はここで立案された作戦をMI6長官が受託し、長官がエージェントたちを指揮して達成するのが仕事である。

 

だがボスがジェイミーに語ったのは、JIC(合同情報委員会)を構築するメンバーの一人であるアーサー首席補佐官が、頭であるMI6長官(ボス)を飛ばしてエージェントに直接命令して動かしているという事。

正式な作戦ならばそんなことをしなくてもJIC(合同情報委員会)からMI6に正式に言い渡せばいいだけの話。それがJIC(合同情報委員会)の一人が個人的にエージェントを動かしているというのは、これが正式な作戦ではなく、アーサー首席補佐官が勝手に行なっていることとなる。

それに加えてその情報を同じJIC(合同情報委員会)のメンバーがボスに情報を漏らしたという事は、『双子』に命令しているアーサー首席補佐官とボスに情報を渡したJIC(合同情報委員会)はお互い良い関係ではない事がわかり…

 

つまり簡単にいうと

 

「なんでJIC(合同情報委員会)がガリアみたいに内ゲバしてるのよ!?」

 

「ガリアほどは酷くないだろう…?」

 

「巻き込まれる人間にしたらどっちも変わらないほど酷いわよ!!」

 

「ちなみにアーサー首席補佐官の味方をしているJIC(合同情報委員会)のメンバーも敵対しているメンバーもそこそこの数がいて、現在JIC(合同情報委員会)は二つに別れてしまっているな。まぁ、皆ブリタニアの国益を目的に動いているのが救いだが」

 

「救われないわよ!」

 

ジェイミーは頭をかかえしゃがみこむ。

予想もしない状況についに立っている気力も無くなってしまったのだ。

 

ジェイミーは、仮にも今は戦争中であるのにもかかわらず政府の中枢の一部である機関が内部で割れている可能性があるなんて信じたくもなかった。

しかもジェイミーはそんなJIC(合同情報委員会)内部のいざこざに巻き込まれた被害者である。あまりの事に足の力が抜けしゃがみこむのも当然のことであった。

 

そんな彼女の心境を無視したボスの声が受話器越しに彼女の耳に淡々と入ってくる。

 

「おそらくJIC(合同情報委員会)が割れている原因は二つある」

「二つ?」

ジェイミーは受話器越しに首をかしげる

 

「一つは506JFWの件だな」

ボスが語った一つ目の要因

第506統合戦闘航空団。通称『ノーブルウィッチーズ』

ガリア解放後にガリア方面防衛のために新設された部隊であり、主任務はガリア防衛と西方からのカールスラント奪還拠点の構築。

だがその部隊編成に当っては、各国の政治的意図や国内事情が絡み、それに加えてガリア内部の政治的対立が深く関わっているという国際色豊かな策謀が駆け巡る舞台となっている。

そのせいで第506統合戦闘航空団なのに、部隊が二つ存在する。

二つの部隊は互いに別の航空団のように動いている。

すでに部隊として動いているはずなのに結成が宣言されていない。

などの酷い有様なのである。

もちろん三枚舌で有名なジェイミーの母国も506がこうなった原因の1つだ。

つまり我らが母国は、自らが発生させたイザコザで自らの政治内部でもイザコザを引き起こしてしまった事になる。

 

あんな陰謀の世界万博部隊が政府内でのイザコザの原因になるのはジェイミーにもたやすく理解できる。

だがそれがなぜJIC(合同情報委員会)が割れるほどになったのかは理解できない。

ジェイミーは受話器のコードを指で弄りながらボスに質問する。

 

「それが、なんで今回の件に関係あるのよボス。506に対してのイザコザなんていつものことでしょ、2つに割れるほどの問題になりはしないわ」

 

「そうだな、だがそれが些細な亀裂を生んでいる。それに。割れた原因の一つと先に言っただろう?今回の件に深く関わるのは、亀裂を分裂に変えたのはもう一つの理由だ」

 

「それが?」

 

「『ウォーロック計画』に伴う責任と技術についてだな」

 

そんなボスの言葉を聞いたジェイミーはコードを弄る指を止めた。

『やっぱり関係あるのね…….ウォーロック』

アレンと同じ顔をした女。オナトップが語っていた内容にも出て来た『ウォーロック』の存在にジェイミーの眉間にシワがよる。

ボスは説明を続けた。

 

「ウォーロックが暴走して扶桑の空母赤城がウォーロックに撃沈された『ウォーロック事件』ことは知っているな」

 

「501が後始末をした事を言っているのなら知っているわよ」

 

「それだな。そのあとの話になるのだが、ブリタニア政府はその代償として扶桑に『魔導ダイナモ』を譲与する事になった」

 

「『魔導ダイナモ』?」

聞き慣れない単語にジェイミーは頭をかしげる。

 

「『ウォーロック計画』の資料をもとに開発された、コアコントロールシステムをベースにした新たな技術だ」

 

新たな人類の力の開発がボスから語られる。だがそれを聞くジェイミーは疑わしい目をその技術に向けていた。

 

「元の計画が人類の新たなる敵を生み出す一歩手前まで行ったというのによく作る気になったわね…」

 

「どうも暴走原因の大きな要因だった『周りのネウロイのコアを操る機能』はオミットしていて、『搭載されたコアのみ制御』し稼働時間も制限をつけている事で暴走を防いでいるらしい」

 

「へぇ…」

 

説明を受けてもなおジェイミーの視線の質は変わらない。

一度失敗したことを再挑戦することは良いことだ。だがその失敗が大きすぎたために疑わしき目を止めることがジェイミーにはできないのだ。

 

だが今はそんなことは関係ない。確かに『魔導ダイナモ』とやらが成功したら良いものになるだろう。そしてその技術と現物が赤城の代償として渡されるのも仕方のないことだ。だがそれが理由でJIC(合同情報委員会)が割れるなどジェイミーには想像がつかなかった。

もしやその『魔導ダイナモ』に関して新たなる政治的策略が繰り広げられたのではないのか?

そんなことをジェイミーは想像してボスの説明の続きを待つ。

 

 

彼女の予測は正しかった。だがその原因の原点は予想外であった。

 

 

「基準排水量65,000t、満載排水量72,809t、全長263.0mにおよぶ戦艦。主兵装は45口径46cm三連装砲3基、他に60口径15.5cm三連装砲を前後に1基ずつ2基、46口径12.7cm連装高角砲12基、25mm3連装機銃35基、同単装25基、13mm連装機銃2基を装備」

 

「…?」

 

唐突にボスから語られる船のスペック。聞くだけでも凄まじく巨大で世界で一番と行っていいほどの火力を持った戦艦である。

だが、なぜボスがそんなことを語るのかがジェイミーにはわからず、その疑問を口にする。だがそれよりも早く、その疑問の答えが受話器から聞こえてきた。

 

「こんな超弩級戦艦が『魔導ダイナモ』を取り付ければ飛行機能と再生機能を獲得することができるらしい」

 

「………………は、はぁ!?」

 

思わずジェイミーは驚愕し声を上げる。

まるで酔っ払いのホラ話のような情報。だがそれを語るのはMI6長官であり、その声の質からして冗談でも嘘でもないことがわかる。

ボスの声が続く。

 

「正確にはそんな超弩級戦艦ぐらいにしか『魔導ダイナモ』を搭載できないのだが。とりあえず、そんな夢物語に出て来るような存在が扶桑で開発されている」

 

「それは、扶桑の嘘や欺瞞情報ではなくて…?」

 

「報告は扶桑国から出された正式な文章であり、報告書を見る限り理論上可能どころか試験起動も成功させ実用段階に入るのも今年中とのことだ。」

 

「……扶桑は狂っている」

 

何をトチ狂ったら戦艦を空に飛ばそうとするのかがわからない。まさに狂っているとしか言いようのないことを実現させてしまう扶桑人にジェイミーは今年一番の頭痛を抱え天を仰ぐ。

おそらくそんなジェイミーを察したのだろうボスがかすかに笑う。

 

「まぁ私も最初聞いたときは同じ反応だったよ……。だがこれがJIC(合同情報委員会)が割れた大きな原因だ」

 

「...?」

 

「大きなリターンを望むものと、大きなデメリットを恐れるものがいるということさ」

 

「ああ、なるほど…ね」

 

そこまで言われたらジェイミーにも想像がつく。

『魔導ダイナモ』

それはボスの言った通り、戦艦が空を飛び、傷ついても再生するという夢物語を現実に引き起こすことができる夢の技術。この技術が量産され実用化されたのならネウロイとの戦争も終わらせることができるのかもしれない。

しかしこの技術は機密とされている『ウォーロック計画』の遺産である。

現にその計画により人類の敵を作り出してしまい、その時に501JFWがいなければ、今頃人類は『ウォーロック』によって大きく損害を被ったことは容易に想像がつく。もしもう一度失敗したときに同じように暴走した『ウォーロック』を止めてくれる存在が近くにいるとは限らない。

だがそれでも、大きなリターンがあるのならばそこにどんなリスクがあろうとも手を伸ばす性をもった人間は多く存在する。そんな人間が存在することは、このモナコのカジノがすでに証明している。

 

さて、話を最初に戻すが、『ウォーロック計画』はそんな大きなリスクを見据えながらも大きなリターンを求めた末の事件だ。

 

だがその結果はリスクを踏み、史上最悪は逃れたものの最悪の結果となった。

最悪、そう最悪だ。

この計画の主人はブリタニアの高官が計画していた。

しかもその高官は501JFWの邪魔を行なっていて、最終的にその恥を他国にさらしてしまい、誉あるJFWの上官を降ろされる羽目になるという、ブリタニアにとって恥の上塗りどころか恥のミルフィーユと形容すべき失態を起こしているのだ。

 

そして、そんな『ウォーロック計画』はブリタニアの手を離れ、扶桑が引き継ぎ、『魔導ダイナモ』という大きなリターンを生み出した。

 

この大きなリターンは人類の未来を担う希望になり得るものだ。

 

 

だが、それはブリタニアだけが、大損したという結果と同義であると考えることも可能である。

 

『魔導ダイナモ』の基礎である技術は『ウォーロック計画』のもの。

だが『ウォーロック計画』は人類の敵を生み出す一歩手前まで行ったブリタニアの恥であるのに、かたや『魔導ダイナモ』は扶桑が生み出した人類の希望。

ブリタニアが作った基礎が使われたものであるのに、ブリタニアのみが得をしていない。

 

基礎が我が国にはあるはずなのに、その基礎を使って他国が得をし、我が国はそれを有効活用できていない。

 

もしそんな考えをするものがいたとしたら、もしそれが高官であるのならば.....

 

ジェイミーは妄想に近い思考の末、恐る恐る結論を口にした

 

「つまり『ウォーロック計画』の再始動を望んでいる人間がJIC(合同情報委員会)にいるの?」

 

まさかと思いながら口からこぼれ落ちた答え

だが、もしそうならば理解が可能である。

『ウォーロック計画』の基礎、いや遺産を使い『ウォーロック計画』を復活させようとするのならば、それが原因でJIC(合同情報委員会)が割れるのも理解ができてしまう。

それはリターンを求める人間と、リスクを恐れる人間の思想の違いであることだとジェイミーには容易に想像できる。

 

そんな、妄想であってほしい答えが正解かはすぐに受話器の先から回答された。

 

Exactly(その通り)。」

 

ああ、無常

ここまでジェイミーには当たって欲しくなかったクイズは存在しない。

彼女の眉間にシワがより、表情が険しくなる。

 

そんな彼女の耳にボスからの情報が次々に入る

 

「その『計画』の再始動を目的に行動している一派の筆頭が『アーサー・フェルプス』首相首席補佐官だ。」

 

「上も上の高官じゃない」

 

「数日前に彼らがどこかでなんらかの取引を進めていると真偽不明のガセネタに近い情報が私のところに来たことがある。今思えば、今回のモナコで君がさっき語った『オナトップ』の所属する『ヤヌス』と呼ばれる組織と合流し情報や資料を交換するのが目的だったのだろう。』

 

「しっかり真偽の情報か精査していたらこんなことには...」

 

「それはしょうがないことなのは君もわかっているだろう?重要度の低すぎる情報に労力を避けるほど人員は多くないんだわれらが組織はね。

まあぁ、まさかその取引が盗んだ『浮遊脚』と『ネウロイコア』という特級の厄ネタだったとは想像もつかなかったわけだがね」

 

「最悪ね…で、ボス。そんな真っ二つに割れて変な取引をしている派閥がある組織の命令に常に従っている我らがMI6の今の立ち位置は?」

 

「今の立ち位置を比喩するならJIC(合同情報委員会)という名の父と母が親権を巡って争っている中の子供だな。身動きが取れず、そろそろ何らかの動きを見せないと近いうちに、こっちも二つに分かれてしまうだろう物理的にね」

 

「死んじゃうじゃない」

 

「そういうことだよ」

 

「......」

 

「.........」

 

「…ボス直下のエージェントとしての私の立ち位置は?」

 

「片方からは罪を被せるには丁度いいトカゲの尻尾、もう片方からは厄介な濡れ衣を着せられた面倒な替えのきく駒と見られている」

 

「……つまり?」

 

「全員が敵ではないが、味方は私しかいないな」.

 

****(淑女が使うべきでないスラング)

 

ジェイミーは苦虫を噛み潰した表情をして頭を抑える。

いくら大きなリターンがあろうが『ウォーロック計画』はネウロイに次ぐ敵を作り出してしまった経歴がある計画だ。

 

そんな計画を再始動させようとするのなら、それはJIC(合同情報委員会)も割れる。

JIC(合同情報委員会)が割れたらその下にあるMI6もこうなってしまうのも自明の理だ。

そして、そんな被害をジェイミー・ボンドが一身に受けることになってしまったというわけである。

 

 

 

……だが1つだけジェイミーに疑問が残る。

 

「じぁあ、なぜ私を地下駐車場に誘導したの?」

 

ジェイミーが思い出すのはホテルの地下駐車場に行くことになった経緯。

『双子』に誘導され、ロビーで従業員の運ぶ『浮遊脚』を認識した為、彼女は地下駐車場に向かった。

『双子』に誘導されなければ私はホテルどころか、そもそもこのモナコにも来てはいない

あのロビーで従業員であるオナトップが自分に『浮遊脚』を見せたのも、今を思えばわざとであったと考えることも可能だ。

だがそれでもなぜわざわざ、自分を地下駐車場に誘導したのかがジェイミーにはわからなかった。

 

「その答えはボンド。君が私に教えてくれたじゃないか」

 

ジェイミーが最後に残った疑問に頭を悩ませていると、その回答が受話器から答えられる。

 

その声を聞きジェイミーの脳裏にはオナトップが語っていた言葉を思い出す。

 

『…そんな諜報員として甘いが、それ以上に優秀なお前を本当なら仲間に引き入れたかった。』

 

あの言葉が嘘か真かはわからない。だが真実であると仮定すると地下駐車場への誘導の理由が説明できてしまう。

 

「……まさか、本当に勧誘? でも最初に私を殺そうとしたわよ?」

 

「それは本当に殺そうとしたのか? お前は急所に一撃でも攻撃を受けたか? 銃弾で撃たれたか?」

 

ジェイミーが口にした疑問にボスは矢継ぎ早に答える。

あの地下駐車場の戦闘。確かにジェイミーが受けた攻撃は全て脇腹。しかも二度も手痛い打撃を受けているが致命傷になっていない。そしてオナトップが拳銃を手にした時、一度もジェイミーに対して発砲していない。

考えれば考えるほど真実味を増して行く『勧誘』。

だが自分をこんな手間のかかる手段を使ってまで勧誘する理由は1つ思いつくがそれはありえない為、それ以外となるとジェイミーにはさっぱり思いつかなかった。

ジェイミーは受話器に向かって聞いた

「ねぇボス、母さんが実はすごい人物だったってことはあるのかしら」

「それはない。ただの一般家庭の街娘だったよ」

 

最初からわかっていた答えにジェイミーは大した落胆もせずにロダンの考える人の様な体勢で沈思する。

 

 

その時、ドンという何かを叩く音が聞こえた。

ジェイミーは辺りを見渡すが、そこにいるのは暇そうにククリナイフでお手玉をするルーガルーがいるのみ。

何か音が聞こえたらルーガルーも反応するはずだが反応していないということは、叩く様な音はこちらではなく受話器の先になる。

 

「すまないボンド。誰か来たらしい」

ボスから謝罪の言葉にジェイミーは下唇を噛む。

 

この通信装置は一度使って通信を着れば二度と使えないもの。ならば通話したままにすればいいと思うかもしれないが、通話時間が長引けば長引くほどこの通信電波を傍受されやすくなるという欠点を持つ。

 

それはボスもわかっていたのだろう。矢継ぎ早に彼は喋り始める。

 

「なぁボンド。君をオナトップと名乗った女が何故勧誘しようとしたのか本当の理由は私にもわからない。だがそこには何らかの個人的理由が含まれているのは確実だ。その感情がオナトップの物なのかその上司の物なのかはわからないが」

 

「オナトップが所属する『ヤヌス』と呼ばれる組織の実態もわからない。なぜ『浮遊脚』を狙ったのかも、『ウォーロック計画』を何に使うかもわからない。だがJIC(合同情報委員会)の『ウォーロック計画』再始動派と関係があるのは確かだ」

 

「そして君は今、手配書が出され追われている身だ。このまま悠長にしていてもいつかは捕まる。私も君を助けたいがMI6の長官としてJIC(合同情報委員会)が割れている現状では動くこともままならない。だが一つこの状況を打開する方法がある」

 

早口で紡がれるボスの言葉の数々。

ジェイミーはその言葉を1つも取り零さないようにと受話器を握りしめ聞くことに集中する。

 

「ボンド、君に指令を下す」

 

受話器から任務拝命時の前置きが語られた。

MI6長官からMI6の諜報員へ直接の任務が下される。

ジェイミーは目をつぶり指令内容を待つ

受話器越しから声が聞こえる。

 

「君がこの事件を解決しろ。『ヤヌス』の正体と『ヤヌス』に手を貸すJIC(合同情報委員会)メンバーを見つけその証拠を手に入れるのだ。たとえJIC(合同情報委員会)と言えども『ヤヌス』と呼ばれる不透明な組織と暗躍することは許されない。」

 

「それに、その証拠さえ掴めれば今回のモナコでのネウロイ発生の件を盾に奴らを追い詰めることができる。なおこの任務でMI6からのバックアップは一切ない」

 

ついにジェイミーに任務が下された。

今度は嘘ではない。MI6長官から言い渡された本当の任務。

 

自らの指名手配が行われ、母国内部には自身の破滅を望む者がおり、MI6は身動きが取れない。それだけではなく敵である『ヤヌス』の正体は不明であり、その手がかりは敵が語った情報のみ。それに加えて仲間は信用できない1匹の嘘つき狼である。

 

そんな状態下で、『ヤヌス』の正体とそれに手を貸すJIC(合同情報委員会)のメンバーを見つけて証拠を掴めという指令。

 

不可能ともいうべきミッション。

だがしかし

 

「その任務拝命しました。」

 

ジェイミーは目を開けしっかりとした声でその任務を受ける。

その声に不可能なミッションを言い渡されたことに動揺の色も迷いの色もない。

 

彼女は今日1日でいったい何度感情を乱されたのだろうか。

いったい何度死の淵を渡ることになったのか

いったい何度6年前に亡くしたはずの相棒のことを思い出しただろうか。

こんなに振り回されたのは彼女が生きてきた人生の中で一度もない。

なのに、何もわからずに終わるなんて帳尻の合わない事はジェイミーには納得できなかった。

そして何より『ヤヌス』にアレンが何らかの形で関わっている事は明白である。

ゆえに彼女は今回の事件の謎を謎のままで放置することなどできない。

 

 

『やれと言われた仕事は必ずやる』。

それがMI6の諜報員になるために必要な第一条件だ。

 

 

ジェイミーの迷いない答えにボスは満足そうに頷き、最後の言葉を送る。

 

「最後に、私が君を裏切る時はちゃんと事前に連絡するから安心するように。では幸運を祈るよ001」

 

そんな捻くれた心配の言葉にジェイミーは苦笑する。

そんな事を言いながら彼が自分を裏切るわけがないと、001(彼が一番信用する少女)は理解していた。

 

MI6長官であるがために、001などと言う遠回しな呼び方をする羽目になっている男に対してジェイミーは精一杯の親愛の言葉を送る

 

「I am proud to be your …」

 

だがその言葉は最後まで紡がれる前にブツリという音を立てて途切れた。

ジェイミーは何も音がしなくなった受話器を少し見つめた後、かすかに微笑み受話器を直す。

 

「準備はできたみたいだネ。さて今後はどう動くかい?」

 

そんな彼女に対してルーガルーが声をかけた。

ジェイミーは通信機の『後始末』を行いながら行き先を答える。

 

「目的地はガリアよ」

 

「ガリア? あそこは506JFW関係でこのモナコ以上の諜報員の博覧会になっているけど何でわざわザ?」

 

モナコから逃げるのは当然として、なぜロマーニャやヴェネチアではなく各国の政治的策謀が渦巻くガリアに行くのか解らないルーガルーが目を瞬かせる。

 

そんなルーガルーに対して、なぜガリアに行くのかをジェイミーは語った。

 

「オナトップが言ったのよ。アルス博士は鉄の貴婦人と共にあるってね」

 

「ああ、あれカ…だけれどそれが何故ガリア?」

 

「鉄の貴婦人……エッフェル塔の別称よ」

 

『後始末』を終えたジェイミーがパチンと指を鳴らした。その瞬間軽い爆発音とともに通信機の内部が爆発しその機能を完全に停止させる。

 

 

ガリアの首都パリの象徴とも言うべき名所『エッフェル塔』

その存在はガリア人たちから時折『鉄の貴婦人』という愛称で呼ばれている。

現在のガリアは、復興が進んだおかげでやっと昔のような人々の賑わいが取り戻されてきているが復興に紛れて多くの難民や諜報員がパリに紛れ込んでいると聞く。その際に、『ウォーロック事件』で追われることになったアルス博士も紛れ込んだ可能性は高い。

 

「敵の言うことを信じるんだネ」

ルーガルーがジェイミーの方に抱きつきながら問いかけてくる。

その表情は今日の間に何度も見た人をあざ笑うかのような笑み。

 

だが、そんな笑みを今日1日で見飽きたジェイミーは面倒臭そうに表情を歪ながら彼女を振り払う。

 

「『ヤヌス』の手がかりはそこにしかないのよ。ダメだったらその時考えるわ」

 

「へぇ…随分と適当なんだネェ。でも面白そうダ」

 

嘘つき狼は納得がいった答えを得たのか、さらに笑みを深め猫に再度抱きつき戯れた

 

「ああぁもう面倒臭い!! 別についてこなくてもいいのよ!!」

 

「いいや着いて行くネ。追われる人間同士一蓮托生だロ?」

 

「あんたは自業自得じゃない!!」

 

夜の帳が落ちきった森の中。二匹の諜報員はモナコからガリアに足を進めて行く。

そんな姿を見るのは森に潜む虫と空に輝く月のみであった。

 

 

 

5.

 

彼女の幸運を祈り、MI6長官は紅茶を飲み込む。

ちょうどポッドの中に入っていたゴールデンドロップだ。その香りも味も彼にとってとても満足の行くものであった。

まるで優雅な英国の昼下がりのようなひと時。

 

だがそれも蹴破られたドアの騒音によって崩れ去る。

鍵がかかっていたドアを破壊して侵入した武装した幾人もの人物たち。

その中に見知った顔もいれば部下もいた。

そんな彼らの後ろから一人の人物が歩いてくる。

MI6長官にとって長年の戦友でありスーツや紅茶の趣味は合うが致命的に靴の趣味の合わない男がブローグシューズの音を立てながら手に令状を持って目の前に歩いてくる。

 

「イアン…お前に国家機密情報漏洩の罪状が上がっている。おとなしく来てもらいたい」

「ギャレス、こっちは優雅なアフタヌーンティーの時間なんだ。もう少しゆっくり入れないかね?」 

「私たちは散々ノックしたし、それに今の時間帯はすでに0時を回った深夜、Afternoon(午後)ではなく Morning(午前)だ。諦めろ」

 

ギャレスと呼ばれた男は武装した者たちに命令してMI6長官に手錠をかけ連れて行かせる。

イアンと呼ばれたMI6長官は抵抗一つせず、まるで散歩のように軽やかに歩きついて行く。

その姿に彼を連れていたMI6のエージェントたちは申し訳なさそうに顔を俯かせた。

 

ギャレスは粛々と部下に命令しながらも、逮捕され連れて行かれる男に背中に声をかける。

「……貴様の子飼いのコマであるあの子ももうすぐ捕まる。2人揃って今は大人しく捕まっていろ」

 

そんな声に抵抗一つせず歩いていたイアンが立ち止まった。おとなしくついて来ていた彼の突然の抵抗に連行していた者たちは困惑する。

立ち止まったMI6長官は振り返る。

その姿は手錠をかけられているのにもかかわらず、まるで舞台俳優かのような絵になるような動きであった。

 

そんな彼は自らの戦友の予測に笑う。

どうやら靴以外に関しても彼の目は節穴らしい。

そんな皮肉を思いながらMI6長官は語った。

 

「ギャレス…私が作った『ジェイミー・ボンド』を舐めないでもらいたい。」

 

「あの子の存在は私が今まで行って来た全ての行動の中で唯一『私は正しかった』と思っている事なのだから」

 

「その意味が…君にはわかるだろう?」

 

イアンはそう言うと最後にウインクをしてMI6長官室を後にする。

その後ろ姿は連行されているようには全く見えず、まるで凱旋のようであった。

 

長官室に残されたギャレスは誰にも聞こえぬ一言をつぶやく。

 

「わかっているさ。あの子は貴様の若い頃にそっくりだ。」

 

そう語るギャレス・コービットJIC(合同情報委員会)委員長は友の背中を見送った。

 

 

 

 




 

第1章『起』モナコ騒乱  完

第2章『承』ガリア策謀 に続く
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